第14話 無名
早退を覚悟しながらも学校へと向かい、辿り着けば意外にも学校の皆は大人しかった。こちらに向けられる視線は確実に多かったモノの、直接関わろうとする人はひとりも居ない。
(良かった。WouTubeで頭がいっぱいなのに、学校の人間関係でまで問題を抱えたら、再起不能になるところだった......まあ、みんな様子見をしているように思えなくもないけど)
聞きたくても聞けない、そんな雰囲気にもとれる。原因はおそらく深宙の存在だろう。
しかし、このまま触らずにいてくれるならそれに越したことは無い。バンド名候補を考え、WouTubeの激動により瓦解しかけている心に整理をつけなければ。
教室に入ると、一番危惧していた人物が居ないことに気がついた。
(赤名、休みか......?)
その姿が見えず、ホームルームになっても席は空いたままだった。やがて先生が来て赤名が風邪をこじらせた事を知り、これで今日一日の心の平穏が約束された......わけもなく、バンド名とWouTubeの問題が大きく、僕は机にうなだれた。
2限目の終わり。目を瞑り落ち着きを取り戻すことに努める。しかしこういう時ほど周りの音が気になってしまうもので、周囲の会話が自然と耳に入ってきた。
女子が複数人となりの席に集まってきてるようで、テンションの高い声で会話を始めだす。
「ねー、あれ知ってる?」「あれって?」「ほらPwitterでトレンド入ってるやつ」「あー、あれね!スゴイよね」
めっちゃあれあれ言ってる。主語を使わないで通じてるのが凄いな。
「いや、なんだよアレって!わけわからん」
僕と同じことを思っていたようで男子のツッコミが入った。
「え、だって名前わからないんだもん」「そーそー」「名前いわないからさ」「あ、あれか!WouTubeで話題になってるやつ!」「そーそー、バンド名いえっつーの!あはは」
え?バンド名......わからない?それって。
「四人組のロックバンドだろ?高校生の」「そそ、黒色のパーカーきたギターボーカルの」「ベースマフラー」「ドラムマスクでギターネックウォーマー」「「暑くねーのかよっ!」」
あ、あー、これ......ウチのバンドですね。って、おいおい、マジでか!?一晩でそんな広まるもん!?
でもこの夏場にそんな暑苦しい格好で動画撮るとか僕らくらいな気が......。
てか、最悪過ぎる。隣で僕らのバンドの話するのはやめてほしいんだが......やば、緊張でまた吐き気がする。
けど、まさかクラスメイトにまで知れ渡るなんて。完全に予想外だ。
「でもさ、あのバンドめっっちゃ、カッコ良かったよね!!」
......え?
――予想外が重なった。
「あれ高校生らしいよ?」「ね!!ウチの軽音部とぜんっぜんちがうし」「おー、違いがわかりますか!」「音楽あんまり知らないケド、あの人たちがスゴイってのはわかるよね〜」
「特にボーカル!」「わかる!歌声やばいよね!!」「すんごいカッコ良かった」「......赤名いないよね?」「今日風邪だって」「そっか。赤名のボーカルと全然違うくなかった?」「いやいや、赤名と比べたらかわいそーでしょ」「どっちが?」
「「赤名が」」
ドッと笑いが起きる。陰口こえええ。赤名のこと居ないのをいい事に笑いのネタにしてるんだけど。裏ではこんな扱いなのか。......というか、ウチのバンドすげえな。
彼女らはボーカル、歌を褒めるが、それは楽器隊の力がしっかりしているからこそ。深宙のギター、冬花のベース、夏希のドラム......その全てに支えられて僕は思い切り歌うことが出来ているんだ。
「次はいつ動画アップされるんだろー」「いつだろね」「楽しみひとつふえた感じ」「ね」「あたしexplosionめっちゃ聴きまくってる」「あー、いいよね!あれテンション上がる!」「てかてか、ボーカルの人カッコよくね?」
『――......♪』
聞き慣れた曲、explosionが隣で流れ始めた。いや!流すなし!!顔から噴出る、火がっ!!
