第23話 妹、お嬢様学校について語る

 俺は瞭子と、高級住宅街の坂をゆっくりと下っていた。丘の上から夕方の街を眺めていると、俺の通う城本高校を見つけた。城跡に建てられた学校だけあって、遠くからでも堀と石垣がよく目立つ。こうして見ると、防御力が高そうである。平和な現代では、意味はないが。


「さすがに眺めが良いな。ここって、昔は貴族が住んでたのだっけ?」

「ええ、さっきの八重藤学院も貴族の邸宅跡に建てたもので、庭とか周囲を囲む木々は昔からあったものを活用しているそうよ」

「ふーん、色んな意味で由緒正しい学院なんだな。でも、こうやって街を見下ろしていると、ここのお城を作った方が良さそうなものだけど。武士より貴族の方が、格が上とかだったのかな」


 隣を歩く瞭子は、遠くの城本高校の方へ目を向けた。


「格の問題ではなくて、行政とか政治の機能を重視したんじゃないかしら。合戦なら高所に城を構えた方が有利かもしれないけれど、平時に使うのは不便でしょう。家臣を城周辺に住まわせたり、城下町の発展を考えて、平地に城を築くことにしたんじゃないかな」

「ああ、そういうことか。現代だと、市役所が山の上にあっても困るもんな。自衛隊の基地とか駐屯地なら、守りが固い立地がいいんだろうけど」

「ふふ、変な例え。でも、だいたい合ってるのかも。実用性を重んじる武士は平地に城を作り、雅とか風流を追求する貴族は、丘の上に住んだわけね。車のない昔は不便だったのかもしれないけれど、貴族のみなさんは軽々しく庶民が近寄らない方が都合が良かったのかもしれないわね」 


 瞭子は澄ました顔で言ったが、言葉に若干のトゲがあるような気がした。俺は応接室でのやりとりを思い返してみる。


「そうだ、十条さんだ。あの子、どうして瞭子のことを『お姉さま』って呼んでたんだ? あのときは黙ってたけど、ずっと気になってたんだよ」

「ああ、莉世のことか。兄さん、変な想像はしないでね」

「変な想像って?」

「……わざわざ、そういうことを聞くと女の子に嫌われるわよ」


 女の子に嫌われるか。だが、妹に嫌われるのは……困るからやめておこう。俺はシスコンではないが、兄妹の関係は良好に保っておきたい。


「何か深い事情があるのかな。瞭子が、十条さんのお姉さんに似ているとか?」

「そうじゃなくてね、あの子は前に全寮制の女子校に通っていたのよ。そこでは、シスター制度? だったかな。下級生と上級生がペアになって、学校生活のことを教えてもらったりサポートしてもらったりする制度があったそうなのよ」

「へえ、全寮制の学校だったら、入学したばかりの1年生に上級生が助けてくれるって、ありがたい制度だなあ。わからないことだらけだろうし、親元から離れて不安もあるし。……ああ、擬似的な姉妹ってことでシスター制度か」

「そういうこと。私が莉世に強要しているわけじゃないからね」


 強要? 俺は、瞭子が十条さんに「私をお姉さまと呼びなさい」と言っている場面を思い浮かべかけて、慌ててそれを打ち消した。顔には出なかったはずだ。


「わ、わかっているさ」

「莉世が学院に不慣れな頃に色々と手助けしてあげたら、なんだか慕われちゃってね。私と同じ高校入学組って、ことで一緒に居ること多かったっていうのもあるかも。そしたら、いつの間にか同級生なのに、お姉さまって呼ばれてたのよね。……ちなみに、あのすみれは内部進学組よ」

「菫? ああ、白河さんのことか。ところで、内部進学組と高校入学組ってどういうことなんだ?」

「八重藤学院は中高一貫校だから、内部進学している人が多いのよ。生粋のお嬢様ってことね。私のように、試験を受けて高校から入るのは珍しいのよ。莉世の場合は、家の仕事の都合で引っ越してきたからだって言ってたわね」

