第36話 お土産と妹とのお茶会

 茶道部兼華道部の部室で話し込んでいるうちに、結構な時間になってしまった。武笠優利むかさゆうりと山名詩乃はクラスメートではあるが、こんなにも長時間話したことはなかったと思う。学校事情、交友関係、部活の出来事など、話題は無限にあるようにも感じる。

 後片付けは山名さんがすると言ったが、そんなわけにはいかないので俺と武笠さんも手伝うことにした。


「栗柿が1つ残ったわね。一ノ瀬君、持って帰らない?」

「委員長、いいの? じゃなくて……ええと、高いものなんじゃないのかな」

「いただき物だし、それほど高価な品ではないと思うわ。それに、一ノ瀬君には以前にたこ焼きをご馳走になっているから、お返しの意味もあるし遠慮しないで」

「うーん、たこ焼きと言っても100円のだからなあ」


 武笠さんが菓子の包を差し出してくるが、少し迷ってしまう。茶道部の山名さんのお茶を頂きつつ、武笠さんの珍しいお菓子を食べるというのは、とても贅沢な事なのだ。正直なところ、クラスの男子には黙っていた方が良いだろう。間違っても自慢などはしてはいけない。


「あのう……」


 ふと、山名さんが若干気まずそうな表情をしていることに気づいた。


「山名さん、どうしたの?」

「実はですね……この間のことを委員長に話してしまったのです」

「うん? 何かあったっけ?」

「一ノ瀬君が霧島さんに、贈り物を渡していたときのことです。わたしは、とても素敵なことだと思って、ここでお茶会をしたときに委員長に……軽率だったでしょうか」


 別に山名さんが気にすることではないと思うのだが、奥ゆかしい彼女のことだから真面目に捉えてしまったのだろうか。武笠さんも首をかしげているようである。


「別に問題はないと思うけど。えーと、同級生との普通の交流だし。まあ、面白おかしく言いふらすのは困るけど、そういうわけじゃないからね」

「ああ、良かったです。どうも、そのあたりの機微を察することが苦手なので……」


 山名さんは、ほっとしたように胸を押さえた。武笠さんは、微妙に気まずそうな表情になっている。


「実は詩乃の話を聞いて、一ノ瀬君にご馳走になったお返しをしていないことを思い出したのよ。だから、これは遠慮しないでお土産にしてくれると嬉しいのだけど」

「たこ焼きのお返しなんて気にしなくていいのに。委員長って律儀なんだね。なら、ありがたく頂いちゃおうかな」

「うん、受け取ってくれると嬉しいな。クラスの仕事も手伝ってもらったし」


 変に遠慮するとかえって悪い気がしたので、素直に受け取ることにした。本音を言うと、もう1つぐらい食べたいと思っていたのだ。

 なんだか照れくさい気分になって困っていると、山名さんが何かを思いついたかのような声を出した。


「一ノ瀬君、茶葉は要りませんか? わたしからお渡しできる物は、これぐらいしかないのですが、どうでしょう?」

「気を使わなくていいのに……でも、せっかくだから貰っちゃおうかな。ありがとう」

「ふふ、どうぞどうぞ。多くの人にお茶の魅力を味わって欲しいですからねえ」


 そう言うと、山名さんは上機嫌な様子で密閉できるタイプのビニール袋を用意し始めた。結局、お土産として栗柿と新鮮な茶葉をもらうことになった。



 3人で後片付けをして外に出ると、剣道部が練習する掛け声が聞こえてきた。ここが学校の敷地内であることを思い出して、なんだか愉快な気分になる。


「委員長に山名さん、今日はありがとう。楽しかったよ。学校内でお茶を飲むって、秘密の会みたいで面白い感じだね」

「そうね、ちょっとした非日常感があるかな。詩乃、今日は急にお願いして悪かったわね」

「ふふ、気にしないで下さい。わたしも、とても楽しい時間を過ごせましたから。クラスの皆さんと、こうして交流するのも良いですねえ」


