第16話 名前



「うへえ、またあの人か......」


 撮影が終わり近くのファミレスで食事をとる僕ら三人。ホントは冬花も呼びたかったけれど、夏希が冬花は用事があると聞いていたので断念。今朝の通話に関係あるのかな。


 とまあ、そんなわけで深宙に赤名の事を報告した次第でした。名前だしたとたんに渋い顔をした所をみると心底嫌っているのがわかる。


「でもま、春が来て追い返したから大丈夫。さすがお前の彼氏だな」


 こちらをちらりと見て夏希はにっと笑う。この人ホントに凄いな。マジでどっかの雰囲気イケメンに見せてやりたい。この本当のイケメンを。


 ウチのバンドのドラマーがカッコよすぎる件。


 深宙が呼ぶ。


「春くん、ありがとう」


 死者も蘇るのではと思えるような光。そんな眩しい笑みを浮かべる深宙は、まさに天使。


「......深宙は、僕が護る」


 注文した物を運び込む店員さんがにこにこしている。聞かれたか?今の。


「まあ、食べよーぜ。学校祭の話はそれからだ」


「うん」


「ん」


 学祭、どうなんだろう。三人とも予定が合うとも限らないし。そういえば僕らまだ動画しか撮ってないんだよな......ライブは一度もしたことがない。


 学校祭が本番になっちゃうけど、大丈夫か。ぶっつけ本番で、しかもあのアウェーな空間で戦えるのか。


(......冷静になればなるほど、恐怖が込み上げてくる)


 せめてどこかでライブを。けど、そんなイベントなんてないだろ。あっても学祭の後、夏祭りイベントがあるくらい。


 そういえば、動画......どうなったのかな。


 携帯を出し、WouTubeのチャンネルを開く。





 チャンネル登録者数 187万人




【アウトサイダー】

 1,868,869回視聴・19時間前


 《good》

 14万





【explosion】

 2,739,397回視聴・19時間前


 《good》

 24万




「うおっ、ヤバ」


 僕の言葉に隣にいた深宙が携帯を覗き込む。


「うわー!すごいね!!どんどん登録者増えてる!!」


「ん?あれか?俺らのWouTubeチャンネルか?あれヤベーよな、ははっ」


「こ、これって凄いよね?無名の伸び方じゃないよね」


 ちなみに一番再生数が下でカバー曲、【アウトサイダー】そして一番伸びているのが、オリジナル曲の――




【零】

 3,754,443回視聴・19時間前


 《good》

 38万




「零、凄いな」


「すごいよね。みんな再生数あるけど、これダントツだよ」


「めちゃくちゃ難しかったしな、それ。転調しまくるし」


「えへへ」


 褒められたと思っているようで、深宙は照れくさそうにしている。実際、これを演奏できるのはこの三人くらいだろう。


 ちなみにこの時は僕はギターを弾いていない。


 ボーカルに集中させてもらってる。


「そーいやバンドの名前、どうしよっか」


「ああ、それな。俺はまあ無くても良いと思ってるけど?」


「無くてもいい......?」


「ああ。だって名前ないとかロックじゃね?」


「確かにロックだけど......それは流石に不便だよ、夏希ちゃん」


「た、確かに」


「えーっ、そうかなあ。カッコいいと思うけどな」


 名前、結局考える暇無かったな。僕らのバンド名。でも確かに名前が無いバンドっていうのはカッコいいかも。


 名前が無い......名無し、ナナシ?捻りがないな。


「でも私達って皆季語があるよね」


「季語?」


「確かに。僕が春で、深宙は秋乃の秋、夏希は夏、冬花の冬......」


「お、ホントだ。そんじゃseasonとか?」


「シンプルだね」


「んー」


 皆頭を悩ませ考える。確かに綺麗に春夏秋冬揃っているのでこれを活かすのは良いかもしれない。


「まあ、バンド練習で皆揃った時だな。冬花も何か考えてるかもしれんし」


「そーだね。冬花ちゃんの意見も聞かないとね。皆のバンドなんだし」


 皆のバンドか。深宙が創った春夏秋冬のバンド......ゴッド深宙さん。まるで神による世界の創造だな。


「つーか、秋乃。春の学祭の件だが、冬花はこられそうか?」


「んー、微妙なとこだよね。学祭って人多いし、場所も場所だから」


 人多いから?


「人前に出られない......ってこと?緊張しちゃう?」


 二人の視線がこちらに集中した。雰囲気が変わった?


「えっと、冬花ちゃんは......んーと」


「いや、秋乃。春はもう身内だろ?言っても良いだろ」


「?」


 なんの話だ?


「冬花ちゃんはね、詳しい事は多分自分から話してくれると思うから、言わないけど......中学生の途中から学校に行ってないんだ」


 ......そういう事か。けど、全然そんなふうに見えなかった。


「そうなのか。でも、そんな感じには見えなかったよ。初対面でも普通に......そりゃ緊張してる感じだったけど、ちゃんと話ししてくれてたし」


「あー、それな。あれはマジでびっくりした。ふつーに前からの知り合いかと思ったもん俺」


「え?」


「私と夏希ちゃんも、実際に会って、話が出来るまで2週間くらいかかってるんだよ。ネットだとめっちゃしゃべるんだけどね、ふふっ」


 2週間?マジで?あれだけ仲のいいこの二人でも2週間かかった?


「ちなみにあの日は春くんと冬花ちゃんが出会う前に、彼女は私と居たんだよ。それがちょっと目を離したら居なくなっててね......でも春くんが連れてきてくれてホッとしてたんだ。あの子も男の人によく声かけられるからさ」


 確かにナンパされてたな。


「でも、じゃあなんで」


「それはわからないけど。でも、冬花ちゃんは春くんの事すごく信頼してるんだよ」


「そうなのかな......僕は、あの子が気を遣ってくれてるんじゃないかって思うけど。対人恐怖症は簡単には治らない」


 夏希が「ははっ」と笑う。


「あいつさ、お前の服の袖必ず摘んでるだろ」


「え、あ、うん」


「あれ、心を許してる人にしかやらないんだぜ」


 そうか、やっぱり不安だから。


「お前が来てからこれまで、秋乃じゃなく俺でもなく、春の袖ばかり摘んでるんだよ」


「ちょっと嫉妬しちゃうよね。今まであたしの袖ばかり摘んでたのに、ふふっ」


 ......冬花は。


「そっか」


 じゃあ、学祭の話は無理だ。この話をきけばおそらく冬花は苦しむ。頑張らなきゃと、無理をする。今ならわかる。

 だったら、この話自体しないに越したことはない。


「仲間、だからね」


 深宙が言った。おそらくは僕の考えてる事を見透かしたのだろう。


「それを決めるのは、冬花ちゃん。隠し事はしないであげて欲しいな。......後で知るほうが辛いよ」


 確かにそうだ。信頼している人が、例え気遣ってだとしても「何かを隠される」というのは、その行為自体に不安が芽生える。


「信頼、か。うん......僕も冬花を信頼してるから」


 まだ日の浅い絆だけど。


「学祭の事、相談してみるよ」


 ちょっとやそっとじゃ壊れないと、僕はそう確信している。





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