第17話 自由



 昼食をとった後、僕らは一度解散することに。スタジオの予約してる時間までまだ結構あったので、夏希はバイトに戻っていった。


「夏希もモデルさんだったんだね。深宙と一緒の事務所だなんてびっくりした」


「え、違うよ?」


「違うの?」


 まあ一緒の撮影だからといって同じとは限らないか。


「夏希ちゃんはモデルさんじゃないよ」


「......ん?いや、だってさっき一緒に」


「あれはね、ホントは最初あたし一人の撮影予定だったんだよ。けど、一緒に居てくれた夏希ちゃんをみたスタッフさんが惚れちゃって、急遽男性役で撮ることになったんだ〜。あ、ちなみにスタッフさんて女だよ」


「そうだったのか。すげえな、夏希」


「ね」


 てか、さっきの食事中聞いた話だと、バイトを抜け出してきたとか言ってた。もしかして、赤名の件を聞いたから深宙のボディーガードをしてたんじゃ......頭が上がらないな。


 まあ彼女からすれば大切なバンドメンバーを護っただけなんだろうけど。カッコいい......やだ惚れちゃう。


「深宙も学校戻るの?」


「ううん。今から戻ってもあれだし、家帰ってギター弾くかな。春くんもくるかい?」


「いいの?」


「うん、勿論。陽菜菊ひなぎくちゃんも喜ぶし」


 陽菜菊。深宙の家に居る家政婦さん。まだ若く、確か23くらいになるのかな。彼女が小学生の時に雇われていて、親戚のお姉さんらしい。


「わかった。っと、その前にギター取りに家帰る」


「オッケー。じゃあ春くん家寄ってから、家にゴーだね!」


「うん」


 コンビニを通り過ぎ、駅の入口が見えてくる。そこを右へ曲がりずっと行くといつもの行きつけのカラオケ店。


「約束、果たせそうね」


「ん?」


「店長さん、宣伝してくれって言ってたでしょ?あたし達、WouTubeで登録者すごいし。あ、そういえばPwitterもやらないとね」


「ああ」


 でもここのカラオケ店が人気店舗になると練習する場所に困るよな。まさか僕らのバンドがこれほど加速度的に成長するとは......人生何が起こるかわからないな。


「中学......一年生くらいの時かな?初めてここで練習したの」


「そーだね。あの頃は、歌は良いとしてもギター弾く場所が無くて困ったよね。ライブハウスは中学生立ち入り禁止のとこばかりだったし」


「ね。でも店長さんがギター持ってるあたしに気がついて、弾いてみてって言ってくれて......そこからだよね。ホントに助かったよ」


 今思えば、店長はあのときに深宙の才能を感じたのかもしれない。だから学生割とか激安で練習させてくれていたのかも。先見の明って奴か......やり手の店長だ。


 あの頃から深宙はそこらの高校生には負けないレベルの技術を持っていた。そこからまた数年。モデルや学業で時間のない中、彼女は更に腕を磨き今に至る。


 天賦の才、努力、その果に手にしたバンド。


 僕は彼女の為に、歌うしかできない。


 そんな事を考えていると、不意に柔らかな手が僕の指先に触れた。


 口元は笑っているのに、目線が泳ぎぎこち無い。彼女は僕の指を握り、「えへ」と誤魔化し微笑む。


「春くんにも......たくさん助けてもらってる、よね。ありがとう」


 熱っぽい。夏のせいか体温が上昇し、顔にあたるそよかぜが心地よく僕は目を細める。


「僕も、深宙に助けてもらいっぱなしだよ」


 ギターもイヤホンもこの鞄だって。深宙のくれたプレゼントだ。学校は別々でもずっと支えてくれている。


 でなきゃ僕はとっくに......。


「ありがとね、深宙」


「......うんっ」


 そんなこんなでやっとこさ我が家へつく。すると予想だにしない事態が発生した。


「あれ?お兄ちゃん、なして?」


 妹、刹那が二階のベランダからこちらを見ていたのだ、つーか、そこ僕の部屋だが?


「刹那、おまえそこ僕の部屋だが?」


「え、知ってるよ、そりゃ」


 こ、こいつ......。


「こんにちは、刹那ちゃん。お久しぶりだね」


 そう深宙が呼びかけると、妹は首をかしげ部屋に戻っていった。なんと失礼なやつ!これは後でお説教だな!挨拶くらいしないと駄目でしょーが!


「ご、ごめんな深宙」


「いいよいいよ、最後に刹那ちゃんとあったの小さい頃だったし、忘れられちゃったかな?」


 ガチャ


「「え?」」


 家の扉が開いた。言うまでもなく、妹が開けた。そして怪訝な表情のまま、深宙の元へ歩いてくる。


「刹那、おまえちゃんと挨拶を......」


 刹那に注意しようとした時、彼女はボフッと深宙へ抱きついた。


「!?」


「へ、えっと......!?」


「この匂い......深宙ちゃんだあっ」


 ぱあっ、と後光のさすような笑顔。匂いで判別したかったのか......え、犬かなにかかな?


「うんうん、よくいらした。よくいらした」


「あ、あはは......ありがとう」


 やめてくれ妹!引いてるから!深宙が引いてるから!!


「ってか刹那、おまえ学校は?なんで家いんの?」


「ん?あー、今日は創立記念でお休みなんすよ、お兄ちゃん」


「ああ、そうだったのか」


 つーかどんなキャラだよ。妹のキャラがぶれぶれなんだけど。定めて欲しい。


「ところでお兄ちゃんはどーしておるんけ?学校は?」


「え、ああ......ちょっと体調不良で」


「はい、嘘ー」


「......嘘じゃないよ」


「視線の動きでわかるし。嘘じゃな」


 こわっ!こいつ怖すぎる!


「えっと、お兄ちゃんはね、あたしがお願いして学校早退してもらったの。だからあたしのせいなんだ。ごめんね、刹那ちゃん」


「......そーなんだ。じゃあ不問ですな」


 不問ですなって、おまえ僕の部屋に勝手に入ってる件は不問じゃないからな。


「ねね、深宙ちゃん。深宙ちゃんはどうして家に来たの?遊びに来たの?そーなら嬉しいなあ」


 いや、楽器取りに来ただけだから、と言おうとした時。


「えっと、ちょっとだけね。夕方にあたしとお兄ちゃん用事があるから、それまで」


「わあーい!やったあ!」


 深宙をみるとゴメンネと小さくジェスチャーしている。彼女が良いなら止めることもないけど、ギター練習したいだろうに。なんだか妹のせいで申し訳ないな。


「おにーちゃん、お客様を!はやくー!」


 でもまあ、刹那が嬉しそうだから、僕も嬉しいけどな。



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