第28話 思わぬ再会

 あんみつを食べ終えた俺たちは帰ることにした。

 代金は以前にやりとりした通りに霧島さや香が払ってくれたのだが、なかなかの額のようである。今度、何かお礼をしておいた方が良いだろう。待っている間、店の中を見回しているとお持ち帰り用のあんみつがカップに入って売られているのに気づいた。


「これを1つもらおうかな」


 せっかくだから瞭子にお土産として買って帰ってやろうか。兄だけおいしいものを食べるというのは気がひけるし、この間のお見舞いにちょうどいいだろう。


「では、一緒に会計しましょうか。お家で楽しむのもいいですわね」

「いやいや、そこまでお世話になるわけにはいかないから」


 霧島さんはお土産までおごってくれようとしたが、失礼にならないように遠慮しておく。さすがに妹へのお土産をクラスメートの女子に払ってもらうわけにはいかない。結構な値段だが、たまにはいいだろう。


 支払いを済ませて商品の袋を受け取ったところで、入り口の扉が開いて制服姿の女の子が数人入ってきた。見慣れない制服かと思ったが、瞭子と同じ八重藤学院の夏服である。一瞬ぎくりとしたが、妹の姿は無い。だが、女の子に1人に見覚えがあるような気がする。きれいに切りそろえられた前髪に、いかにも大和撫子といった容姿が印象的だ。

 

「あら、白河さん。奇遇ですわね」


 霧島さんが、以前に八重藤学院で出会った白河菫しらかわすみれに声をかけた。どうやら、知り合いのようだ。そういえば、白河さんはうちの高校に知り合いが居ると言っていたが、霧島さんのことだったのだろうか。


「ええ、久しぶりですね、霧島さん。今日はご友人といらしたのですか……えっ?」


 白河さんはここで俺に気づいたようだが、何故かひどく驚いたようだった。


「こんにちは、白河さん。思わぬところで会ったね」

「は、はい、明さ……一ノ瀬さん。お元気そうで何よりです」


 白河さんは、俺を名前で呼ぼうとして名字で言い直した。彼女は八重藤学院の応接室であったときには落ち着いた物腰だったように思うが、今は落ち着かない様子で視線をさまよわせている。

 霧島さんは、俺と白河さんを交互に見て首をかしげた。


「一ノ瀬君は、白河さんとお知り合いだったのですか?」

「ええと、知り合いというか……家族の関係で八重藤学院に行くことがあって、そこで少し話をしたぐらいかな」

「ああ、そういうことでしたか」


 瞭子が体育の時間に頭を打ったから迎えに行ったのだが、妹にとっては不名誉な話だろうからぼかした表現にしておく。幸いなことに、霧島さんはそれで納得してくれたようだった。


「ところで、霧島さんは一ノ瀬さんとは……その、どういうご関係なのでしょうか? あの、詮索するわけではないのですが」


 白河さんが、おずおずとした様子で質問してきた。奥ゆかしい性格なのだろう。それに対して、霧島さんは腰に手を当てて得意げな表情になった。


「あらあら、うふふ。白河さんともあろうお方が、そのようなことを気になさるなんて。ふふ、意外ですわね」

「……繰り返しになりますが、詮索するつもりはありません。たまたま、お知り合いの方と出会ったので少し気になっただけですから」


 何故だか勝ち誇ったかのように話す霧島さんに、白河さんは少しムッとしたようだった。しかし、さすがはお嬢様だけあってすぐに冷静さを取り戻す。なんだろう、この2人のやりとりは。俺としては霧島さんにお茶をおごってもらっただけなのだが、自分から言うのも格好悪い気がしたので黙っておく。


