第6話 柊
ギターケースを背負って駅前を歩く。「相変わらず似合わないなあ」と妹に言われ、確かにと内心同意する。けれどバンドには必須なので持っていかないわけにはいかない。
歩く街中、すれ違う歩行者の方々の視線がこちらに向いている気がする。毎度のことながらなれない。
(......まあ、こんな大きなもの背負ってたら、そりゃ目もひくよな)
しかし、どこかで聞いた話によると自分が思っている以上に、人は人に関心が無いものだと聞いたことがある。
ピタリと足が止まり、ふと、そんな事を思い出す。
(うん、そう。別に僕が注目されているわけじゃない)
案内板の手前。何やら揉めている雰囲気。自然とそちらを見ると、なにやら女の子一人を男三人が言い寄っているみたいだった。
「ねえ、少しだけでいいからさ〜」「ホントに、お茶だけ!ね?」「いやあ、マジで可愛いね君」
ナンパされて困っている銀髪の少女。しかし多くが行き交う人通りでも誰も助けてはくれない。
それはそう。だって男三人は見るからに厄介そうな雰囲気がある。もし、彼らの怒りを買おうものなら悲惨な末路をたどるだろう。
(......平穏に、平和に。......深宙たちが待ってるし、急がないと)
――僕は重い脚を無理矢理に前へ進め、あるき出す。
そして――
「っと、お取り込み中、し、失礼しますっ!」
意を決してナンパ男三人と銀髪少女の間に割って入った。
「あ?」「は?」「あん!?」
銀髪少女は目を丸くし、ナンパ男達は眉間にシワを寄せる。
心音がドッドッドッと爆音で鼓動する。
と、とりあえず......定番のセリフを。
「あ、待った?お、遅くなってごめん」
そう銀髪少女にアイコンタクトをすると、彼女は僕の意図に気がついてくれたようで、こくこくと首を縦に振った。
うるうるとした赤い瞳。まつ毛がしっとりと濡れていて、ここに至るまでの恐怖を伺わせる。
「お、誰だよ」「んん?なになに」「待ち合わせしてたって言った?」
「そ、そうなんですよ。この子、ぼ、僕の連れで......」
威圧的に顔を近づけてくるナンパ男の一人。機嫌を損ねたようで、ガン飛ばされながら至近距離で舌打ちをされた。控えめに言って恐怖で失神するかと思った。
(いや、こわっ)
あまりの威圧感に僕の視線が泳ぎまくる。しかし、それでも退かない僕に、彼らのほうがついに諦め踵を返した。
「......いくか」「ちっ、しゃあねえな」「またね、可愛子ちゃん」
ぞろぞろと僕と少女の脇をとおって立ち去るナンパ男三人衆。勢い的に胸ぐら掴まれて最悪、殴られるのも覚悟したけど......良かった。
「大丈夫?」
「......は、はい。ありがとう......ございます」
とても小さな声。けれど不思議とこの雑踏の中でも通って聞こえる。
小柄な子だな。妹と同い年くらいか、中学生みたいな幼い雰囲気がある。
(てか、この子......気が付かなかったけど、凄いな)
まるでアニメから飛び出てきたヒロインのような、綺麗な人だ。白銀の新雪が映るかのような、腰まである美しい銀の長髪。眠たそうに見えるけれどそれもまた可愛らしく、とろんとした眼差し。赤い瞳は流石にコンタクトなのだろうけど、その髪色もあって違和感が微塵もない。
それに、違和感がないといえば着ている服。ゴスロリっていうのかな?そこまで派手ではないけど、黒を基調とした洋服は街中を歩くにはかなり勇気がいりそうだ。しかし雰囲気も相まってこちらも違和感が働かない。
深宙とは違うタイプの美しさ。もしかして有名なコスプレイヤーとかだったりして?
