第51話 2度目の思わぬ再会
期末試験の1週間前となった。まだ1週間あるともいえるが、微妙に落ち着かない時期である。いくつかの部活は休みになったようで、放課後はいつもより静かだった。
俺は山名詩乃の招待を受けて、茶道部の活動場所になっている建物へと向かった。文化系の部活は休みになっていたような気がするが、一体何があるのだろか。このタイミングで茶道部へ勧誘してくるとは思えないし、委員長を招いての相談事かもしれない。
建物の前は、きれいに掃き清められていた。感心していると、静かに戸が開いて山名さんが顔を出す。
「一ノ瀬君、来てくれたのですね。どうぞ、こちらへ」
「あ、うん。今日は一体何が……」
「急かしてすみませんが、ひとまず中へ」
周囲を気にしている様子の山名さんに、俺は質問を引っ込めることにした。ますます、事態がよくわからなくなってきた気がする。建物の中は静まり返っていた。やはり、部活は休みなのだろう。
靴を脱いで上がると、山名さんが奥へ続くふすまをそっと開けた。以前とは違う、畳の広い部屋である。おそらく、こちらが部活で使う場所なのだろう。
「山名さん、ここで何を……ええっ」
誰も居ないと思っていたのだが、部屋の奥に女の子が静かに正座していた。驚いたことに、彼女はうちの学校の生徒ではない。だが、見慣れない制服ではなく、普段からよく見ている制服でもあった。
「お久しぶりです、明さ……一ノ瀬さん。急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
そう言って
山名さんが、俺と白河さんの前にお茶の入った湯呑を置いた。流れるような動作で、湯呑の中の水面は全く揺れていない。思わず見入ってしまいそうな所作だったが、今はそれよりも気になることがある。
「今日は一体何の集まりなのかな? 特に予定は無いから、美味しいお茶がいただけて嬉しいんだけど」
山名さんと白河さんは顔を見合わせていたが、山名さんがわずかにうなずいた。彼女が説明してくれるらしい。
「本日はですねえ。白河さんが、一ノ瀬君に会いたいということでしたので、この場をもうけさせていただいたのです。その、
「うん、あれは風流で良かったと思うよ。えーと、山名さんは白河さんと知り合いなの?」
2人とも和風美人でお嬢様なのだろうが、どこかに接点があったのだろうか。
「はい、茶道部と華道部は八重藤学院と交流があるのですよ。高名な先生を招いたときに合同で指導を受けたり、展示会や茶会を一緒に行ったりということですね。白河さんとは、そこで知り合ったのです」
「ああ、そういうことだったのか。前に白河さんが、うちの高校に友達が居るって言っていたけど、山名さんのことだったのか」
以前に白河さんに会ったときは霧島さんと一緒だった、だから彼女の言う友達とは霧島さんだと思っていたのだった。世の中、意外なところに繋がりがあるものである。おっとりとした感じの山名さんと、凛とした感じの白河さんで相性が良いのかもしれない。それにしても、気後れしそうというか緊張感を覚えそうなぐらいの美人である。
俺の視線に気づいたのか、白河さんは軽く頭を下げた。
「詩乃さんとお話していた折に、一ノ瀬さんと同じクラスだということがわかったので、
「いや、まだ1週間前だし気にしなくていいよ。それより、こんな手の込んだことをするぐらいだから、大事な話なのかな?」
「そ、それは……」
ずばり本題に切り込んでみたのだが、白河さんは口ごもってしまった。性急すぎたのだろうか。それにしても、2度会っただけの彼女がわざわざ俺を呼び出すということは。
「まさか、瞭子が何か迷惑をかけているとか」
「い、いえ、違います」
白河さんは即座に否定した。どうやら、妹が何かをしでかして兄に相談するということではなかったらしい。俺は、ほっとしたのだが、山名さんはわずかに首をかしげたようだった。むっ、彼女は白河さんから俺と瞭子のことは聞いていないのだろうか。しかし、この場でわざわざ説明するのはためらわれる。
どうしようか考えていると、白河さんは背筋を伸ばして真っ直ぐに俺を見た。
「以前、八重藤学院でお会いしたときの非礼を、あらためてお詫びしたかったのです。その節は、申し訳ありませんでした」
俺があっけにとられていると、白河さんは深々と頭を下げた。正直、何が起こっているのか事態が飲み込めない。
「いや、白河さん顔を上げてよ。俺は失礼なことをされたとか全く思っていないから、そもそも白河さんが頭を下げる必要は無いよ」
「……寛大な心遣いに、感謝致します」
