第40話 沢井美花のとっておきニュース
朝から天気はまずまずであった。
俺は気分良く自転車を走らせて学校へと向かう。運良く信号に引っかからなかったので、実に快適な移動となった。こんな日は、何か良いことが起こるかもしれないなと思って教室に入ると、教壇を中心に人だかりができていた。
以前の出来事を思い出して身構えてしまったが、俺の姿に反応するクラスメートはいない。自意識過剰だったようだ。 同級生たちの集団の中に、
「おはよう、桜川さん。これって、何の集まり?」
「一ノ瀬君、おはよっ。あれはね、美花が新しくできた店に行ってきた話をしてるの」
桜川さんが指差す方には、教壇で熱弁をふるう沢井美花の姿があった。自称クラスのにぎやか担当の彼女は、熱血教師のように話している。
「これがね、口に入れた瞬間に……サクッ、ふわあーって感じになるんだよー。それでもって、粉雪を散らしたみたいな上品で繊細な甘みが……んっ? 雪って甘いのかな。まあ、いいや、そういう感じのおいしさってコトで……」
沢井さんは、身振り手振りを使って実に楽しそうに語っている。ちょっと大袈裟な気もするが、彼女のキャラもあって、つい話が気になってしまう。
「桜川さん、あれって何の食べ物のこと?」
「ドーナツだよ。最近、駅前に出来たの。ネットとかで話題になってる店なんだけど、うちの街にもお店が進出してきたんだよ」
「あっ、どこかで聞いたことがあるような。そういうお店が身近に出来たって、なんだかわくわくするなあ」
「だよね。開店したときには、行列ができてたって話だよ」
行列に並んでまで食べたいかと言われると悩んでしまうが、興味がわいてくる。話題になっているから、きっと美味しいのだろう。
「沢井さんは、並んで食べにいったのかな?」
「それがね、美花はお店からスペシャルクーポンをもらったらしいの……」
「ふっふっふ、その通りなんだよー」
いきなり、沢井さんがこちらをビシッと指さした。熱く語っていながらも、俺たちの会話を聞いていたらしい。
「前のコトなんだけど、工事中の建物があってさあ、それがアタシのセンサーに引っかかったの。これは要チェックだと思って見てたら、通りかかった店の人がクーポンをくれたんだよー。オープンしたら、ぜひとも来てくださいってコトで」
「わあ、いいなあ」
桜川さんが羨ましそうに言うと、多くのクラスメートたちが同意した。沢井さんは得意げな表情になる。
「ふふん、お店の人が見る目があったってコトだね。あのお店、すっごく美味しいから、みんなも絶対に行った方がいいよー」
そのあとも、沢井さんはドーナツの美味しさについて語り続けた。心の底から楽しそうに話す彼女を見ていると、だんだんとお店に行きたくなってしまう。それは他のクラスメートも同じようで、お店の人に見る目があったというのは本当だったようだ。
昼休みは、いつものように男子4人でお弁当を食べて、のんびりと過ごしていた。
俺は寺西君と話していたのだが、教室のあちらこちらで人が集まって何やら騒いでいることに気づいた。畠山君や三嶋君も不思議に思ったようで、周囲を見回している。
「何だろう? みんな、スマホを見ているみたいだけど」
スマホを取り出してみたが、衝撃的なニュースがあったというわけではない。俺たちから離れたところの女の子の集団では、沢井さんが中心に居る。
俺は、女の子たちの様子をうかがってみることにした。
沢井さんが、カラフルなチラシを手に何やら熱弁している。
「よーし、運試しってコトで、さや香もやってみようよ。当たったら、タダだから」
「無料ですか、良いものにお金を惜しむつもりはありませんが、節約できるのならそれに越したことはないですね。ええと、ここを読み込んで……」
霧島さや香が沢井さんに何かを教えてもらって、スマホを操作しているようだ。
「あっ、結果が出ましたわ。これはもしかして……」
「残念だけど、それはハズレだねー」
「ああ、外れですか。期待はしていなかったのですが、それでもがっかりですわ。はあ」
霧島さんは、大袈裟なほどがっくりと肩を落とした。何が外れたのかは分からないが、オーバーアクション気味の動作に思わず吹き出しそうになる。
「まあ、そんなに気にしなくても良いんじゃないかなー。くじはハズレだったけど、さや香がハズレの女ってわけじゃないし」
「は、外れの女。……わ、わたくしが外れの女。所詮は裕福な家に生まれただけの、つまらない女……」
