第4話 ソラノ祝福



 カラオケボックスの一室。案内されるのは客が入っていない限り大体204の部屋だ。


 店長が立ち去ったのを確認し、僕は深宙に視線を向けた。彼女はそそくさと可愛らしい鞄から水筒を二つだし、喉飴等をテーブルに出した。

 次に持ち込んだギターをセッティング。あんまり大きな音を出さないという条件で店長にアンプの使用も許可されていて、有り難い限りだ。


「あ、そーだ春くん、あれ聴いた?こないだアップされた、マノPさんのオカロ曲」


 深宙が音の確認をしながら話しかけてくる。ブカロというのはオーカロイドと言って、プログラムしたとおりに歌ってくれるソフトがありそれを使用した曲がオカロ曲。

 マノPさんはその楽曲を多く手掛けている凄腕のオカロPだ。彼はWouTuberでもあり、一曲の再生数が1000万を越えるものもある凄腕だ。


(結構複雑な曲だったよな、あれ)


 すると深宙がギターを鳴らし始める。この聞き覚えのある曲......ってか、今話題にあがったマノPさんの曲、『腐ランランメロディ』か。もうコピーしたんか。


 まあ、僕も覚えて来たけど。


「――♪」


 僕も合わせて歌い出すと、深宙は少し「おお」と目を見開き、にんまりと微笑んだ。


 曲が一通り終わると彼女はパチパチと小さな拍手を贈ってくれた。


「完璧じゃん!春くん覚えるの早すぎ!」


「え、いやいや、深宙のがコピーすんの早すぎだろ」


「えへへ、いい曲だったから......どやあっ」


 どやあって口に出す人って中々いないよな。キメ顔でこちらを見てくる深宙。彼女がずりずりと距離を縮め隣にくる。


 深宙がもし犬だったら尻尾をぶんぶんと振っているんだろうか。そんな雰囲気で期待の眼差しを向けてくる。


 ずずいっと顔を近づけてくる。ふんわりとした何ともいえないいい香りがする。


(って、近い近い!!)


 僕は内心焦りながらも、いつも通り頭を撫でてやる。


「なでなで」


「えへへ」


 これは深宙の幼稚園の頃からの習性。最初は「なでてえっ」と頭を差し出して来ていたんだけど、今では無言の圧力で有無を言わさず撫でさせてくる。


 むふふ、と満足そうな深宙。


(......僕らもう高校生なんだけど)


 てか、なんだかちょっと暑いな。僕、汗臭くないか?


「み、深宙!ほら、時間が無いよ!」


「はっ、そうだ!練習してきた曲やろう!」


 コピーした楽曲、深宙が作詞作曲した曲を二人で奏でる。キレのある深宙のギター。その腕は本物で、さすがは小学生から努力しただけある。彼女は必ず有名ギタリストとなるだろう。


 多分、後々この腕を活かし女子バンドグループを結成するんだ。そこでメジャーデビューして、いつか画面越しでしか会えない存在になるのだろう。


 こんなに近い彼女だけど、いつかは遠く離れて行く。そうでなくても好きな人がいるんだから、どの道だ。


「っと、今日はこのくらいでオッケーかな」


 深宙が最後の曲を終え、僕に水筒から入れた水を差し出した。


「ありがとう」


「のど飴も舐めてねぇ」


「うん。ありがとう」


 気さくで気配りも出来る、それに運動も勉強も。こんな完璧な美少女に言い寄られて断る男はいないよな。......ダメだな、なんだか凄くもやもやしてる。

 小学生の頃から続けているこの二人の遊びだけが、僕にとっての生きがいだった。


 深宙の喜ぶ顔が嬉しくて、だから.......彼女と離れる日が来ることが、物凄く怖い。


「春くん?どした?大丈夫?」


 様子がおかしい事に気がついたようで、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。


「なんでもないよ。......深宙はホントにギター上手いね。これならどこのバンドでもやっていけるよ」


「えっ」


 唐突に何を言ってるんだ僕は。自分の言葉とは思えない。どこか嫌味の含む言い方。

 深宙がキョトンとしている。そりゃそうだ。突然、なんの脈絡もなく突き離すような事を言って。困らせてるよな。


「......急にごめん」


 しゅんとする深宙。


「う、ううん、良いの」


 このあと僕と深宙は一言も喋れず店を後にした。外はもう暗く、空には星の一つも見えない。

 そして僕はいつも通り深宙を家まで送る。いつもはぴったりの二人の歩幅が妙に合わない。


 そして、家まであと半分の距離に来たとき。彼女がピタリと足を止めた。


「......深宙?」


 ぎゅっと上着の裾を握りしめていることに気がつく。


 ドクンと鳴る心臓。これ、もしかして......告白か?