「そうですか、少し気になりますか。ふふ……隠すことではないので教えて差し上げますわ」

「霧島さん、ずいぶんともったいをつけるのですね」

「あら、そのようにお感じになりましたか。……実はですね、わたくしと一ノ瀬君は同じクラスなのですわ」

「えっ? 同じクラス……」


 白河さんは、意外そうな表情で俺と霧島さんを見る。別に驚くようなことではないと思うのだが。


「ふふふ、わたくしたちの通う城本高校は共学ですから何もおかしなところはありませんわ。白河さんは、ずっと女子校でしたか」

「霧島さんの仰る通り、昔から女子校に通っていますから共学の経験はありません。しかしながら、そこに引け目を感じたり共学が羨ましいなどと思ったりしたことは無いですね」

「わたくしだって、自慢したつもりはありませんわ。今日は同じクラスの学友である一ノ瀬君と交友を深めていただけです。ごく自然のことですし、一ノ瀬君には以前にご馳走になりましたから、その御礼でもありますわ。珍しい趣向を凝らしたお店で、とても新鮮でしたわ」

「いや、大した店ではないんだけど。まあ、珍しいとは言えるけれど」


 誤解が生じそうだったので、思わず口を挟んでしまった。しかし、大した店ではないなんて言ったら、店のお婆さんが怒りそうな気がしたので詳しい説明はせずに黙っておく。実際のところ、1皿100円のたこ焼きをおごったに過ぎないのだが、白河さんは驚きの表情を浮かべた。


「そ、そうですか。……コホン、友人を待たせてはいけないので、そろそろ」


 白河さんは、歯切れの悪い様子で他の女の子たちの方を向いた。女の子たちは、さすがはお嬢様学校の生徒だけあって、おとなしく成り行きを眺めていたようだ。さすがに、多少は興味を示している感じだが。


「ふふっ、わたくしの方こそ他愛のない話題で引き止めてしましましたわね。では、ごきげんよう」

「あっ、ええと、よろしくね」


 俺は慌てて挨拶をすると、白河さんたちと別れて店を出たのだった。


 

 お店を出た霧島さんは、なぜだか上機嫌だった。うちの妹といい、なぜに白河さんと張り合おうとするのだろうか。生粋のお嬢様と、そうでないお嬢様同士の対立なのかもしれない。

 しかし、いかにも大和撫子風の白河さんに、派手な顔立ちの霧島さんが勝ち誇った態度を取ると、正統派ヒロインに嫌がらせをする悪役お嬢様のような構図になっていたような気がする。もちろん、口には出さなかったが。意外に、そういう振る舞いが似合っていて魅力的に感じたが……やはり、口に出すのはやめておいた。


「村井さんに連絡しておきましたから、まもなく迎えに来てもらえると思いますわ」

「ありがとう。ご馳走になった上に、車に乗せてもらえるなんて」

「いえいえ、遠慮は不要ですわ」


 にこにこした良い表情で霧島さんが言った。ふと、彼女は明るくなりつつある空を見上げる。


「わざわざお話する事ではないのかもしれませんが、運転手をしていただいている村井さんは製作所時代の社員なのです」

「そうなんだ。ずっと運転手をしてくれていたわけじゃないんだね。あっ、会社が急に大きくなったんだっけ」

「ええ、村井さんは会社に大きな貢献があった方なのですが、お身体を悪くしてしまったのです。現場に立つことが難しくなったので、運転手をしていただいているのですわ。申し訳ない気もするのですけれど、ご本人が望まれたので」

「霧島さんて、運転手さんに丁寧な対応をするんだなって思ってたけど、そういう事情だったんだね」


 学校への送り迎えの際、運転手の村井さんに深々と頭を下げる霧島さんを何度か見たことがある。育ちの良さとか人の良さもあるのだろうが、そんな理由があったのだ。お嬢様っぽく振る舞う彼女だが、こういう謙虚な部分を持ち合わせているのが良い所である。


 その後、家まで送ると力説する霧島さんを説得して、家の近くの広場で妥協してもらった。雨もやんでいたし、近所の人や瞭子に見られるとちょっと困ったことになりそうだったからである。

 運転手の村井さんは、俺と霧島さんとのやりとりを見て穏やかな笑みを浮かべていた。

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