第7話 向日葵


 スタジオ『スターズ』に到着すると、そこには深宙の姿があった。道中出会った有栖さんを紹介しようと、深宙の名前を呼ぶ僕。しかし、この後に衝撃的展開が待っているとは露とも知らなかった。


「春くん!やっほー!......って、え?」


 その時、隣の有栖さんも小さく「え?」と洩らした。


「なんで、冬花ちゃんが春くんと?」


「......も、もしかして......あの性悪と知り合いなんですか?」


「え、性悪!?」


「......はい、これは彼女とのネット掲示板での出会いに遡ります......」


「まって、冬花ちゃん!その話はストップ!!」


 慌てる深宙。声を荒げるのは珍しい。しかし、となりの有栖さんはニタリと邪悪な笑みを浮かべて、話を続ける。


「あの人、ネット掲示板の住人ですよ。私のことめっちゃ叩いて悦に浸ってました」


「誰が!!あれは冬花ちゃんが喧嘩を売ってきたんでしょ!!へなちょこギタリストとか言って!」


「それは、私のコクトウくんを馬鹿にするから!」


「してないよ!『黒糖が好きだからベースの名前にコクトウって付けるのはおかしいかもね、お菓子だけにw』ってつっこんだだけだよ!」


「くっ......だって、好きなんだもんッ!仕方ないじゃないですかッ!!」


 ぐっ、と拳を握りしめ体をぐぐぐっと力を溜めるよう屈める有栖さん。しかし僕の袖は離さない!


 って、いやなんだこれ!?なんの話してんだよ、これ。てか、知り合いだったのか深宙と有栖さん。


「ま、まあまあ、二人共落ちていて」


 僕がそういうと、二人共ふぅーっと深い呼吸をし静かになる。


 ワンテンポおいて落ち着きを取り戻した深宙が話し出す。


「......えっと、どうして春くんは冬花ちゃんと一緒にいるの?」


「あ、ああ、それは」


 と、ナンパ男との戦いを語ろうとすると、未だ袖を掴み続けている有栖さんが得意げに口を開いた。


「......ふふん、この方は私を悪しき魔の手から救ってくれた騎士ナイトなんです......!」


 ちょうど深宙の後ろを通った若い女性二人組み。ちらっとこちらを一瞥し過ぎ去って行く。


「な、ナイト?」


「そう!騎士ナイトです!この人は、私の騎士ナイトッ!!」


 声高に叫ぶ有栖さん。ああ、なるほど。さっきまでは人見知り全開だったから。身内のような深宙に対してはこうなのか。ていうかとりあえずさっさとスタジオ入ればよかったかも。さっきの通行人、「ナイトって、ぷっ」って笑ってるし。


「ちょ、ちょっと、有栖さん!ストップ!静かに!」


 目立ちたくない一心で、僕はつい有栖さんの口を塞いでしまう。


「んむっ!?」


 察してくれたのかコクコクと頷きこちらに視線を向けてくる有栖さん。塞いでいた手を離すと、「うるさくしてごめんなさい」と謝ってくれた。素直だな。


「てか、僕はナイトなんかじゃない。は、恥ずかしいからそれやめてくれるかな」


「......わかりました......」


 ふむ、と考える有栖さん。やがて頭上に電球が煌めき(イメージ)僕に素敵な笑顔をみせた。


「では、お兄様......!」


「えっ」


 いくら妹っぽいとは言っても、お兄様は......ナイトよりぎりぎり有りか?

 その時、深宙が有栖さんに口を開く。


「いや、冬花ちゃん、同い年だから。春くん」


「え、そうなの!?」「え、そうなんですか......!?」


 僕と有栖さんは顔を見合わせる。


「......ちなみに、今日集まってもらったバンドメンバー。ボーカルの春くん、そして、ベースの冬花ちゃんだよ」


 無言で見つめ合う僕ら二人。


 この銀髪少女が、僕らのバンドのベース。


「よ、よろしくね、有栖さん」


 そういうと彼女は驚いた表情のまま、「......あ、えっと、はい......こちらこそ、お兄様」とつぶやくように言った。


 その顔の真意はわかりかねるが、おそらく「あれ、女性メンバーじゃないの?」とかそんな胸中なのだろう。なぜか得意げな表情の深宙も謎だけど。


 と、その時。


「よお、秋乃」


 背後から女性の声がして、僕は振り向いた。そこには有栖さんとは対象的な僕より頭一つ分くらい高い、長身モデル体型の美人が立っていた。


「......ん、誰?」


 僕と目が合うと彼女は首を傾げる。


「夏希ちゃん、丁度良いところに!紹介するね。こちら、うちらのバンドのボーカル、佐藤春くん!で、そちらドラムの黒瀬くろせ 夏希なつきちゃん!」


 先程と同じように僕と黒瀬さんと呼ばれる方が顔を見合わせる。心なしか驚いているように見えた。


(......なんか、有栖さんと同じ反応......)


 夏の熱気に焦がされたかのよう、深く黒色の美しい髪。それをポニーテールで括っている。美形な顔立ちで、少しあがっている目尻に気の強そうな印象をうける。


 服装はボーイッシュな感じで白のパーカーにデニムの短パン。スラリと伸びる健康的な色合いの脚が恐ろしく眩しく、そして美しい。


(身長差あって見下みおろされてるせいか、圧がすごいな......)


 あまりの眼力に何も言えず視線をそらす僕。彼女は「は?男......?」と困惑した声を洩らした。

 これは顔合わせが失敗に終わるのではないでしょうか。僕を受け容れられないようなムードが漂い始めてる。気のせいでなければ。


 黒瀬さんが深宙に向き直り聞く。


「......なあ秋乃、マジで大丈夫なのか?」


「うん、勿論!最高のボーカルだよっ!!」


 またしても得意げな深宙さん。どこからその自信がくるの。


 どう見てもこの有栖さんと黒瀬さん二人共嫌そうじゃんさー。


「まーまー!立ち話も何だし、スタジオはいろーよ!詳しい事は演奏で!ね?」


 そう促され中に入る。振り向き見た空は雲が立ち込め、アスファルトに暗い影を一粒落とした。




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