第44話 昼食はサンドイッチ

 昼休みがやってきた。直前の数学の授業がなかなかハードだった分、安らぎのひとときである。


「うおお、疲れた。メシにしようぜ、メシ」


 寺西君が大きく背伸びをして、いつものように畠山君と三嶋君が席に集まってきた。俺は、お弁当を鞄から取り出そうとして、ふと思いとどまる。今日は瞭子が、裏庭の畑で出来た野菜を使ってサンドイッチを作ってくれたのだ。俺も手伝ったから、中身が不自然に豪華ということはないはずである。

 以前の出来事を思い出して、つい警戒してしまったのだ。


「んん? 一ノ瀬よう、何やってんだ。まさか弁当がヤバいとか……ってサンドイッチか、珍しいな」

「あのねえ、寺西君。俺は、いつも真っ当なお弁当を食べてるでしょ。形が崩れていないか確認しただけだよ」


 プラスティックの容器を開けると、形の良いサンドイッチがきれいに並んでいた。これなら大丈夫だろう。絶対に秘密にしないといけないわけではないが、妹にお弁当を作ってもらったというのはちょっと恥ずかしい。


「畠山君、これ食べてみてよ。もらった苗で無事に収穫できたから、作ってみたんだ」

「へえ、そうだったんだ。じゃあ、遠慮なくいただくよ」


 俺は、トマトときゅうりにハムを挟んだサンドイッチを畠山君に渡した。彼はサンドイッチをしばらく眺めてから、口に運んだ。


「うん、美味しいよ。きゅうりはシャキシャキしているし、トマトは水っぽくなくて野菜本来の味がよくでているね」

「自分の作った野菜を褒められるっていうのは、なんだかこそばゆい感じだけど、悪くないね」

「これで園芸部への道が一歩近づいたね。作る喜びに、収穫の喜び、食べてさらに嬉しいよね」

「いや、それはちょっと」


 畠山君はさわやかな笑顔だが、どことなくプレッシャーを感じてしまう。しかし、彼の言ったとおり野菜を育てるという行為の面白さの一片に触れることが出来た気がする。


「園芸部の件は冗談として、野菜もだけどサンドイッチもよく出来ているね。野菜はきれいに切ってあるし、パンにはバターが丁寧に塗ってある。一ノ瀬君って、料理が上手いというかマメなんだね。冷凍シュウマイと白飯だけを詰めてくるような人と同一人物とは思えないなあ」

「いや、あれはシュウマイが大量に安売りしてただけだから。今日はちょっと、本気を出してみたんだ」

「ふうん。このきゅうり、シャキシャキ感を維持できる厚さでしっかりとそろえられているなあ。トマトも潰れないで、薄くカットしてある。僕はこんなに上手には出来ないなあ……」


 畠山君は、感心した様子でサンドイッチを見つめている。むっ、何だか疑われているような気がする。瞭子の料理の腕が称賛されるのは兄として誇らしいが、今更になって作ってもらったと言うのは気が引ける。


「サンドイッチって、なんでパンにバターを塗るんだ?」


 唐突に、三嶋君が口を開いた。そんな彼に、畠山君はため息をつく。


「パンにそのまま具を挟んじゃったら、水分を吸ってふにゃふにゃになっちゃうでしょ。バターを塗るのは味のためもあるけど、水分をパンに染み込ませないためにって意味もあるんだよ」

「ああ、そういうことか。味付けとか好みで塗るんだと思ってたぜ」


 三嶋君は山に関することはうるさいが、それ以外は雑というか大雑把なのである。


「一ノ瀬、バターの話で興味が出たから1つくれないか。ふむ、このチーズささみカツとトレードでどうだ」

「うん、いいよ。野菜も美味しいけど、肉も食べたいと思ってたところだし」

「取引成立だな」


 俺がサンドイッチを渡すと、三嶋君は無造作に口に入れた。


「……美味いな。なるほど、ちゃんとバターを塗っているから、朝からパンときゅうりを挟んでいてもフレッシュ感があるのか。ふむ、作るの大変だっただろう、ささみカツをもう1個やるよ」

