第20話 こくとう


 時間にして十数分。タクシーが止まり、「着きましたよ」と運転手が声をかけてくれた。僕は代金を支払い冬花を起こす。


「ついたよ、冬花」


「......ん」


 気怠さが増してきてるようだ。早く部屋に連れてかないと。


「ごめん、もう少しだから。がんばろう......運転手さん、ありがとうございました」


「いえ。お気をつけて」


 車からでると、彼女の住んでるであろうマンションを見て圧倒される。10階建ての綺麗で高級そうな建物。僕はたじろぐ。


「冬花、ここでいいんだよね?」


「......はい、すみません......」


 エントランスホールを遮る扉。オートロックがかかっている。


「冬花、オートロック......解除してもらっていい?」


「......鍵は大丈夫です......持ってるだけで、認識してくれるので......このまま通れます」


「......そうなんだ」


 扉に近づくと、ロックが外れる音がした。そして自動ドアがひとりでに開き、僕たちが中に入るのを待っていた。


(......冬花、まずいな)


 ふらふらしている冬花。これはもう歩かせないほうが良い。


「ごめんね。コクトウくんちょっとかして」


「......えっ、あ」


 僕は背にコクトウくん、ベースを背負い冬花をお姫様だっこした。戸惑いつつも、「......ごめんなさい......」と謝る彼女に僕は首を振る。


「部屋は何階?」


「......2階です......202号室」


「了解。もう少し我慢してね」


 こくりと、力なく頷く冬花。


 エレベーターのボタンを押し、点灯する階層表示を眺め待つ。


(落ち着いたら、後で家族に連絡しなきゃな......)


 ふと思った。そういえば冬花は何人家族なんだろう。彼女にもお兄さんかあるいは弟、兄妹がいるのだろうか。


「......あの」


 冬花の小さな声が耳に届く。


「ん?どうした、冬花」


「迷惑をおかけして、すみません。......この恩はいずれ」


「いいや。迷惑なんかじゃないよ。大丈夫」


「......」


 エレベーターに乗り込み、2階へのボタンを押す。扉がしまりゆっくりと浮上していく箱。四角い密室で、ただ二人の呼吸が静かに聞こえてくる。


(すごい物静かなエレベーターだな。音が全然しない)


 あっという間に2階へつく。そして202の表示がある部屋を捜す。廊下も広々としていて、突き当りには自販機もある。


 えっと......202、202っと。あった。


 僕は部屋の扉をノックした。コンコン、と。静かなロビーに響く音。すると冬花が思い瞼をゆっくりと開く。


「......あの、誰もいないので......」


「あ、え、そうなの。マジか」


 抱えている黒い鞄から冬花は鍵を取り出す。犬のキャラクターキーホルダーがついた鍵。


 扉を開けると僕の腕からをはなれた冬花。小さなからだはふらつきながらも扉にもたれかかるように立った。


 ――カチャン、と扉のロックが解除される。


「......ど、どうぞ......」


「うん」


 扉を支え、冬花を部屋に入れる。アンティーク調の花の絵が飾られた玄関。白い花弁はまるで誰かの髪のような色合い。


 ふらふらとリビングへ進む冬花。


(彼女の部屋まで付き添って大丈夫かな。自室、見られたくないかもしれないし......どうしよう)


 そんな事を考えていると、冬花がヘタりこむ。


「冬花!」


 僕は急いでかけより、抱っこする。そして近くにあったソファに寝かせた。体の小さな冬花はすっぽりとそのソファのサイズに納まる。


「冬花......」


 さらさらと美しい銀髪がソファを流れ下のマットに落ちている。そんな場合じゃないけど、ホントに綺麗な子だ。ハーフ?クオーター?


 僕は鞄に入れていた未使用のタオルを取り出す。それをキッチンで水に濡らし、冬花の元へ戻る。


(とりあえずこれを額に)


 冬花の横顔。小さな桜色の唇が僅かに開き、呼吸を繰り返す。額にのせられた冷たいタオル。ぴくっ、と瞼が動く。


 何故かそれがとても愛おしく感じる。


「冬花」


 呼ぶとうっすら目を開けた。


「ちょっと買い物してくる。鍵借りるな......あ、それと出来ればだけど、僕が居ないうちに着替えてほしいんだけど、って無理だよな。すまん......まあ、そのまま横になっててくれ」


 虚ろな瞳。かすかに微笑んだように口元が揺れる。わかったと言うかのように彼女は僕の指をギュッと握った。


「......すぐ戻る」


 エレベーターの中、指先を眺め思い返す。



 ――ひとつのカップ。洗面所の歯ブラシ、置かれた傘も。



 もしかして、一人きりで彼女はこの部屋に......いつから?親は、何をしているんだ?


 飛び出すようにマンションから出て、タクシーから降りたときにみかけた近場のコンビニへと向かう。


(......必要なもの。飲み物、風邪薬、あとご飯......何か作るか、ってまあお粥か。卵も買ってと)


 あ、あとあれ。


 向かうはお菓子コーナー。......お、あった。黒糖の麩菓子。黒糖が好きなのは知ってるが、どの菓子が好きかは知らない。


(まあ、好みじゃなければ僕が食べれば良い。もしくは刹那の土産にしてもいい)


 ......よし、こんなもんか。


 僕は買い物袋をぶら下げ彼女の待つ部屋へ向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る