「あ、あの、私......えっと......」
彼女の可愛らしい目がきょろきょろと泳ぐ。かなり動揺している。よほど怖かったんだろうな。
「もう大丈夫だよ。まだ心配なら安心できるところまで歩こうか?」
「あ、う......あ」
と、そこまで言ってハッとする。今の僕って、さっきのナンパ男と同じじゃないか?と。彼女の驚いている顔。「え、こいつもナンパ目的じゃん」と内心思われているのだろうか。
「あ、いや、違う!えっと、別に言い寄ろうって訳じゃなくって......」
いつも深宙と居るときのクセで、ナンパから護らなきゃって身体が動いた。助けられたのは良かったけど、でもこの子は深宙じゃない。下心があると思われても仕方がないか。
それに言い訳すればするほど怪しさが増す。少し心配だけど、ここで退散しとこう。
「......ごめん、なんでもない。それじゃあ、気をつけてね」
立ち去ろうとしたとき、クイッと服の袖をひかれた。
「ま、まって」
彼女の潤んだ瞳とほのかに染まる頬。
「お願い、してもいい」
「え?」
「......さっきの話。一緒に来てくれるって......良い、ですか?」
「うん、大丈夫だよ。どこまで行くの?」
(早めに家を出たから、この子に付き合っても待ち合わせの予定まで余裕はあるはず)
僕が聞くと彼女は携帯を操作し始めた。黒いケースに猫のシルエットが白く描かれている。そして彼女は僕へ携帯の画面を向けてきた。
「ここ......です」
指を差した場所は、奇しくも僕の行き先と同じスタジオ『スターズ』
「あ!」
「!?」
彼女の身体が僅かにビクッとはねた。驚かせてしまったようで、彼女は両手を前に身構えた。まるでその強張った姿は猫のようにも見える。
「ご、ごめん、驚かせて。行き先が同じだったから。僕もこれからそのスタジオに行くところだったんだ」
「そ、そうなんですか」
「うん。一緒に行こうか」
そういえば僕と同じく楽器背負ってるし......中学生バンドかな。今流行ってるからな〜。
「そういえば、名前。何ていうの?僕は佐藤春。ちなみにコレはギター」
背中の相棒を親指で差し紹介する。ちなみに名前はコタロウ。燃えるような赤いボディのイケメンだ。
「......私は、
どうやら彼女も楽器に名前をつけるタイプだったようだ。愛着湧くもんね。深宙は「あー、ね」って言ってたけど、これが普通だよね?
コクトウくんか。黒色のベースなのかな、彼。
「有栖さんか、よろしくね」
「よろしく、おねがいします......」
てか、この子ずっと僕の袖を摘んでるな。まあ、怖い目にあったんだから仕方ないか。
「有栖さん、ベースやるんだね。てっきりギターかと思ってたよ」
彼女はこくりと頷く。
「ベース大好きだから」
「へえ。どういうところが好きなの?」
「......迫力があって、芯に響く......ところ?」
「確かに。ベースの重低音はカッコいいよね」
「うん。カッコいい......!」
にんまりとしている有栖さん。いや天使かよ。
なんだろう。年下で妹のように思えるからか、人見知りの僕がフツーに会話できてる。......今日、さっき会ったばかりの人なのに。
(深宙が集めたバンドメンバーともこれくらい早く馴れれば良いな。......う、緊張してきた)
「あの、あの......」
急に立ち止まる有栖さん。袖を摘まれている僕もつられて止まる。
彼女は人と目を合わすのが苦手らしく、ちらちらと僕の顔を何度も繰り返し見ていた。
まあ、僕も同じなんだけどね。他人と割り切れればそうでも無いけど、クラスメイトとかとは目が合わせられない。ビビってるだけと言われればそれまでだけど。
「どうしたの?」
有栖さんに聞く。できるだけ喋りやすく、優しく。
「......か、カッコ良かった、です。さっき、の」
さっきのって、ナンパ男の件か。お礼かな。
「気にしなくて良いよ。馴れてるから」
「え、そ、そうなんですか」
「うん。幼なじみがよく男に声かけらることが多くて。それで馴れた」
毎回怖いしビビるけど。
「......な、なるほど」
彼女が再びあるき出し、僕も歩みを進める。その時小さく「いいなあ」と呟いていたような気がしたが、君も可愛いよ?と言いかけ、僕は言葉を飲み込んだ。
(ナンパ男その四にはなりたくないからな......)
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