第30話 お返しに悩む兄妹
夕食を食べたあとはゆっくりとしたかったのだが、何故か瞭子と一緒に、霧島さや香へのお返しを考えることになってしまった。片付けられたテーブルの上に、妹がタブレット端末を持ってやってくる。
昔、瞭子はタブレット端末について、ノートパソコンやスマートフォンと比べると、性能も携帯性も中途半端だと主張していた。俺はそういうものか、と軽く考えていたのだが、妹は何度も同じ主張を繰り返す。そこで、もしかしたらタブレット端末が欲しいのかなと思って、リサイクルショップでジャンク品を購入したのだ。ヒビの入った液晶部分にシールを張って誤魔化したり、本体に子供の落書きがあったりして見た目は悲惨だが、一応動作はするし値段はとてもお買い得であった。
ボロボロのタブレット端末だから、瞭子は要らないと言うだろう。
だから、俺がゲーム用に使おうと思っていたのだが、我が妹は予想外に喜んでしまったのである。そうして、スマホより大画面でゲームをプレイするという俺の密かな野望は絶たれ、タブレット端末は妹専用になってしまった。まあ、俺はシスコンではないが、妹が笑顔になるなら多少の我慢はするのが兄というものだろう。
ぼんやりと過去を思い出していると、瞭子がオンラインショップで使えるギフトカードを机に置いた。
「せっかくだから、前にご近所さんに貰ったこれを使いましょう。スマートフォンの設定を手伝ったお礼にって貰った物だから、お返しに使うにはちょうどいいでしょ。たまたまギフトカードがあったからって言えば、受け取る方も気楽だろうし」
「そうだな、有効活用させてもらおうか。あっ、結構な額だからご近所さんにも何か買って返しておこうよ」
「そうね。お世話になっているし……何がいいかしら、やっぱり食べ物が無難かな」
瞭子はぶつぶつとつぶやきながら、タブレット端末に指をすべらせる。俺もスマホを取り出して、検索サイトを開いた。
「どうするからな。ふむ、まずは……『お返し』『おすすめ』で調べてみるか」
「兄さんっ」
鋭い声が聞こえたので顔をあげると、瞭子が厳しい視線を俺に向けていた。
「いきなり、どうしたんだよ?」
「兄さん、まさかとは思うけれど『お返し』『おすすめ』で一番上位に表示されたものを安易に選ぼうとはしてないよね」
「いや、参考にしようとは思ったけど」
「兄さん、想像してみて。……クラスの女の子が、お茶のお礼にお返しを貰う場面よ。女の子が、何だろうって期待しながら受け取ったら、無難だけど平凡でありきたりの品だったときの気持ちを考えてみて」
一体何を言っているんだ、と思ったが我が妹は真顔でこちらを見ている。適当な事を言ったら、怒り出しそうな勢いだ。
「うーん……失望したとかまでは思わないだろうけど、こんなものかなって感じかな」
「そうよ、兄さん。この程度のありきたりな男子って思われるかもしれないのよ。つまらない男と思われてもいいの?」
「考えが飛躍していると思うんだけど。むう」
霧島さんは礼儀正しい人だから、瞭子が考えているような反応はしないだろう。しかし、だからといって適当に選んだ物をお返しにするのはいかがなものだろうか。雰囲気の良いお店で、美味しい物をご馳走になったのだから、こちらも努力ぐらいはすべきだろう。
それに、つまらない男というワードが気に障る。別に格好をつけようとは思わないが、霧島さんや妹につまらない男と思われたくはない。
「変に背伸びをしようとは思わないけれど、いい体験をさせてもらったからな。できるだけのことはやってみるさ」
「そうそう、私たち庶民は創意工夫でカバーしなくちゃ。……私は莉世へのお返しを探すけれど、兄さんも良いものが見つかったら教えてね」
「それは、自分で探すべきだろう」
「貰ったメロンは、数日後に食べ頃になるらしいわよ」
「くっ、なんて卑怯な。まあ、メロンのためじゃないけど、がんばってみるか」
俺たち2人は、それぞれのお返しを選ぶために頭を悩ませるのであった。
ネットワークの力というのは偉大である。適当なワードで検索するだけで、お返しの品の候補がいくつも見つかった。しかし、なかなか決め手がない。値段の問題であるとか、相手の好みに合わないような気がするとか、気づかないうちに自分の欲しい物を選んでいるとか、これという物が見つからないのである。
瞭子が紅茶を淹れてくれたので、休憩することにした。紅茶を口にすると、放課後の喫茶店を思い出す。中庭があって、雨に濡れた
「ふむ、紫陽花か……」
何かないだろうか。そういえば、園芸部の畠山君が「紫陽花の葉には毒があるから食べたらダメだよ」って言っていたから、食べ物とは結びつかないな。いや、紫陽花そのものでなければ良いのかもしれない。いくつかのキーワードを組み合わせて検索してみる。
「これなら、いけるかな」
「何なの? 見せてよ、兄さん。……ふむふむ、『チョコレートで形作る花と感謝』かあ。へえ、チョコレートで花を作っているのね」
「うん、見事な出来だから見ても食べても楽しめそうだろ。この紫陽花の花びらをかたどったチョコなら、派手すぎずセンスがあるような気がするんだ。きれいに色もついているし」
「そうね、いいの見つけたじゃない。自分用にも欲しいぐらいね。ええと、値段は……」
瞭子は、無言でタブレット端末を顔から遠ざけた。妹よ、そんなことをしても意味はないし、お嬢様的じゃないぞ。
「大きな箱に入ったギフトセットは高いけれど、個人用の贈答品ならそこそこの値段だぞ。小さくてお洒落な箱に入っているから、ちょっとしたお返しにはピッタリだと思う」
「ああ、個人用のセットがあったのね。どれどれ、バラの花のチョコもあるのね。せっかくだから、青いバラを選んで莉世にあげようかな」
「青いバラって、存在しないのだっけ? どこかの会社が挑戦してた気がするけれど」
「成功したそうよ。花言葉も『不可能』から『奇跡』とか『夢』に変わったとか。花言葉って誰が決めているのか知らないけれど、ロマンティックね。よし、これにしましょう。多分、本物の青いバラよりはチョコの方が安いはずだし」
お嬢様らしからぬセリフを言った瞭子は、これに決めたようだ。チョコで作ったバラの花は、素晴らしい造形で思わず見入ってしまいそうである。こっちでも、いいかもしれない。しかし、同じクラスの女子に渡すには大袈裟というか、気取りすぎではないかと思う。紫陽花の花びらのチョコの方が、季節に合っていて風流な感じがするから、俺はこちらにしておこう。
俺が考えている間に、瞭子はテキパキとタブレット端末を操作している。
「ご近所さんへは、この抹茶を使ったリーフチョコにしましょう。あとは、私と兄さんが買う分と送料で……なんとか予算内に収まりそうね」
「ところで、大丈夫だよな?」
「うん? ちゃんと消費税も込みで計算しているわよ。贈答用の包装も値段に含まれているし」
「そっか、ならいいんだ」
俺は、瞭子が選んだバラのチョコが気になったのだ。女子校で、お姉さまと慕ってくる子に渡したら何か誤解が生じないだろうか。いや、これはきっと考えすぎだろう。瞭子に言ったら「兄さんは心が汚れている」とか言われそうなので黙っておいた。
お返しの選定には時間がかかってしまったが、商品が届くのが楽しみである。
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