第38話 武笠優利と山名詩乃をお茶会に招待
天気予報によると、まだ梅雨はあけていないらしい。
けれども、雨が少なくなって晴れ間がのぞく日が増えたように思う。日差しは夏の到来を予感させるが、本格的な暑さはまだのようで過ごしやすい日が続いている。
雨の日が減ってきたので、みんな活動的になったように感じられた。俺は寺西君と遊びに行ったり、畠山君や三嶋君の部活動を見に行ったりして過ごしている。そんな中で、俺はふと思いついたのだ。
俺は段取りやら協力を取り付けるため、こっそりと動くことにしたのだった。
お茶会当日、放課後の天気はまずまずだった。雲は多めだが、雨の心配はなさそうである。ここ数日は雨が降っていないので湿度は低く、さわやかな日だ。
裏門から少し離れた場所で待っていると、武笠さんと山名さんがやってくる。この前のお返しに、ささやかなお茶会を催してみたいと伝えると、2人ともすんなりと参加を決めてくれた。詳細は伏せておいたのだが、かえって面白そうだと感じてくれたようである。
「一ノ瀬君、ここでいいのよね? 学校内って言っていたけれど」
武笠さんは、不思議そうに周囲を見回した。ここは特に学校の施設があるわけでもなく、人があまり近寄らない場所である。
「想像がつかないですね。ですが、なんだかわくわくしてきます。ふふ、楽しみですねえ」
山名さんは、上品な笑みを浮かべる。茶道部の彼女に満足してもらえるか不安ではあるが、精一杯のもてなしをさせてもらうつもりだ。
「場所はもうちょっと先なんだ、ついてきて」
俺は2人を先導して、裏門と体育館の間にある雑木林に向かった。途中で、怪談のうわさがある夜泣き岩を通り過ぎる。以前、
「ええっ、林の中に入るの? この先は何もないはずだけど」
「それは大丈夫だから。行ってみればわかるよ」
雑木林の中に足を踏み入れようとすると、武笠さんは困惑したような声を出す。彼女は首をかしげつつも、ついてきてくれた。山名さんは、マイペースで散歩を楽しんでいるかの様子である。
うちの学校は、広い城跡に建っているので使われていない場所が結構あるのだ。主要な施設以外のところは、草が生えたり林になっている。学校側も手入れはしているが、それは日常的に使う場所の周辺だけなのだ。
この雑木林は、誰も足を踏み入れない場所の1つなのだが、よく見ると地面に道らしきものができている。俺たちは、その跡をたどっていく。
「この先って学校の図面からすると、お堀よね。お堀に囲まれた学校だから、敷地の端はそこに行き着くはず」
「さすがは委員長、鋭いね。もうすぐだから」
「でも、お堀に出たところで……あら」
武笠さんと話していると、雑木林が途切れて開けた場所に出た。薄暗いところから出てきたので、明るい日差しがまぶしい。ここは、堀と雑木林の間にあるちょっとした広場なのである。
堀の石垣の近くで、畠山君と三嶋君がシートを敷いて待っていた。
「あっ、来たね。準備するから、ここに座って待っててよ」
畠山君が、楽しそうに深緑色のシーツを示す。三嶋君は、ゆっくりと立ち上がって登山用のリュックをごそごそと探り始めた。
「これは、どういうことなの? こんな場所があるなんて初めて知ったのだけど」
武笠さんは、戸惑った様子でシーツに座った。山名さんは、興味深そうに周囲を見回している。
「不思議な場所ですねえ。堀の向こう側も雑木林ですから、ここだけが切り取られたようにぽっかりと空いています。外からは見えないようですし、隠れ家のような印象を受けますねえ」
「……ここは、登山部が練習場所として使っている」
三嶋君が、水の入ったポリタンクやバーナーをリュックから出しながら答える。
「主にテントの設営と撤収のリハーサルをしている。実際の山の環境に近いところでやった方が、練習としてはいいからな。……野外炊飯の練習をすることもある」
「三嶋君からこの話を聞いて、委員長と山名さんへのお返しにお茶会をしてみようって思いついたんだよ」
俺が、女の子2人に説明すると納得してくれたようだった。ちょっとした思いつきだったのだが、三嶋君に相談してみるとすんなりと協力してくれたのである。高い茶葉やお菓子は用意できないが、友人に協力してもらって雰囲気ぐらいは盛り上げようというわけだ。俺は、三嶋君の手伝いをすることにする。