 俺たちは、ゆっくりと歩きながら部室の建物をあとにする。途中、遠くのグラウンドからバットがボールをとらえる音が聞こえてきたのだった。




 夕食後、妹とのお茶会の時間がやってきた。

 瞭子と夕食の後片付けをしたあと、茶菓子とお茶の準備を始める。


「今日は、近所のおばさんが旅行で買ってきてくれた、おまんじゅうにしましょう」

「いいね。観光地のまんじゅうって何故か食べたくなるんだよなあ。お茶はどうしようか……あっ」


 ここで俺は、学校でのお茶会でもらったきたお土産のことを思い出す。


「兄さん、どうしたの?」

「お茶、というか茶葉ならあるよ。茶道部の友達にもらってきたんだ。珍しいお菓子もあって……俺は食べたから、瞭子にあげるよ」


 武笠さんにもらった栗柿は1つである。ちょっと名残惜しい気もしたが、お嬢様を気取る妹にたべさせてあげても良いだろう。高級そうな菓子だし、自分だけ食べるのは気が引ける。


「茶葉をもらってきたの? 兄さんの交友関係ってよくわからないわね」

「品質は問題ないぞ。学校の敷地内でこっそり栽培した物とかじゃないからな」

「もう、冗談だと分かっているけど、不安になるようなことを言わないでよ」


 瞭子はあきれたように言うと、茶葉が入ったビニール袋を手に取った。ため息をつきながら袋を開けたが、そこで動きがピタリと止まる。


「……これは」

「違うぞ、園芸部が密栽培したものじゃないからな。淹れてもらったお茶を飲んだけど、美味しかったぞ」

「そうじゃないわよ。この新鮮な香りは、普通のお茶じゃない。新茶のシーズンは終わっているはずなのに」

「なんだっけ、大和茶を取り寄せたとか言ってたかな。奈良県産だね」

「そういうこと……」


 よくわからないが、瞭子は納得した様子だ。茶葉をしげしげと見つめている。

 

「兄さん、新茶の季節は一般的には4月から5月なのよ。だけど、大和茶は6月ぐらいが旬だったと思うの。奈良の冷涼な高地で育てるから、成長に時間がかかるのよ」

「ふうん、そうなんだ」

「反応が薄いようだけど、わざわざ今の時期に合わせて大和茶を用意したとすると……できるわね。もしかして、兄さんのためだとすると……」

「違うぞ、チャンスでもなんでもないぞ」


 妹がよくわからない方向へ話を持っていこうとしているのを感じたので、俺はすかさず阻止する。


「クラス委員の仕事を手伝ったお礼にって、たまたま参加させてもらっただけだからな。もともとは、女の子同士のお茶会用らしいぞ」

「なんだ、つまらな……コホン、まあ、とても良いお茶なのは間違いないから、私が淹れるわね」

「ああ、俺が雑に淹れるよりは良いと思う。この菓子と一緒に味わってくれ」

「ええ、私がちゃんと味わって……あら、このお菓子は」


 再び動きを止めた瞭子は、急にスマホを取り出した。菓子のパッケージを見ながら、何かを検索しているようだ。


「どうしたんだよ。それは、栗柿っていう珍しいお菓子だぞ」

「それは知ってるわよ。兄さん、これを見て」


 瞭子がこちらに向けたスマホには、どこかのオンラインショップが表示されていた。


「おいおい、いただき物の値段を調べるのはどうかと思うぞ。ふーん、4つ入りでこの値段か」

「違うわよ、1つでこの値段よ」

「な、なんだと。……本当だ。こ、こんな値段なんだ」

「国産の柿を干し柿にして、中に栗きんとんを入れて加工までしているんだから安いわけないでしょ。兄さん、茶葉といい、こんなに高価なものをもらってきたって、どういう経緯なの?」


 なぜかお茶会そっちのけで、俺は妹に今日の出来事を詳しく話すことになってしまった。俺は、おばさんにもらったおまんじゅうを早く食べたいというのに。

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