第19話 風邪
バンド練習の時間になり、僕は深宙と夏希は冬花とスタジオへやってきた。聞いた話では冬花は誰かしら二人でしか外に出られないらしい。
近場のコンビニくらいなら行けるらしいが、それも夜中の人がほとんどいない状態でのみ。
失礼ながら妹のように思いつつある彼女だ。その生活が心配になってきた。今度二人で買い物でも連れて行ってあげようかな。
「――♪ っと、終わり!」
最後の音色が流れ、今日の練習は終わりを見た。
「えっと、とりあえずスタジオ空けないといけないから、出よっか」
「コンビニ横のファミレスでいんじゃね?」
「......あそこの黒蜜団子は美味しい。賛成です」
「僕も大丈夫だよ」
「そっか。よし、それじゃそこでバンド名会議!撤収ーっ!!」
きゅっ、と冬花が僕の袖を掴む。
「あ、冬花、ごめんちょっとトイレでシャツ替えてくる。待ってて」
「......ん」
こくりと頷き、ひらひらと手を振る冬花。線の細い、まるで雪に手折られる花のようにも見える。
(けど、仲間だ。信じてそうだんする......僕は冬花を信じる)
嫌なら嫌だと言ってくれるはずだ。彼女はもう他人じゃない。
着替えを終え、戻ってくると冬花はニッコリと微笑む。嬉しそうに僕の袖を摘んだ。本当に妹みたいだな。刹那も幼稚園くらいの頃はこんな感じだった。
「ふふっ」
「?」
思わず洩れる笑い。
「どーしたんです?......おに、あ......え、うん。......何かありましたか?」
「いや、ちょっと昔思い出して」
僕らはスタジオの扉を開きロビーへ。深宙と夏希は外に先に出ているようで、僕ら二人歩きながら話をする。
「妹が冬花に似ているなあって」
「......い、妹さん、いらっしゃるんですね」
「うん。いまや、やんちゃで言うこと聞かないモンスターと化しているけどね。もはや冬花の方が可愛い妹だよ」
「な、そんなこと、ないれす」
扉を開きながらふと冬花の顔を見る。......少し汗ばんでる。夏風邪か......これ顔が赤すぎないか。汗かいたから、体が冷えちゃったのかな。
「あれ、冬花?大丈夫?顔赤いけど......熱があるんじゃ」
「わ、私は......最強のベーシスト。なので、大丈夫です」
シンプルに「なにが?」と思ったがつっこむよりも先に手が出た。額に手を当ててみる。
「......あひっ、なな、なに!?」
「え、熱あったらヤバイし。ごめん」
触った感じ......これは、多分あるな。
「ちょっと待ってて」
僕は外の二人を呼んだ。出たときに軽く説明し、中に戻ると冬花は膝をついてた。
「冬花ちゃん、大丈夫!?」
「......わ、私は、最強の」
「うん、そうだね。ちょっとタクシー呼ぶから待っててね」
流石は付き合いのある深宙。軽くあしらっている。まあ、付き合ってる場合でもないからな。辛そうだし。
黙っていた夏希が口を開く。
「タクシー来たら俺が付き合うわ。お前ら学校あるだろうし風邪うつったら大変だろうから」
「え、でも夏希ちゃんもバイトあるでしょ」
「大丈夫。寝なかったらいける」
「寝なかったら!?」
驚く僕。夜中のバイトなのか?いや、ていうか夏希も学生だろ。これ、踏み込んだらダメなとこか?と、考えてる間に状況が移り変わる。
「だ、大丈夫です......タクシーなら、一人でも乗れます」
よろよろとまるでお婆ちゃんのようにベースを抱きかかえていた冬花が立ち上がる。
「......迷惑、かけたくないです。だから、一人で帰ります......食事も保存食があるので、問題ないです」
「んなこと言ったって、おまえ」
夏希が反論しようとした時。冬花は手を向け夏希の目を見る。
「......だい、じょぶ」
その意志の強い言葉に、深宙も何も言えずにいた。やがてタクシーが到着する。
「ごめんなさい、私......タクシー呼んでくれてありがとうございます。帰ったら連絡するので、よろしくお願いします」
タクシーへ楽器を乗せながら、行き先を運転手に伝える冬花。声が震えていてどうみても大丈夫そうではない。おそらくは帰った瞬間ぶったおれ、下手したら寝床にもつけないかもしれない。
「春くん」
深宙が僕の名前を呼んだ。見れば夏希もこちらを見ていた。二人の視線には意味が込められている。それを感じた瞬間、思い出した。
冬花が僕に心を許していることに。彼女はきっと我慢している。僕らに迷惑がかかるのだけが嫌なんだ。
「うん、わかった」
二人に言うと、僕は――
「は、......えっ、あ、え?」
「ごめん、僕も一緒に行くよ」
――タクシーに同乗した。
バタン、とドアが閉まり走り出すタクシー。困惑する冬花と、手を振る深宙と夏希。
「......!」
ずりずりと後部座席の端に退いて行く冬花。警戒するような、そんな雰囲気でこちらをジッと見る。
風邪をうつさない為だと思う。口と鼻を手で防いでいる。
しかし事情を知らないタクシーの運転手はチラチラとバックミラーでこちらの様子を確認している。もしかしたら僕は無理矢理同乗してきた暴漢にでも見えているのだろうか。
「冬花。大丈夫だよ。僕ってよくひ弱なモヤシに思われるけど、これでいて頑丈なんだ。風邪もここ数年ひいたことないし......安心して」
それを聞いた冬花は、信じてくれたのかこくりと頷いて目を閉じた。安心したのかな。
運転手さんもその表情から安心したのか落ち着きを取り戻していた。僕も疑いが晴れたようで安心し、肩の力が抜けた。
(......冬花、寝顔可愛いな)
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