しかし、僕には止めることは出来ない。出来ることといえばこうしてじっと耐え続けることだけ。
ここで慌てふためこうものなら昨日の件との相乗効果で僕の学校生活は終わる。
しかしまさかこの教室で自分の歌声を聴くことになるなんて。
(なんて、羞恥プレイ......これは、効く!!)
ゴリゴリと精神力メンタルが削り取られる音がする。しかし動画を観ている女子達からは黄色い悲鳴が聞こえる。
「ほらほら、ここ、少しだけ目が映る!」「「きゃーっ!」」「イケメンじゃんね!?」「フードとって欲しい!!」「顔出せ!!」
いや無理!イケメンじゃねえから!!地味な陰キャだから!!
「え、てか楽器隊の女ヤバくね」
と、女子の動画に男も集まりだした。
「これ絶対可愛いでしょ」「ドラムの女子脚良すぎねーか」「ベースの子ちっさくて可愛いな......つーか、ちっさいのになんだこの迫力のある音は」
......む。バンドメンバーを褒められるのは嬉しい、かも。
「そういや、赤名の奴仮病だな、あれ」
「な。あいつ昨日言ってたもんな」
「? 何を?」
「いや、近場で撮影があるらしくてさ」
「なんの?」
「ほら、こないだ来てた深宙ちゃんだよ」「それに行ってるんじゃねえかな」「あいつ深宙ちゃん絶対落とすとか言ってたし」「ぶっ、マジ?無理だろどんだけ自分に自信あるんだあのナルシストは!」「ぷっ、やばウケる」「雰囲気イケメンの癖に、ははっ」
酷い言われようだ......けど、聞き捨てならない。赤名が深宙の元に?何をしに?
そんなの決まっている。再び深宙を口説きにいったんだ。あいつはしつこい。
僕は机の横にかかる鞄を手に取った。
「うおっ」「サトー!ビックリするなあ!」「急に」
今まで机で伏して寝ているように見えていた奴が突然動き出したら誰だってビックリする。
「......ごめん」
僕はそういい教室を出た。
「......佐藤くん?」
丁度そこに先生と出くわした。これは面倒だ。この人は他の生徒には寛容......というより攻撃を受けないために何も口を出さないが、僕にはしっかり指導してくる。
「どこへ行くの?」
「ちょっと体調が悪くて」
「......なら、保健室へ」
「はい」
朝のホームルームでもそうだった。今日の先生は雰囲気がやわらかく、気のせいかもしれないが温和な感じがする。
問題児の赤名がいないからか?ともかく、深宙の所に急がないと。
(悪いけど保健室には行けない)
そんなことを考えながら横を通り過ぎようとすると、彼女は僕の目の前に小さな袋を差し出した。
「......これ」
「え?」
それは黄色いパッケージの、のど飴だった。
「これ、なんですか?」
「喉、痛いのかなと......お大事に」
驚き、僕は先生の目を見る。
その瞳は深みのある色をしていた。微笑んでいるのかも機嫌が悪いのかもわからない表情をしている。けれど、長い睫毛とふっくらした厚みのある唇、今までまともにみたことの無かった顔。
彼女が相当な美人だと言うことを今初めて気がついた。
光を吸い込むような艶やかな黒髪、柔らかく優しげな眼差し、身長は僕と同じくらいだが嫌でも視界に入る大きな胸。
(......そりゃ、赤名にも目をつけられるか)
記憶が定かじゃないけど、確かこの人赤名に言い寄られた事があったんだよな。それを断ったことによる赤名たちクラスの人間からの制裁。あることないことを言われ、彼女はどんどんと憔悴していった。
当時の僕は目立つのも面倒事も嫌いだった。だから、遠巻きに見ていただけだったけど。
「ありがとうございます」
彼女の去った廊下で僕は静かに呟いた。
僕が彼女の立場なら同じことをしていたと思う。赤名達のグループには口をださず、見ぬふり。他の生徒に集中して目をかける。
(......今度お返ししないとな)
鐘が鳴り、人の居なくなった廊下を僕は再び走り出した。
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