 どっちのだ?


 どこかのバンドに誘われている......か、彼氏ができた、か。


 や、ヤバい。走って逃げ出したい。


 深宙は視線を足元に落とし、口元を一文字に結ぶ。頬が高揚して桜に色づく。


 吐き気が最高潮に達しそうだ。いっそこの場で吐いて有耶無耶にしてしまおうか?でも、いつかは来る別れならこの場で受け入れてしまった方が楽なのでは?


「は、春くん、あのね」


「......はい」


 声が上ずる。恥ずかしい。


「バ、バンド、組みたいんだ......」


 あー、そっちか。まだマシな方だと喜べばいいのか。いや、でも彼氏だってその内できるだろ。だって既に好きな人いるんだから。


 まあ、何にせよ、ここまでだ。


「うん、わかった。それじゃあ二人で遊ぶのはここまでだね......今まで沢山ありがとう、深宙」


「え、え、ちがう!」


 ちがう?


「その、あの......春くんが、ボーカルだから」


「......え」


「ど、どうかな。いや、ほら、春くん目立つの嫌だってのは知ってるよ?でも、それでも......お願いできないかな」


 目立ちたくないって確かに僕は言った。ってか、目立つのは嫌だ。平穏に、フツーに一生を終えると言うのが僕の目標であり、小さな夢だから。


「春くん、歌凄く上手だから......あたし、がんばったんだよ?」


「え?」


「初めて春くんが歌ってくれた頃からの、夢だから。バンドで私がギターを弾いて、春くんが歌うの。ずっと夢だった」


「初めて聞いたんだけど......」


「うん。だって、中途半端だと断られると思ったから。今なら、もう大丈夫かなって」


「確かに深宙のギターはそうかもね」


 深宙は首を横に振り、こちらを見る。その瞳は僕を映し、本気を彩る。


「――『春くんは私の最高傑作だから、そろそろバンドでも組もう』」


「......!」


 そのセリフには覚えがあった。僕らの音楽の始まり。昔みていたバンドアニメのヒロインのセリフだ。

 あのヒロインも幼なじみで、主人公の事をずっと支えて歌の特訓をしていたっけ。


 奇しくも同じ構図だ。けど、僕は主人公でもなく、深宙はヒロインでもない。


(でも......)


 でも、いつか側に居られなくなるときが来たとしても、彼女は僕の大切な人に変わりない。そうだ、僕は......今の僕の気持ちは、大切な幼なじみの夢を叶えたい。


 それだけは確かだ。


「いいよ」


 震える声で答えた。もしかすると後悔するかもしれない。こんな地味でうだつの上がらない僕がロックバンドのボーカルだなんて。


 でも、ここで逃げたら、後悔だけしかない。


「ありがとう!」


「ちなみに、メンバーって」


「それなんだけど、もう誘ってあるの......ごめん」


 あ、もしかして。


「ううん、大丈夫だよ。もしかして、その中に深宙の好きな人がいるの?」


「は、え......へ?す、好きな、ひと?」


 前々から告白を断るたびに「好きな人がいるので」って言っていたからな。相当好きなんだろう。


「そんなに動揺しないでよ。......僕には紹介できない?」


 もう覚悟は決めている。大好きな幼なじみの選んだ人だ。間違いはないだろう。


「え、いやあ、バンドメンバーって他、皆女の子なんだけど......」


「え!?皆!?」


 驚愕の事実。僕以外が全員女子、だと......早くも後悔が押し寄せてきたな。


「あ、あとね」


「ん?」


 まだなにかあるのか?まあ、これ以上驚くことは無いだろうけど。


「す、好きな人って、さ」


「え!?あ、ああ......うん、うんうん」


 あったー!!驚くこと!!


 と、どぎまぎしていると、彼女は指をこちらに向けた。後ろに誰か居るのか?と思い僕は振り向き確認する。しかし、そこには誰も居ない。


 ――どすっ


「痛っ!」


 見れば深宙が僕の頬に指をつきさしていた。




「な、なにするの」



「......春くん」



「え、なにが?」




「あたしの好き、春くん」



 ......は?



「今日はここまでで良い。送ってくれて、ありがと!またね、お休み!」


 ジト目でこちらを睨む深宙。頬が真っ赤になっているように見えるのは気の所為ではない。

 誤魔化すように小走りで去っていく彼女。あまりの衝撃に僕は追いかける事も出来ず、その場に立ち尽くしていた。


「......え?」



 不意に見上げた空。いつの間にか雲が散り、きらきらと星が輝いている。


 まるで深い宇宙に散る光が僕を祝福しているようだった。




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