第19話 同級生3人と過ごす放課後2

 放課後、俺はクラスの女の子たちとたこ焼きを楽しんでいた。隣に座る桜川亜衣さくらがわあいは、熱々のたこ焼きをひょいひょいと口に運んでいる。たこ焼き初挑戦の霧島さや香は、恐る恐る慎重に食べているようだ。そして、委員長の武笠優利むかさゆうりはというと。


「あれ、委員長、食べてないの?」


 武笠さんが膝の上に置いているお皿を見たが、たこ焼きは1つも減っていない。普通に会話していたから、食べていると思ったのだが。


「もしかして、委員長ってたこ焼きが苦手だったの? 別のものにした方が良かったかな」

「そうじゃないの。ずいぶんと熱いみたいだから、もう少し冷めてから食べようと思って」

「ああ、そういうことか。熱々のスリルもいいけど、落ち着いて味わうのも良いよね」


 さきほどは、霧島さんが熱々のたこ焼きを食べて大変なことになりそうだったのだ。武笠さんは、その様子をみて冷めるまで待つことにしたのだろうか。熱くても食欲を優先する俺とは違って、慎重な委員長らしいと言える。感心していると、隣の桜川さんが俺の肩をツンツンとつついてきた。


「優利はねえ、すごい猫舌なんだよ。春にみんなで缶のミルクティーを買ったことがあるんだけど、優利だけずっと手に持ったままだったんだ。不思議に思ったんだけど、だいぶぬるくなってから飲んでたのをあたしは見てたんだよ」

「ちょっと、亜衣。そんなことをわざわざ言わなくてもいいでしょ。わたしは熱すぎるものが苦手なだけよ」

「へえ、意外だね。委員長はクールな印象が強いけど、思わぬ弱点があったんだ。なんだか可愛いね」


 落ち着いて待っている様子だったのに、実際は熱くて食べられないから我慢していたとわかると、なんだか微笑ましい。武笠さんは何か言うとしたようだが、恥ずかしそうに目をふせた。いつも堂々としている彼女にしては、珍しい反応である。


「恥ずかしがることはありませんわよ、委員長。この熱さには、わたくしですら不覚を取りそうになりましたから。十分に冷めてから食べても、何ら恥ずかしいことはありません」


 霧島さんが、力強い口調で謎のアドバイスをする。たこ焼きとは、そんなに気合を入れて挑む食べ物ではないだろう。


「ふふー、クールな優利はホットな食べ物に弱いんだよねー」

「えっ? 桜川さん、どういうことなの」


 桜川さんが調子良く言った言葉に、疑問が口をついて出てしまった。霧島さんや武笠さんも、首をかしげている。


「わわ、みんなどうして黙るの? これはクールとホットをかけた……あうう、つまり……」


 不意に、空き地の砂利を踏む音が聞こえてきた。

 話を中断して視線を向けると、中学生ぐらいの男の子が自転車を停めてやってくるところだった。どうやら昨日の少年のようで、彼は慣れた様子でたこ焼きを注文しに行く。

 戻ってきた少年は、俺たちの正面のベンチに座ったが、そこでこちらに気づいたようだ。


「ねえねえ、君は部活帰りなのかな?」


 桜川さんは、さきほど不発に終わったジョークを誤魔化すかのように少年に声をかけた。


「ぼ、僕は野球部で……練習帰りに寄っているんです」


 にこにこと笑顔で質問する桜川さんに、彼は顔を赤らめながら答える。真面目で純情なスポーツ少年という雰囲気である。


「そっかあ、部活がんばっているんだね。あたしたちは、こっちの彼にたこ焼きをおごってもらってるんだよ」

「そ、そうなんですか」


 ちらりとこちら見た少年は、ここで俺が昨日も来ていたことに気づいたらしい。彼は驚いたように目を見開く。反応に困った俺は適当にうなずいておいたが、彼はなぜか尊敬するような眼差しをこちらに向けた。絶対に何かを勘違いしていると思う。

 だが、クールな美人の武笠さんに、黙っていれば近寄りがたいお嬢様風の霧島さん、フレンドリーで可愛らしい桜川さんとなかなかハイレベルな組み合わせである。深く考えずに彼女たちを誘ったのだが、運が良かったのかもしれない。