「サンキュ、ありがたくもらっとくね」


 味が気に入ったのか、三嶋君は気前良くおかずを分けてくれた。俺が作ったものではないが、貰えるものはありがたくいただいておく。


「おいおい、お前らのやりとりを見たらオレまで欲しくなったじゃないか」


 寺西君が、身体を伸ばしてサンドイッチをのぞきこんでくる。


「ううむ、野菜がメインか。まあいいや、この豚肉の生姜焼きとトレードしようぜ」

「いいよ。まあ、お互いに肉と野菜でバランスが良くなったじゃないか」

「オレが肉を差し出す側なんだがな。どれどれ……おっ、結構、いや、かなりうまいぜ」


 もぐもぐと口を動かしながら、寺西君は目を丸くした。俺は生姜焼きを食べたが、こちらもなかなか美味しい。


「へえ、野菜メインでもイケるもんなんだな。あー、これが内気な美少女が勇気を出して作ってみましたって渡してくれた物ならなあ」

「何言ってるんだよ。この生姜焼きだって美味しいけど、お袋さん?」

「まあな。でもよう、どうせなら可愛い同世代の女の子に作って欲しいなあ。あー、スポーツとかやってて料理が苦手そうな美少女が努力して作ってみました、って感じでオレにくれないかなあ」


 畠山君と三嶋君は、また始まったという顔で肩をすくめた。むう、これはますます妹が作ったとは言えない状況になってきたな。


「寺西君、彼女を作るのが無理でも、野菜は作れるよ。園芸部はいつでも部員が不足……じゃなくて、募集してるから」

「うお、畠山さあ、彼女が出来ないのが前提みたいに言うのはやめろよ。オレが本気を出せば、野菜よりも簡単に彼女ができ……出来たらいいなあ」


 寺西君はどこか遠い目をして、窓の外を眺めた。空はちぎれ雲がいくつか浮いているが、天気は悪くない。

 俺たちは、他愛のない話をしながら昼休みを過ごしたのだった。




 放課後、俺は自転車に乗って学校を出た。友人たちには、食料品などの買い物に行くと言ってある。いつもならディスカウントストアやらスーパーを目指すのだが、今日は高級住宅地のある丘へと向かった。

 少し蒸し暑い天気の中、気合を入れて坂道を登っていく。じわじわと汗が出てくるのを感じたので、意識してゆっくりとペダルを踏むことにした。これからの予定を考えると、汗だくになっては困るのである。


 丘の中腹にあるバス停に到着した俺は、自転車を停めてベンチで休憩した。雲が多めの天気ではあるが、雲の間からのぞく青空は明るく力強い。遠くに見える学校をぼんやりと眺めていると、コミュニティバスがバス停に入ってきた。降りる乗客の中に、うちの学校の制服が見える。


「やっほ、一ノ瀬君。早いねえ、もうこんなところまで来てたんだ」


 バスから降りた桜川亜衣さくらがわあいは、俺の姿を見て目を丸くする。今日は、彼女にドーナツ店のお返しをするのである。


「毎日、自転車で通学しているからね。まあ、丘の上まで登るとなったらつらいけど」

「うーん、あたしは下りだけだったら乗ってもいいかな。だいたい、こんな坂を登って喜ぶのは登山部の三嶋君ぐらいじゃないの」

「いや、いくらなんでもそんなことは……あるかもしれないな」


 俺は自転車を押しつつ、桜川さんと歩き始めた。彼女は、このあたりに来たことがないのか、珍しそうに周囲を見回している。


「このあたりって、学校周辺と雰囲気が違うよね。建物がおしゃれだし、景色もいいし……わっ、学校があんなに遠くにあるよ」

「自転車で移動すると、そんなに距離は感じないんだけどなあ。離れてみると、元がお城っていうが良く分かるよね」

「だよね。昔は城跡にある高校ってことで憧れていたんだ。でも、1年以上も通うとありがたみが薄れちゃう気がするの」

「あー、俺も入学したての時期なんかは感動したけど、わりとすぐに慣れちゃった気がするよ。そもそも校舎の中に居ると、普通だもんね」


 大通りから住宅街の方へ入り、少し歩くと目的の建物が見えてきた。黒い三角屋根に白い外壁が印象的な、北欧風の建築物である。


「ねえねえ、一ノ瀬君。もしかして、あそこに行くつもりなの? あそこって、喫茶店とかじゃないような気がするけど」

「まあね。でも、それでいいんだよ」

「どういうこと? えっ、ここって輸入家具の店って書いてあるけど」


 俺は戸惑う桜川さんに笑って見せると、お店へと足を踏み出したのだった。

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