「ちょ、ちょっと、アタシはそんなこと言ってないよー。あっ、そうだ。グミあげるから、これで元気だして」
何をやっているのかわからないが、それなりに盛り上がっているようである。沢井さんが、グミの入った瓶を取り出したところで
「待って、美花。昼休みとはいえ、堂々とおやつを取り出すのは……」
「ええー、いいじゃん。お昼ごはんの一部ってことでさー。あっ、それより委員長もやってみたら」
「はあ、全くあなたは……。まあ、いいわ、私もやってみるわ。……ええと、このサイトで……」
女の子たちが、武笠さんのスマホに注目する。
「あら、これは……」
「おおー、当たりだね。5等だから、1000円以上で50円引きのクーポンだよ。やったじゃん、委員長」
「当たりって、せいぜい5パーセント引きでしょ。しかも、1000円以上っていうのがねえ」
「むう、委員長って意外とケチなんだ……あっ、ゴメン、謝るからグミを没収しないでー」
武笠さんは無言でグミの入った瓶を奪い取り、沢井さんは平謝りしている。
なんだかんだ、楽しそうな雰囲気だった。
俺たちの視線に気づいたのか、女の子の集団から桜川さんがこちらにやってきた。
「ねえねえ、一ノ瀬君たちはやってみたの?」
「いいや、そもそも何をやっているのかなって思ってたところなんだけど。クジって聞こえたけど、何なの?」
「あれはね、美花が朝に言ってたドーナツ店だよ。今、キャンペーンやってて、当選すると結構豪華な特典がもらえるんだって」
「なるほど、それで盛り上がっていたのか」
今朝の沢井さんの話だと、かなり魅力的な店に感じた。そこで無料で食べられるのなら、みんなが夢中になるはずである。
隣の寺西君が、スッとスマホを取り出した。
「よーし、オレらもやってみようぜ。見事に当選したら、クラスでも注目されること間違いなしだからな。ほれほれ、畠山も三嶋もやろうぜ」
「うん、試すのは無料だからね」
「……どうせ当たらんと思うがな」
乗り気な畠山君に比べて、三嶋君はやる気がなさそうだ。俺は、桜川さんにサイトを教えてもらいながらスマホを操作する。
「桜川さん、ここでいいの?」
「うん、あとはそこをタップするだけだよ」
「よし……あれ、これは?」
「あー、残念。ハズレだね。でも、みんな当たってないみたいだから」
「そっか。まあ、こんなもんだよね」
あっさりと外れの結果が出たので、なんだか物足りない気分である。とはいえ、クジだから対策も必勝法もないのだが。
「あっ、僕も外れだね」
「俺も駄目だ。くっ、当たらんとは思ってたが、やっぱりか。」
畠山君も三嶋君も外れだったようだ。一番やる気だった寺西君は、俺たちの結果を眺めながらにやにやしている。
「ふっ、ダメだったようだな。だが、お前らが外れた分だけオレの的中する可能性が上がるんだ。確率が低くても、このクラスの人数なら1人ぐらいは当選してもおかしくないはず。いくぜっ、来い」
その理屈はおかしい、と突っ込む前に寺西君は力強くスマホをタップする。そして、彼は画面を見るなり無言で机に突っ伏した。
「やっぱり外れ?」
「ああ、どうやらオレは運もない男のようだったぜ。ちきしょう、クジを当ててクラスの女子からちやほやされる予定が……」
「まったく、何を言ってるんだか。クジは駄目でも、みんなにおごってくれたら人気者になれると思うよ。……あっ、この店って高いんだな」
ドーナツ店のメニューを見ていたが、美味しさの前に値段が気になってしまった。これはクジにでも当たらないと、気軽には行けそうにない。
ふと、桜川さんがスマホをじっと見つめたまま黙っていることに気づいた。
「桜川さん、どうしたの? もしかして、当たったとか」
「えっ? あの、えーと、当たったら嬉しいなあって。……あはは、誰も聞いてくれないから反応に困っちゃったじゃない。真面目な顔でずっとツッコミを待ってたのに」
「ごめん、ごめん。でも、みんな外れだったけど、ちょっとドキドキしたよね。昼休みのエンタメとしては悪くなかったよ」
「そ、そだね。当たらない……ものだよね」
桜川さんは、ふうっと息を吐くと、妙に慎重な動作でスマホをしまった。少し気になったが、昼休みはすでに終わりかけている。
俺たちは、慌てて次の授業の準備にとりかかったのだった。
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