第18話 同級生3人と過ごす放課後1

 俺は自転車に乗って、例の空き地にやってきた。女の子たち3人は、霧島さや香の送迎の車に乗せてもらうことになっている。霧島さんは学校に車で送り迎えしてもらっているから、本当のお嬢様なのだろう。ちょっと変わった子ではあるが、たこ焼きを気に入ってくれるといいのだが。

 そんなことを考えるていると、桜川亜衣さくらがわあいを先頭に武笠優利むかさゆうりと霧島さんがきょろきょろしながらやってきた。


「あっ、居た居た。一ノ瀬君、もう着いてたんだね。もしかして、待ったのかな」

「ちょっと前に到着したばかりだよ、桜川さん。あれ、みんなは霧島さんの家の車できたんだよね?」


 3人とも歩いてきたのだが車が見当たらない。不思議に思っていると、霧島さんがファサッとボリュームのある髪をかき上げた。


「ここは住宅地ですから、交通の邪魔にならないように手前で降ろしてもらったのです。運転手さんには、適切な場所で待機してもらっていますから心配は御無用ですわ」

「おお、しっかり気配りしてるんだね。なんだか、本当のお嬢様みたいだ」

「そうでしょう、そうでしょう。ではなくて、わたくしはお嬢様なので当然です」


 俺たちがいつものやりとりをしている中、武笠さんは空き地の中を見回して首をかしげている。


「ねえ、一ノ瀬君。ここはどう見てもお店だとは思えないのだけど。おごってくれるっていう話だけど……その、金銭的に大丈夫なの?」

「問題ないよ、委員長。堂々と言うのかっこ悪いけど、安いから。注文してくるから、みんなはそこのベンチで待っててよ」


 女の子たちにベンチを勧めてから、俺はお婆さんのところへ向かった。

 例の窓の前に立つと、ガラッと乱暴に開いた。今日のお婆さんも、無愛想にこちらをにらみつけてくる。


「また、あんたかい。そんなに飢えてるのかい、それともあの女の子に愛想をつかされちまったのかね」

「だから、あれは妹です」

「ふん、で? 食べるんだろ?」

「はい、今日は友人たちと来ているので4皿お願いします」

「むっ?」


 お婆さんは鼻を鳴らすと、目を細めてベンチに目をやった。女の子たち3人は何やら歓談しているようだ。ふむ、普段から同じクラスで過ごしているが、こうして見るとなかなか……いや、かなりレベルが高いな。


「あんた……ずいぶんと妹が多いんだね」

「あの、だから今日の3人は妹じゃなくてクラスメートです」

「いやいや、恐れ入ったよ。害のなさそうな顔をして、なかなかのやり手だ」

「色々と誤解されているようですが……」

「ふんっ、事情がどうあれ、あたしの仕事は変わらないさ。静かにして待ってな」


 俺が説明する前に、窓がピシャリと閉まる。女の子たちは、不思議そうにこちらを眺めていたが、説明が面倒なのでこの場で待つことにした。



 たこ焼きを受け取ってベンチへと戻ると、桜川さんが小さく手を叩いて喜んでくれた。霧島さんと武笠さんは、興味深そうにたこ焼きの皿を眺めている。さすがに4皿全部は持てなかったので、2皿ずつ持って往復した。


「一ノ瀬君、ほら、ここに座って」


 桜川さんは、自分の隣をポンポンと叩いた。ベンチには女の子3人が座っていて少し窮屈な感じがしたので、別の場所に座ろうと思っていたのだが、断るのも変に思ったので厚意に甘えることにする。他の女の子たちもスペースを詰めてくれたのでちょうど良い感じに座ることができた。


「えへへ、こういうのはみんなで食べるのが楽しいよね。うん、青春って感じ」


 たこ焼きの皿を手にした桜川さんは、大変ご機嫌な様子である。こんなに喜んでもらえると、こちらとしても嬉しい気分になってくる。


「思ったよりも、いえ、ずいぶんと立派なたこ焼きね。一ノ瀬君、おごってもらって本当にいいの? 昼食のことがあるからって気にしなくてもいいのよ」

「大丈夫だよ、委員長。これ、1皿100円だからね。まあ、作っているお婆さんがすごいんだけど」


 俺の話を聞いた武笠さんは、半信半疑といった様子でたこ焼きを見つめている。クラス委員長の彼女は、俺の懐事情を気にしてくれているようだ。ありがたいのだが、複雑でもある。