武笠さんたちは、まだ落ち着かないようだったが、そこに畠山君がタッパーを差し出した。
「これからお湯を沸かすから、このイチゴを食べながら待ってね。余った土地で試験的に栽培してみたものだから、ちょっと酸っぱいんだけど」
「それは貴重な物なんじゃないの? いいのかしら」
「果物の価値は、食べてこそだからね。委員長や山名さんに感想を聞いてみたいんだ」
畠山君は、遠慮している様子の武笠さんに笑顔でイチゴを勧める。彼は小柄で少年っぽい容姿なので、あまり押し付けがましさとか、強引さというのを感じない。女の子たちは遠慮がちに手を伸ばした。
「んっ……思ったよりも酸っぱいのね。でも、そのぶん後味でほのかな甘味が引き立つというのかしら」
「あら、良いですねえ。確かに甘さは控えめですが、自然本来の味がぎゅっとつまっている感じがします。なにより、この学校の敷地で栽培されたものというのが、しみじみと感じ入ります」
2人の感想に、畠山君は嬉しそうである。畠山君たちがあれこれと話しているうちに、こちらはお湯を沸かす準備ができた。三嶋君が風防板を設置して、バーナーに点火する。
「えっ、火を使うの?」
こちらの様子に気づいた武笠さんが心配そうな表情になる。しまった、真面目な彼女だから、学校の敷地内で火を使うことに抵抗があるのかもしれない。
「顧問の先生の許可は取ってある」
三嶋君の発言に、みんなの視線が集まった。彼は落ち着いた様子で火力を調整してから、俺を見てにやりと笑う。
「入部希望者への野外調理の実演をしたいと言ったら、すぐに許可してくれた。うちの部員は人数が少ないからな」
「なあ、三嶋君。入部希望者って誰なのさ。……もしかして」
なぜだか全員の視線が俺に集まる。きちんと許可を取ってくれていたのはありがたいが、三嶋君め。俺はなんともいえない気分になったが、武笠さんはほっとしたようだった。
「良かった、許可を貰っていたのね。ここは学校内だし、城跡で重要な史跡でもあるから、心配しちゃった。ごめんね、楽しい雰囲気のところで細かいことを言って」
「……まあ、登山部なんで、そのあたりのことはわきまえている」
三嶋君は、何でもないことのように答えた。彼は、何かにつけて人を登山部に勧誘するが、こういう場面では頼りになる。俺は一安心した。
「三嶋君、さすがだね。俺は許可を取るとか、思いもしなかったよ」
「登山部は自然を大切にするものだからな。それに、せっかく一ノ瀬が企画した催し物につまらないケチがつくのも困る。それで、入部したい気分なってきたか?」
「いや、それは……ちょっと考えさせてよ」
「冗談だ、本気で言っているわけじゃない」
そう言って三嶋君は笑う。
「先生も言っていたが、新入部員が確保できなくてもキャンプの楽しみが伝わればいいのさ。俺の方だって、練習になるからな。気にせず楽しんでくれよ」
「ふう、良かった。登山部も楽しそうだけど、今になって入部するのはなあ」
ほっと胸を撫で下ろしていると、横からイチゴの入ったタッパーが差し出された。畠山君がニコニコした笑顔を浮かべている。
「一ノ瀬君も、イチゴを食べなよ。……園芸部も楽しいよ」
「また、そういうことを言う。やれやれ」
俺は苦笑しつつ、イチゴを1つ取った。畠山君もいいヤツだが、やたらと勧誘してくるのが困る。
「ふふふ、茶道部も歓迎しますよ」
驚いて顔を向けると、山名さんが穏やかな笑みを浮かべていた。シートの上に礼儀正しく正座した彼女に微笑まれると、ついイエスと言ってしまいそうになるのが恐ろしい。
「ふーん、人気者ね。一ノ瀬君」
「委員長、みんなに何とか言ってよ。強引な勧誘はルール違反だっけ」
俺は武笠さんに助けを求めた。みんな冗談で言っていると思うが、若干プレッシャーを感じるのだ。
「そうねえ。正式な役職ではないのだけど、クラス委員長代理補佐みたいなものはどう? 一ノ瀬君、人望があるし、やってみない?」
「ちょっと、委員長まで。そんな怪しげな役職を作るのはどうなのさ」
俺が抗議すると、武笠さんはおかしそうにクスクスと笑った。気がつくと、周囲のみんなも笑っている。
こうして、お堀と雑木林に囲まれた小さなスペースは、楽しい雰囲気に包まれたのだった。
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