俺が慌てて止めると、白河さんはゆっくりと頭を上げた。よくわからないので山名さんの方をうかがってみたが、黙って事態の推移を見守っている様子である。彼女も事情は詳しく知らないようだ。
困惑していると、白河さんは申し訳なさそうな表情になった。
「あのときは、瞭子さんが怪我をされていたのに、それを
「ああ、そのことか」
ようやく納得がいった。八重藤学院に瞭子を迎えに行った応接室で、白河さんは俺が居るのに気づかずに話していた件のことだ。確か、瞭子の怪我について彼女は皮肉っぽい言い方をしていた気がする。
「別に俺は気にしていないし、瞭子も同じだと思うよ。そもそも、怪我ってほどでもなかったじゃない。説明を聞いたけど、大袈裟すぎるって思ったし」
「そうですか。しかし、身内の方の前であのような……」
「あれぐらいは友達同士でよくあることだと思うよ。むしろ、ある程度親しくないと冗談っぽく言えないからね。変な話だけど、俺は瞭子が学院できちんと人付き合いができてるってわかって安心したよ」
「そう言っていただけると助かります。その、良くないと思いつつも時折、大人げない対応をしてしまうので申し訳なく思っているのです」
「うーん、どちらかというと瞭子の方が大人げないことをしている気がするなあ。とにかく、仲良くしてくれると嬉しいかな。もう、謝罪するとか気にしないでね」
白河さんはゆっくりとうなずくと、ほっとした様子で湯呑に口をつけた。俺もお茶を飲もうと思ったのだが、湯呑はすでに空っぽである。
「お茶を淹れてきますね」
「あ、ありがとう」
俺の様子に気づいた山名さんは、湯呑をお盆にのせて立ち上がった。ちょっと悪いかな、と思ったが今はお茶を飲んで一服したい気分だったのである。
山名さんが出ていくと、広い部屋の中で俺と白河さんの二人きりになってしまった。黙っているのも気詰まりだったので、彼女に話しかけることにする。
「瞭子は学院ではうまくやっているのかな? 心配しているわけではないのだけど、女子校ってこともあって雰囲気がよくわからないんだ」
「それは問題ないと思います。努力家ですし、面倒見の良い人ですから、生徒にも先生からも認められていますよ」
「ああ、それなら良かった。本人から多少の話は聞いて想像しているけれど、第三者から意見を聞かせてもらえるとほっとするよ」
「一ノ瀬さ……明さんは、妹思いなのですね」
白河さんは、ふっと頬を緩めた。
「どうかな、普通だと思うんだけど。……知っていると思うんだけど、うちの家は裕福でもない平凡な家庭なんだよね。瞭子は、何がきっかけなのか昔からお嬢様を目指すとか言って、無理とか無茶をしてたからちょっと心配でね」
「そうでしょうか? 瞭子さんは、余裕を持って落ち着いて行動しているように感じますが」
「まあ、今は落ち着いてきたからね。小さな頃は、ちょっと危なっかしく感じたことがあったんだ。お節介かもしれないけれど、兄としては気になるんだよね。でも、白河さんみたいな良い友だちが居るみたいだし安心したよ」
「いえ、そんな。わたしなど、まだまだ未熟な人間です」
少し恥ずかしそうに言った白河さんは、丁寧な動作でお茶を飲んだ。我が妹は、どうしてこんな礼儀正しい人に張り合おうとするのだろうか。
「白河さん、さっきの話は瞭子には内緒にしておいてね。面倒な兄だと思われたら困るから」
「ふふ、では秘密にしておきますね。やはり、明さんは良いお兄さんだと思います」
「どうかな? 妹が心配とか言っているけど、世間的には妹の方が立派だと評価されていると思うんだ。本当は、兄の方がもっとしっかりしないといけないのかもね」
「そんなことはありません。少なくとも、わたしは明さんが立派な人だと思っています」
白河さんは、はっきりとした口調で言い切った。思わず彼女の顔を見ると、真っ直ぐな眼差しが俺をとらえている。しばらくそのままの状態が続いたが、彼女は顔を赤らめて目をそらした。
「あの……あっ、この間、莉世さんが瞭子さんのお宅に遊びに行った際のことを話してくれました。彼女も明さんのことを褒めていましたから、卑下されることはないと思います」
「休みの日に十条さんが遊びにきた件だね。それなら良かったよ」
「莉世さんは、すごく嬉しそうに話していましたね。わたしも、羨ましく……」
白河さんが話すのをやめたので、どうしたのだろうと思ったのだが、ゆっくりとふすまが開く音がする。どうやら、山名さんがお茶を新しく淹れてきてくれたようだった。
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