第59話 放課後の奉仕活動

 放課後、俺は三嶋君と一緒に校舎裏へと移動した。

 生徒会主催の美化運動に参加するためである。城本高校は城跡に建てられているのだが、敷地が広大で目が届かない場所も多い。そこで夏休み前に、生徒会が登山部と協力して清掃活動をしようということになったのである。


 例の騒ぎについては、沢井美花がうまく事情を話してくれたので、クラスの女子から白い目でみられるようなことはなかった。しかし、俺としては何も感じないわけではなく、何かみんなのためになることをしようと思ったのである。



 俺は、三嶋君とペアでゴミ拾いを開始した。学校の施設から離れ、林の中に入ると謎の石垣や盛り土があって、もはやここがどこなのかわからなくなる。


「うわ、こんなところがあったんだ。三嶋君は知ってるの?」

「来たことはあるが、完全には把握してないな。部活で歩きまわったりしたことはあるが、城跡だけあって結構入り組んでいるからな」

「そうなんだ、まあ用のない場所には立ち入らないもんなあ。あっ、紙きれだ。風で飛ばされてきたのかな」


 俺はゴミを拾って、ビニール袋に入れた。登山部が担当するのは、普段は人が入らない歩きにくい区域である。体力を見込まれているのだろうが、俺にはなかなか厳しいものがあった。


「うわっ、ここを登るのか。草木がすごいし結構な傾斜だよ、これは」

「まっ、こっそり忍び込んでた昔の忍者よりは楽だろ」

「比較対象がおかしいよ。やっぱ、登山部は体力があるんだなあ」


 平然とした顔で歩く三嶋君を見て、俺も気合を入れることにしたのだった。



 数十分後、回収したゴミを生徒会役員に渡した俺は、校舎裏のベンチに座って休むことにした。登校前に、瞭子が渡してくれたタオルで汗をぬぐう。


「ふう、さすがに疲れたな。三嶋君はすごいね」

「まあ、慣れだよ。ある程度やってたら自然と体力はつくもんさ。どうだ、夏休みにどっかの山へ行くか?」

「それは考えさせてよ。ちょっと前には、山に引きこもりたい気分になったこともあるけど」

「ん?」


 三嶋君は、しばらく考え込んでいたが、やがて笑い出した。


「はっはっは、アレか。女の子から逃げたくなったら協力してやるぜ」

「まあ、今のところは大丈夫だよ。何かあったとしても、逃げるわけにはいかないけど」

「なるほど、結構な覚悟だな。……んっ?」


 三嶋君は草むらを見つめると、不意に話を止めた。そして、そのまま立ち上がろうとする。


「もう行くの?」

「いや、一ノ瀬は疲れているだろうから、ここで休んでいけ」

「大丈夫、登山部ほど体力はないけど、そこは気合でカバーするさ」

「……無理はしない方がいいぞ」


 何故か俺を休ませようとする三嶋君だったが、不意に草むらが揺れたかと思うと武笠優利むかさゆうりが現れた。彼女は、気まずそうな表情でこちらに歩み寄ってくる。


「まさか、三嶋君に気を使われるなんて思わなかったわ」

「俺だって、山以外のことを考えることもある。じゃあ、俺はこれで……」

「待って、2人にスポーツドリンクを持ってきたから。美化運動、お疲れ様」


 武笠さんは、少し気まずそうにペットボトルを手渡してきた。真面目な彼女が、草むらに隠れてタイミングを見計らっていたと思うと、なんだか微笑ましい気分になる。


「ありがとう、委員長。みんなのためにって張り切って参加したけれど、結構疲れてたから助かったよ。」

「そう、良かったわ。……朝の活動もそうだけど、もしかして気を使ってるの?」


 ぽつぽつと話す武笠さんに構わず、三嶋君はスポーツドリンクをぐびぐびと飲んでいる。気にしていないフリなのか、興味が無いのか、微妙なところだ。


「いや、あくまで自分の意思でやってるからね。罪滅ぼしみたいな気持ちで参加したら、他の人たちに失礼だと思うしさ」

「そうね。……あの、わたしが冷たい態度をとるから何かしなきゃって思わせていたら、ごめんね」

「委員長が謝ることはないよ。正直なところ、ちょっとはダメージを受けたけれど」

「ふふ、わたしも全く効いていないって言われても嫌だから、複雑よね」


 少し笑った武笠さんは、胸の前でぎゅっと手を組んだ。何かを決心したような仕草だった。


「ごめんね。わたしが怒っていたのは、自分をうまくコントロールできない苛立ちっていうのかな。自分は冷静なつもりなのに、感情を抑えきれないの。それで、冷たい態度をとってしまって……子供みたいね」

「誰でも、そういうところはあると思うよ。俺も、今回の件で自分が未熟だと思い知らされから」

「そう、わたしも未熟だったわね。委員長として、冷静に振る舞おうとしたけれど、無理があったのよ。……でも、もう大丈夫。自分がまだまだだって認められたから」


 武笠さんは、じっと俺を見つめてくる。俺がうなずくと、彼女も同じようにうなずいた。錯覚かもしれないが、心が通じ合った気がする。

 ふと、三嶋君が素知らぬ顔でスポーツドリンクを口に運び続けていることに気づいた。中身はとっくに空である。


「三嶋君、もしかして気を使ってるの?」

「委員長も一ノ瀬も、俺のことを何だと思ってるんだ。山だと、天候に気を配れないと大変なことになるんだぞ。人間にだって、多少は気を使えるぞ」

「ごめんね、三嶋君。実は、一ノ瀬君と一対一で話す勇気が持てなかったの」


 武笠さんが謝ると、三嶋君は空になったペットボトルをポンポンと叩いた。


「委員長は許す、クラスのことで世話になっているからな。だが、一ノ瀬、お前は許さないぞ。お詫びとして……山に登ろうぜ」

「どうして、そこで山になるのさ」


 俺のつっこみに、武笠さんは声を上げて笑う。三嶋君はぶすっとしていたが、やがて一緒に笑いだしたのだった。




 美化運動が終わったあと、俺は着替えて身だしなみを整えることにした。今日はいろんな事があったが、あと1つ大仕事が待っているのである。スマホを確認すると、瞭子と寺西君からのメッセージが届いていた。確認してみると、色々と予定通りに進んでいるようだ。


 俺は、顔を洗って気合を入れてから武道場の方へと向かった。用があるのは、武道場ではなくて、その奥にある茶道部が活動場所にしている建物だ。

 ここで関係者を集めて、仲直りというか、とにかくみんなでお茶を飲もうということになったのである。大丈夫だと思うが、前の騒ぎのことを思い出すと一抹の不安がないとは言えない。


 俺は気を引き締めて、茶道部の建物へと向かったのだった。

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