 しばらくして、窓が開く音が聞こえてきたので少年は自分のたこ焼きを取りに行った。


「そろそろ良い具合に冷めたかしら」


 武笠さんは、用心深い手付きで楊枝を手に取った。彼女はたこ焼きを口元まで持っていき、ふぅふぅと息をかけて冷ましている。


「委員長が小さな子供みたいに食べてるのって、なんだか可愛いね」

「もう、自分でも困っているのよ。中学生の前で、こんな姿は見せられないし」


 少年が離れているのを確認した武笠さんは、恐る恐るたこ焼きを口に入れた。


「……あむっ、んっ、このぐらいなら。はふっ……ふう、久しぶりに食べたけれど、美味しいわね」

「良かった。でも、委員長が熱いのが苦手なら、別の物にしたほうが良かったかな」

「いえ、自分で選ぶとなかなか食べないから良い機会になったわ。嫌いではないのだけど、熱すぎるのが困るのよ。世の中の人って、舌が頑丈すぎるんじゃないかしら」

「委員長、わたくしの舌は繊細ですわよ。風雅な味わいだって、きちんと感じ取れますわ」


 武笠さんの発言に、霧島さんが謎の主張をする。確かに彼女の舌は肥えていそうだが、たこ焼きを食べながら言われても説得力は無い。


「でもさあ、優利の家系的に熱いものが苦手っていうのは、どうなのかなあ。……はむっ」


 桜川さんは、たこ焼きをぽいっと口に放り込むと、にこりを笑った。それを見た武笠さんは、恨めしそうな顔になる。


「家系的にってどういうこと? 委員長の家が、代々続くフードファイターってわけじゃないよね」

「一ノ瀬君、大食いの人がテレビに出たりするのって最近でしょ。伝統あるフードファイターって聞いたことないよ。優利の家はねえ、お侍さんの家系なんだって。われらが城本高校の前にあったお城に仕えていたって噂だよ」


 そう言って桜川さんは、楊枝をヒュンヒュンと振り回した。刀のつもりだろうか。


「武笠さんって、珍しい名字だと思ってたけれどそういうことなんだ。字的にも響き的にも強そうなイメージがあるね」

「ちょっと、みんな勘違いしないでね。武士と言っても、その中でも身分や格式が細かく別れているのよ。わたしのご先祖は、下級武士でお城に仕えていたって言われているだけで、大したことはないの。多分、お殿様にお目見めみえすることはできなかったと思うわ」

「そうなんだ。でも、現代の委員長はお城跡の学校に通って、クラスをまとめているわけだからすごいじゃん。家臣ってわけじゃないけど、1クラス40人ぐらいだから昔基準でも結構すごいんじゃないかな。なんだかロマンを感じるね」


 正直な感想を口にすると、武笠さんはわずかに頬を赤らめた。しかし、彼女がお城に勤務していた武士の末裔だとすると、学校の敷地内でイチゴを密栽培していることを知られるとまずい気がする。園芸部の畠山君や俺の先祖は農民だろうから、時代が時代なら大変なことになりそうだ。

 不自然にならないように武笠さんから目を逸らそうとしていると、霧島さんがポツリと口を開いた。


「ロマンと言えば、あの八重藤学院は貴族の邸宅跡に建てられたそうですわよ。学生の中にも、そういった家系の人たちが居るとか」

「えっ、本当なの霧島さん。なんだか、すごそうだなーってぐらいの印象だったけど、本格的なお嬢様の学校だったんだ」

「有名は話ですわよ。一ノ瀬君は、泰然としているのか物事を深く考えていないのかわかりませんね。あと、うちの学校だって武士の象徴たるお城の跡にありますし、決して負けていませんわ」


 ううむ、我が妹は想像以上にハイレベルなところに通っていたようだ。しかし、当の霧島さんは八重藤学院を目指さなかったのだろうか。ちょっと変わったところもある彼女だが、車で送迎されているぐらいだし成績も悪くないはず。まあ、勝手に想像するようなことはやめておこう。


 俺たちが歓談していると、少年がたこ焼きの皿を持ってベンチに戻ってきた。気のせいか、彼は背筋を伸ばしギクシャクとした動作でたこ焼きを食べているようだった。色々と誤解してしまったと思うが、真っ直ぐに成長してほしいものである。

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