第37話 再びお返しに悩む兄

「んっ……美味しいわね。柿と栗の自然な甘さが絶品ね」


 瞭子は、俺が学校でもらってきた栗柿を食べて頬を緩めた。続いて、湯呑を手に取る。


「……ふう、これが大和茶かあ。うん、良い香り。良い茶葉ね」


 お茶を一口飲んだ瞭子は、満足そうにうなずいた。もらってきた物ではあるが、喜んでもらえるとちょっと誇らしい気分になる。

 俺は、まんじゅうを食べてお茶を飲んだ。ふむ、昼間とは違った味わいがあるな。きっと良い茶葉なのだろう、山名詩乃に感謝しなくては。妹が食べたが、栗柿をくれた武笠優利むかさゆうりのことも忘れてはいけない。


「はあ、大満足。うちでこんなに繊細な甘みと、香りの良いお茶を楽しめるなんて……ちょっと、兄さん。おばさんからもらったおまんじゅうを1人で食べないで」

「はいはい、瞭子の分は残してあるよ。……繊細な甘みを楽しんでいるんじゃなかったのか。まあ、これもうまいけど」

「それはそれ、これはこれよ。おばさんに頂いたものなのだから、出会ったときに感想を言わなきゃいけないの」


 俺がまんじゅうの箱を差し出すと、瞭子は手を伸ばして自分の分を確保する。ちょっと食い意地が張っているのではないかと思ったが、幸いなことに口に出す前に思いとどまることができた。


「ところで、兄さん。ちゃんと、お返しは考えているのよね」

「えっ? ああ、もちろんさ」


 残りのまんじゅうを数えていた俺は、不意の質問に適当な答えを返してしまう。


「良かった。まあ、良い茶葉に高級なお菓子までもらったのだから、当然よね。しかも、茶道部の人がお茶を淹れてもてなしてくれたわけでしょ」

「そ、そうだな。仕事を手伝ったお礼とはいえ、場をセッティングしてくれた委員長にも感謝しないと」


 忘れていたわけではないが、何かお礼をした方が良いかもしれない。俺はお茶を一口飲んで考える。

 あのお茶会は、山名さんがクラス委員の仕事をがんばる武笠さんへのものだったそうだから、茶葉はそれ用に準備したものだろう。武笠さんの栗柿も、お茶会に招待してくれた山名さんへのお礼を兼ねていたのかもしれない。本来、2人で楽しむ予定だったお茶会に参加させてもらっただけでなく、お土産までもらってしまったのである。

 2人とも気を使わなくていい、とは言ってくれたがやはり何か返したい気がする。


「何がいいかな、ちょっとしたお菓子かなあ。ふむ、この間のチョコレートの店はどうかな」

「兄さんっ」


 俺がスマホを手に取ったところで、瞭子が急に声を出した。なぜだか、険しい表情になっている。


「兄さん、まさかとは思うけれど、前と同じオンラインショップを使おうと考えているわけじゃないでしょうね」

「いや、その……参考にしようかなって思ったんだよ。気の利いた物って、なかなか思いつかないから」


 妹の迫力に押されて、言い訳めいたことを言ってしまった。


「参考にするぐらいなら良いわ。やっぱり、同じショップで選ぶのはねえ」

「ダメかなあ。あそこ、センスが良いと思うんだけど」


 スマホを置いて、まんじゅうに手を伸ばすと、瞭子はため息をついた。


「兄さん、前にあの店で買ったお返しをあげたら、喜んでもらえたのでしょう?」

「うん、霧島さんは嬉しそうだったよ」

「なら、違う店で選ぶか、違う形のお返しにすべきよ」

「そういうものかなあ?」


 俺が疑問を口にすると、瞭子は肩をすくめた。


「ちょっと想像してみればいいんじゃない? 同じクラスの人なんだから、お返しの内容を知る可能性だってあるでしょう。そこで、同じ店を使っていることがわかったら、安易な男と思われるかもしれないわよ」

「むっ、見栄を張るつもりはないけど、安易な男って思われるのは嫌だな」

「それに、最初にもらった霧島さんだって、他の人が同じような物を受け取っていることがわかったら、特別感が薄れてがっかりするかもしれないでしょう」

「むむっ、そうだなあ。特別感か……凡人の俺は、そういうところで勝負しないといけないよな。お金は無い分、心づかいというか創意工夫というか」


 思い返してみれば、山名さんはあのオンラインショップのことを知っていた。彼女は華道部でもあるから、花のつながりだったかな。ともかく、別の物なり手段を考えた方がいいだろう。


「難しいな。武笠さんも山名さんも、準備していたのかはわからないけど身近にあるものを使って、もてなしてくれた感じだからなあ。何か物を買ってお礼にするというのは、違うような気がするし」

「そこで、センスをアピールしてチャンスをものにするのよ、兄さん」

「だから、チャンスって何だよ。違うからな。……まあ、ゆっくり考えるか、そのうち良いアイデアを思いつくかもしれないし」


 俺は気を取り直して、まんじゅうの箱に手を伸ばした。考えるのには脳に糖分が必要だろう。しかし、直前で箱は閉められてしまった。


「駄目よ、兄さん。残りは明日以降のお茶会の分だからね。もう十分食べたでしょう。どうしても食べたければ、お返しをひらめいてからにしてね」


 そう言って瞭子は、菓子箱を棚に持っていってしまったのだった。




 学校での昼休み、俺はいつもの男子4人でお弁当を食べていた。寺西君がクラスのうわさなどを話し、俺が適当に調子を合わせる、畠山君が意外とシビアなツッコミをいれ、三嶋君は言葉少なくガツガツと食べるという具合である。

