第5話 刹那

 


 帰宅した僕は、深宙にメッセージを送るかどうか葛藤していた。あまりに悩みすぎて、ご飯食べて歯を磨いて、今お風呂の湯船に浸かっている。


(ち、チキン過ぎる......)


 油断すると、帰り際の深宙が脳裏に浮かび、彼女のセリフが蘇る。


(好きな人、僕......ってことなのか?)


 もしかして、からかわれてる?だって、僕のどこに好きになる要素があるんだ?ブクブクとお湯に顔が半分浸かる。


 まるでゴールの無い迷宮に迷い込んだみたいだ。どこへ答えを探しに歩いても見つからない事だけがわかる。そんな気分だ。


(いや、ゴールはある。直接きけばいい。あれって僕の事?って......いやいや、無理だ。怖すぎるな)


 ってか、もしかして。僕の事だとしても、あれは幼なじみとして好きって意味なんじゃないか?だとしたら腑に落ちるけど。もしくは恋愛関係の話題が恥ずかしくて誤魔化したか。


「おに〜ちゃん〜。お風呂まだ〜?」


 と、曇りガラス越しに妹に呼ばれた。


「あっ!ごめん、今でる!」


 風呂から出て部屋へ戻る。2階建ての木造建築。階段を登って突き当りにあるのが僕の部屋。

 ベッドに投げ出された携帯を何気なしに確認する。深宙とは毎日連絡を取り合っているから、こまめにメッセージが着ていないか確認する癖がついていた。


(......メッセージ、来てないな)


 どうしよう。深宙はこちらからメッセージを送らなくても、勝手にどんどん話題を振ってくるタイプだから、いざ連絡が途絶えると、どうして良いかわからない。


 こっちからメッセージを送ってみるか?話題は......今度組むバンドの事?


 別れ際の話はしなくても大丈夫なのか?


 携帯のメッセージ画面を開いてまた僕はフリーズする。


 なんて送ればいいんだ!


 ぐるぐると回る頭を抱え、気がつけば眠りに落ち朝になっていた。


「......あ、やば、寝落ち......」


 幸い今日は日曜日。遅刻かと携帯の時計を慌ててみるも、すぐに落ち着きを取り戻す......とは、いかなかった。


『おはよー。春くん』


 深宙からメッセージが着ていたのだ。着信歴には7:22とある。今現在の時刻は9:33。


 僕は急いで返信を書こうとメッセージを開く。すると、他にもメッセージが送られていた事に気がついた。


『昨日の事、もしかして困らせちゃったかな。嫌だったら、恋人じゃなくても大丈夫なので、またこれからも幼なじみとしてよろしくお願いします。ごめんね』


 恋人。


 その一文に一気に意識が覚醒する。いや、もしかして夢か?そう思い、自身の頬をつねる。


「......い、いひゃい」


 夢じゃない。マジか。


「ぷっ、あはは、何してるのお兄ちゃん。朝から寝ぼけてる?」


 見ればピンクの花柄ファンシーパジャマの妹が、僕を指差し笑っていた。


「......またか。僕の部屋に無断で入るなって何度言わせるんだよ、刹那」


 眉上一直線に切り揃えられた前髪に、肩にかかる長さの後ろ髪。陽の光を浴びて艷やかに輝くのは、その頭髪だけではない。

 この陰キャの兄とは正反対で、妹の刹那は陽キャ。笑顔が眩しく、ちらつく八重歯が可愛らしい。華の中学1年生だ。


「だーって、昨日ちらっと様子見に来たらお兄ちゃん寝落ちしてるんだもん。風邪引かないように布団かけたげたんだから感謝してほしいくらいなんですケド」


 あ、そうか。この掛け布団は刹那が。


「ああ、ありがとう。って、それはそうとして、勝手に入ってこないでって話なんだけど。その話でいくと昨日一度忍び込んで今また無断で来たってことだよね」



 むむ?と眉間にシワを寄せる刹那。



「何言ってるの?昨日からずっといたけど?」


「え?」


「一緒にお兄ちゃんの布団で寝てたし。あら、お気づきでない?」


「お気づきでないですね。なんでそんな得意気なんだお前は。つーか、ホントに気配感じなかった......」


「訓練してるからね!ふふんっ」


 怖っ。怖いなあ、ウチの妹。プライベートもくそも無いじゃんこんなの。まあ、今に始まったことではないけど。

 って、妹と話してる場合じゃない。深宙に返信しなきゃ。


「わかったわかった。今回のは不問にしてあげるから、今度からちゃんと許可をとってから入ってきてね」


「はーいっ!」


 元気な返事と共にシュビッと手を挙げる刹那。こんだけ元気よくて可愛かったらさぞモテてるんだろうな。僕とは正反対だ。


「では、退室願います」


 頷く刹那。彼女はとても良い顔で、ハッキリとこう言った。



「嫌です!」



「はいはい、よっと」


「うわあっ!」



 僕は強制的に退室させるべく、妹をお姫様だっこする。口で言っても聞かないことが多い彼女にはいつもこうして退室してもらう。

 でもこれ多分クセになってるんだろうな。その証拠に刹那は満面の笑みでお姫様だっこされている。



「ふひひっ」



 にこにこ満足そうな刹那を部屋まで送り届け、僕は自室へ戻ってくる。


 そして携帯のメッセージに文字を打ち込む。妹のせいなのか、お陰なのか。僕はすんなりと深宙に対する想いを文字とすることが出来た。



『僕の方こそ昨日は動揺してごめん。深宙の事、ずっと好きだったから。嬉しいよ』



 送信、と。あれ、ていうか......こういう告白の返事って会ってしたほうが良いんじゃ?そんな事を考えてる間にソッコーで深宙から返信がきた。



『両想い。アタシモウレシイ(*'ω'*)』



 ......なんでカタコト?




 ◇◆◇◆◇◆




 それから、ひとしきりイチャイチャとメッセージの応酬を重ねた僕らは、昨日のバンドの件に話題が移る。ちなみに通話したいと深宙が言ってきたが、僕が喋れそうにないので我慢してもらった。


 それに先も言った通り、バンドの件で今日はどの道直接顔を合わせる事になるんだからね。この場は僕の心臓が破裂しないよう安全を期した。


(ちょっと吐きそうかも)


 けど行かないと。深宙は勿論、他のバンドメンバー二人も僕が来られないとなると迷惑するだろうし。


(......二人はどんな人なんだろう。とりあえず、顔洗って歯磨きしなきゃな)


 いつもは重いはずの寝起きの身体が、心なしか軽く感じた。




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