「ふうん。……まさかと思うけど、内部進学している人と、高校から入った人の間で対立があるとかじゃないだろうな。派閥争い的な」

「そういうのではないから。あくまでお嬢様学院だから、そういう無粋なことはしないのよ」


 瞭子の答えに、ほっと胸を撫で下ろす。うちは普通の家で、せっかく苦労して入学したのだから、学校生活は楽しんでほしいのだ。


「ただ、暗黙の了解というか、独特の慣習があるのよね。衣替えにしてもね、移行期間があるんだけど、すぐに夏服にするのはよろしくないっていう謎の風潮があるの。あと、学院内で八重藤の花がきれいに咲くからお花見をするんだけど、一番良い場所は上級生かつ生徒会や部活で活躍している人が優先して使えるとかね。とにかく、学院の規則に載ってないようなローカルルールが沢山あるから、私みたいに高校から入学した人は困るのよ。内部進学組は、知ってて当然みたいな顔をするし」

「ふうん、平安時代にそんな話があったような気がするなあ。京都にやってきた関東の武士が、都の風習がわからずに困ったとか、貴族に田舎者扱いされて立腹したみたいな」


 うろ覚えの日本史の知識を口にすると、瞭子はおかしそうに笑った。


「そんな感じかもね。もっとも、私は武士どころか、ただの平民だから堂々と聞いちゃうけど。無知で悪いんだけど教えてねーって感じで」

「開き直ってるんだな。だけど、うちは普通の家だし、無理に背伸びしてもダメだよなあ。根っからのお嬢様に、同じ土俵で勝負しても勝てない気がする」

「そうそう。こういうときは普通の家ってことを最大限に利用するわけよ。でも、高校入学組のお嬢様たちは、そんな風にはできないから、いつの間にか私が代表して聞くみたいになったのよね」

「なるほど、頼りにされてるんだな」

「どうかな、うまく使われているだけかもしれないけれど」


 そう言いながらも、瞭子はまんざらでもない様子である。俺としても妹が学校で活躍しているというのは、シスコンではないが嬉しいものだ。


「そんなわけで、わからない事があったら内部進学組の菫によく聞いてたのよ。そのせいか、妙につっかかってくるというか意識してくるから困るのよね」

「そうなの? 実は瞭子の方が意識しているんじゃないのか」


 俺は学院でのやりとりを思い返しながら言ったが、瞭子は明らかにムッとしたようだった。


「絶対に違うからね。菫はね、内部進学組の中で一目置かれる存在だったから、高校入学組で目立つ私が気になって仕方がないのよ。だいたい、この間のお花見のお弁当だって些細なことにケチをつけてくるし」

「それって、藤の花を見るのに豪華なお弁当を瞭子が作った時だっけ。確か、そぼろご飯と鶏肉のトマト煮を作ったら、鶏肉がかぶっているって言われた話?」


 あれは5月の事だったか。瞭子は俺の分も作ってくれたのだが、豪華すぎて同級生に不思議がられたのだっけ。


「そう、それよ。しかもね、菫は嫌がらせのつもりで言っているわけじゃなくて、単純に疑問を口にしただけなのが腹が立つのよね。お嬢様育ちだから、庶民の苦労も知らないで」

「いや、それは瞭子が意識しすぎてるだけだろ。向こうだって、俺たちの家庭事情とか知らないんだろ」

「ふん、兄さんは菫の肩を持つわけ? 応接室では大人しくしてたけれど、だまされちゃ駄目よ」

「だまされるって、何の話なんだよ。いかにも大和撫子って感じの良い人だったじゃないか」

「……もう」


 瞭子は不満そうに唇を結んで歩き続けた。だが、不意に頬を緩める。


「でも、今日の菫の様子はなかなか見ものだったわ。兄さんの姿を見たときから、急にしおらしくなっちゃって。……ふふ」

「どういうこと?」

「……さあね。菫はずっと女子校で過ごしてきたらしいから、男子は苦手なのかもしれないわね。学院での兄さん、なかなかいい感じだったし。案外、だまされたのは菫の方だったのかもね」

「そうかなあ。それらしい態度で振る舞ったつもりだけど、大変だったな。八重藤学院は良い所だってわかったけれど、俺はもっと気楽なところが合ってるよ」

「私は、もったいないって思うけれど。人間は、多少は無理をした方が成長できるものよ」


 どう答えるか考えていると、我が家に続く小道が見えてきた。俺たちは高級住宅街の立派な道から、林の方へ抜ける細い道へと向かう。

 下りのせいか、思ったよりも早く家に帰りつくことができた。俺は精神的に疲れた1日だったが、瞭子はいつもよりご機嫌に見えたのだった。

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