 機嫌良く話していた寺西君だったが、急に黙って真面目な表情になった。俺たちはお弁当を食べる手を止め、何事かと彼に注目する。


「……なあ、いつも疑問に感じてたんだけど、どうしてオレに彼女が居ないんだろう? 黒髪ロングで清楚な子とか、見た目はギャルだけど実は一途なタイプな子とかがいいなあ。いや、近所に住んでいる家庭的な幼なじみも捨てがたいな」


 目を細めた三嶋君は何かを言おうとしたようだが、黙ってお弁当を食べ続けることにしたようだ。寺西君は返事を待っているようだが、俺も昼食に専念することにする。お弁当の中身は昨日の晩ごはんの残りだが、おにぎりは瞭子がにぎってくれたものだ。ありがたくいただくことにする。


「そうだ、一ノ瀬君。僕が、前にあげたトマトときゅうりは元気に育っている?」


 畠山君が、微妙に寺西君から目をそらしながらたずねてきた。


「うん、大きくなった……というより、雨のせいか急に成長した感じだよ。きゅうりは、もう少しで収穫できそう」

「野菜はね、ぐんぐん成長する時期があるんだ。きゅうりはすぐに大きくなるから、こまめに確認した方がいいよ。もうちょっと大きくなったら、とか思っていると育ちすぎるからね」

「そうなんだ、気をつけるよ」


 もらったときは苗だったが、今は立派になってきている。ここまできたら、無事に食卓に並ぶところまで育てあげたいものだ。


「おいおい、オレの彼女の話はどうなったんだ。オレに彼女が居ないなんておかしいだろ?」


 寺西君はついに我慢できなくなったようで、俺たちの会話に口を挟んできた。


「どうして居ないのかって言われても困るよ。そもそも寺西君は、彼女を作ろうと何かしてるの?」

「くっ、一ノ瀬、なかなか厳しいことを言うな。そう、オレはまだ行動に移してはいない。こういうことは慎重にやるべきだからな。しかし、相手から来るのなら、好都合……じゃなくて、やぶさかではないというか……」

 

 寺西君以外の俺たちは、一斉にため息をついた。これでは、アドバイスも何も出来ないではないか。


「まあ、オレに彼女が居ないことは仕方ない。今、のところはな」

「そんなに『今』を強調しなくても、いいから」

「だから、一ノ瀬。彼女が出来たときに備えて、デートスポットを探索しておこうぜ。雰囲気の良い喫茶店ぐらいは押さえておかないと、急な告白に対応できないからな」


 謎の理論を寺西君は熱く語った。どうしてくれようかと思っていると、三嶋君がおもむろに口を開いた。


「だったら山に登ろうぜ。お茶だったら、頂上で沸かして飲めば雰囲気もあるだろう。それに、彼女が出来なくても体力はつくぞ」

「くっ、三嶋は何でも山に結びつける癖をやめるんだ。オレは、そういう暑苦しいの苦手なんだよ。だいたい、女の子に一緒に山に登ろうって言ってついてきてくれるのか?」

「断られたら、1人で登ればいいだろう。登山は楽しいぞ」


 三嶋君は淡々と話す。そのうち、山を恋人にすれば良いとか言い出しそうである。寺西君は、目で俺たちに助けを求めた。


「じゃあさ、園芸をやってみればいいんじゃないかな」


 予想はしていたが、今度は畠山君が語り始めた。


「いやー、土いじりとか流行らないし、ムードに欠けるんじゃないか。オレは、服とか汚れるの苦手だし」

「コツコツやっていれば、良さがわかってくるよ。それに、野菜や果物を育てれば、一緒に食べることができるじゃない。あっ、花を育てるのもいいね」

「あー、オレは地道な作業よりも、出来た物を買って楽しむ方がいいかな」

「作る楽しみがあるんだよ。ほら、僕と一緒に放課後の草引きから始めよう」


 畠山君は小柄で少年のような容姿だが、意外と押しが強いのである。寺西君は、俺にすがりつくような視線を向けた。


「一ノ瀬、頼りになるのはお前だけだ。今日の放課後から『彼女が出来たら一緒に行きたい理想のデートスポット』を探す旅にでようぜ」

「いや、1人で行けばいいんじゃないかな。男2人でやってたら、虚しさが倍増しそうだし」

「な、なんだと。そこをなんとか……」

「おいおい、あんまり大きな声を出すなよ。クラスの女子にどん引きされるだろ」


 拝むような仕草の寺西君に困っていると、誰かが近づいてくる気配がする。


「ちょっと寺西君。一ノ瀬君を変なことに巻き込まないで」


 声をかけてきたのは桜川亜衣さくらがわあいだった。両手を腰に当てて、頬を可愛らしくふくらませている。


「……すみません。1人で行きます……」


 寺西君は力のない声で言って、大人しく引き下がる。これは、前途多難だろうな。

 その後、桜川さんを加えて5人で楽しくおしゃべりすることになった。しばらくは静かだった寺西君も、あっさりといつもの調子に戻ったのだった。

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