「ああ、これがたこ焼きですわね。見たことはあります。今まで、食べる機会がなかったわけでもないのですが、結果的に食べるチャンスを逃していましたわ」

「ふうん、珍しい気がするなあ。霧島さんって、確か中学まではバリバリのお嬢様学校に通ってたんだっけ?」

「バリバリの意味がわかりませんけれど、学校帰りに買い食いなどはしたことはなかったですね。校則の厳しいところでもありましたから」


 霧島さんは、過去を懐かしむかのように目を細めた。彼女が良い家のお嬢様であることは間違いないだろうが、どうして今の学校に進学したのだろう。うちの高校もそこそこの名門らしいが、それこそ八重藤学院の方がお嬢様的には似合っているような気がするのだが。


「ねえねえ、話してないで食べようよ。こういうのはアツアツが美味しいんだからさあ」


 そわそわした様子の桜川さんに、俺は考えごとをやめる。人には人の事情があるのだろう。


「じゃあ、みんな遠慮なく食べてね。ささやかだけど、この間の昼食のお礼ってことで。……親の名誉のために言っておくけど、十分な生活費をもらってるからね。節約したり手間を省いたりするから、お弁当が雑になる日もあるってだけだから」

「もう、そんな風に疑ったりはしていないよ。いっただきまーす」


 長話は聞き飽きたとばかりに、桜川さんは楊枝を使ってたこ焼きを1つ口に入れた。


「……っ、あっつ……あむ……はあ、おいしー」

「大丈夫? これ中身はかなり熱々だよ」

「ふう、思ったより熱かった。でも、このアツアツを食べるのが美味しいんだよね」

「そっか、俺も同じかな。どれ……」


 カリッとした食感に濃厚なソースが良くマッチしている。中身も絶妙なトロトロ加減だ。あのお婆さん、愛想は全くないが腕は見事なものである。

 2つ目を口に運ぼうとして、霧島さんが困ったように皿を見つめていることに気づいた。


「どうしたの? もしかして、お嬢様の口には合わないとか」

「そ、そんなことはありません。せっかくご馳走していただいたものを、無下にするようなことはしませんわ。その……お箸は無いのですね。楊枝で1口で食べるのが、作法なのでしょうか?」

「うーん、たこ焼きに作法とかは無いと思うけど」


 桜川さんと武笠さんも、曖昧に首を振った。瞭子も良くわからないって言ってたな。


「まあ、作ってくれた人に感謝して美味しくいただくっていうので良いんじゃないかな。霧島さんには楊枝で刺して、1口でパクっと食べるのは抵抗があるのかもしれないけど……なんていうか、粋な感じがして俺は好きだけど」

「粋な感じですか、そういった雰囲気には憧れますね。では、試してみます」


 霧島さんは、恐る恐るという様子でたこ焼きを口に入れた。途端に、彼女の顔色が真っ赤になる。


「あふっ、熱い……はふ、はふ……あふいっ」

「わわっ、さや香、大丈夫。火傷しそうだったら、ここにティッシュがあるから。あっ、一ノ瀬君はこっちを見るの禁止で」


 素早く立ち上がった桜川さんが、俺の視界をさえぎった。心配だが、ここは女の子同士に任せたほうが良いだろう。

 しばらくして、落ち着いた気配がしたので彼女たちの方を確認してみることにした。


「霧島さん、大丈夫だった?」

「ええ、驚いてしまっただけなので問題はありませんわ。卵焼きのように中身も固まっていると思っていたので」

「ああ、そういうのもあるけどね。ここのたこ焼きは、外側をカリッと焼き上げて中身がとろとろなのが美味しいんだけど。どうだった?」

「初めてだったのでびっくりしましたけれど、美味しかったですわ。少々、エキサイティングな食べ物なのですね。……念のために言っておきますけれど、わたくしは尊厳を失うようなことはしておりませんから」

「えっ?」


 たこ焼きを食べるだけで、どうして人間の尊厳の問題になるというのだろうか。頭の中に疑問符を浮かべていると、武笠さんが言いにくそうに口を開いた。


「亜衣が用意したティッシュは使わずに済んだってことよ。さや香が、意地でも飲み込もうとするから心配だったけれどね」

「委員長、変なことを言わないでください。わたくしは、食べ物を粗末にしたり見苦しい真似は絶対にしませんから」


 霧島さんは、さきほどとは違った意味で顔を赤くしながら胸を張った。お嬢様のプライドというやつだろうか。霧島さん以外のみんなは、顔を見合わせて笑ったのだった。

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