第17話 再びざわつく教室
いつものように登校して教室に入ると、中で人だかりができていた。中心に居るのは寺西君で、何かを力説しているようである。面白いイベントでもあるのかと近づくと、周囲のみんなが一斉に俺を見た。
「うおっ、一ノ瀬。この裏切り者め」
「おはよう、寺西君。登校するなり裏切り者扱いはひどくない? っていうより、裏切りって何なの」
俺が普段どおり挨拶すると、寺西君はひるんだようだった。周囲のクラスメートは、興味深げに俺たちのやりとりを見守っている。その中には、困惑した様子の
「オ、オレは見てしまったんだぞ。一ノ瀬が住宅街の空き地で、この前に教室に来ていた八重藤学院の美少女とイチャイチャしてるのを。この前は、ただの古い知り合いみたいなことを言ってたのに、この裏切り者め」
どうやら寺西君は、瞭子と俺がたこ焼きを食べているのをどこかで目撃していたようだ。
「ああ、なんだそんなことか」
「何っ、その軽い反応は何だ。まさか、お前にとっては八重藤の美少女とイチャイチャするぐらいは大したことじゃないとでも言うのか」
話しているうちに興奮してきたのか、寺西君の口調が激しくなってくる。しかし、彼はどこから見ていたのだろうか。あの時は、全く気が付かなかった。
「見てたんだったら、声をかけてくれたら良かったのに。あそこのたこ焼きをは、安くてうまいんだぜ。昨日だったら、おごってやったのになあ」
「えっ? オレも混ざって良かったのか。いいや、あの親密なオーラはオレが近づくことを拒否していたぞ」
俺の返答が意外だったのか、寺西君が急にトーンダウンする。だが、まだ納得はしていないようだ。
いっその事、瞭子が妹だと話してしまおうかと思ったが、少し考えて思いとどまった。周囲には桜川さんも居るし、少し離れたところでは霧島さや香がさりげなく聞き耳を立てている。彼女たちに、シスコンだと誤解されるのは避けたい。瞭子だって、兄が買ってきた安いたこ焼きにつられて行ったと思われるのは心外だろう。
「親密なオーラって何だよ。だいたい、どこかの中学生の男子が目の前のベンチに居たぞ」
「あれ、そうだっけ。待て、オレはだまされないぞ。だいたい、一ノ瀬は八重藤学院に通うようなお嬢様をどうやって誘ったんだよ。たこ焼きがうまいぐいらいで、お嬢様がついてくるはずがないだろ」
「そうかなあ。変わった店を見つけたって話をしたら、行ってみたいってことになったんだけど。古い知り合いと食べに行くぐらい普通じゃないかな」
「普通なのか……普通なのかなあ。いや、しかし、男女でその……」
寺西君は急に自信が無くなったようだ。周囲からは「それぐらい普通じゃない」とか「古い友だちって居るよね」などという会話が聞こえてくる。よし、何とか誤魔化せそうな感じになってきた。もっとも、余計に妹だと言い出し難い雰囲気になったが。
「でもよう。いくらお嬢様だって、たこ焼きぐらいは食べたことはあるだろ。そんなに珍しい物でもないのに、わざわざ2人で食べにいくのか」
「あんまり食べたことは無い、と言ってたかな。……そうだ、霧島さん」
「ひぃっ」
離れた所に座っている霧島さんに呼びかけると、何やら悲鳴のような声が聞こえた。
「な、なんですの? わたくしは盗み聞きなんて、はしたないことはしていませんわよ。話の内容なんてわかりませんわ」
「あー、それはいいんだけど、たこ焼きって食べたことある?」
「えっ、たこ焼き? た、食べたことは……あ、ありますわ。卵を使った黄色くて丸い料理ですよね。ええと、それをだし汁につけて食べるのでしょう」
「だし汁?」
教室中に困惑の空気が広がった。寺西君も首をかしげている。どうも、お嬢様の彼女は俺たちとは違う物を食べているようだ。
「えっ? みなさん、どうして考え込んでいらっしゃるのですか。過去にお店でいただいたときは、だし汁と一緒に出たはずですが」
「ソースとか青のりは使わないの?」
「いえ、使っていなかったはずです。だし汁につけるわけですから、ソースと混ざってしまいますよ」
今度は霧島さんまでもが首をかしげる。みんなで考え込んでいると、委員長の
「それは明石焼きでしょ。兵庫県の明石市が発祥の料理で、たこ焼きとは別よ」
武笠さんがズバッと言い切った。霧島さんは、我が意を得たりとでも言いたげな表情になる。
「そうです。その名前でした。……あら、蛸が入っていましたけれど、あれはたこ焼きではないのですね」
「ほら、寺西君。話が脱線したけど、たこ焼きを食べたことがない人だって居るじゃないか」
俺が指摘すると、寺西君は何とも言えない表情になった。
「くっ、オレの考え過ぎだってことだったのか。なら、あのとき声をかけていれば、あの美少女とお近づきになれたのに……」
「まあ、そうかもな……」
寺西君は、ため息と共にがくりと肩を落とした。だが、不意に勢い良く顔を上げた。
「待てよ、これを応用すればいいんじゃないか。たこ焼きを食べたことがなさそうなお嬢様を誘えば、オレにもチャンスが……」
「無いだろ」
周囲の男子から、一斉にツッコミが入った。それに対して寺西君は、熱心に反論を始める。女子たちは、霧島さんの周りに集まって明石焼きの話題で盛り上がっていた。どうやら、俺の件はうやむやになったようだ。
ほっと胸をなでおろしていると、予鈴が鳴ったのだった。
放課後、掃除当番の仕事を終えて教室に戻ると、ほとんどの生徒が居なくなっていた。みんな、部活やそれぞれの用事があるのだろう。今日は、どうやって過ごそうか。畠山君の園芸部か、三嶋君の登山部に遊びにいくのも面白いかもしれない。
「ねえねえ、一ノ瀬君、今から帰るの?」
放課後のプランを練っていると、桜川さんが教室に入ってきた。少し遅れて霧島さんも入ってきて、帰り支度を始めている。
「桜川さんも掃除当番だったの?」
「うん、さや香と一緒に体育館裏の落ち葉をたくさん集めてきたんだよ」
「そっか。季節にもよるけど、あそこは広いし大変だよなあ」
「この前、風が強く吹いたから、いっぱい落ちてて本当に大変だったんだからね。何か報酬というか、ご褒美が欲しい気分だよ」
桜川さんは、本気か冗談なのかわからない感じで言った。ふと、彼女は何かを思いついたかのように俺を見つめてくる。何かを訴えているのかもしれないが、彼女の意図が分からない。
「んー、一ノ瀬君さあ。朝に話してたじゃない。あたしたちって、古い知り合いってほどじゃないけれど、1年生の頃からの仲でしょ。だからさあ……」
桜川さんは俺を上目遣いで見つめながら、身体を左右に揺らす。なかなか可愛い仕草である。
「あっ、たこ焼き食べに行く? 安くて美味しいんだよ」
「やった。えへへ、朝に聞いたときから気になってたんだね」
「そうだ、今日は俺がおごるよ。この前、お昼に卵焼きをもらったからね」
「ホント? やったあ、今日の一ノ瀬君はなんだか格好良く見えるよ」
顔をほころばせた桜川さんは、可愛らしくガッツポーズをとった。おごると言っても、100円のたこ焼きなのだが。
「そうだ、霧島さんも誘ってみようか。卵焼きをもらったし、たこ焼きを食べたことがないみたいだからさ」
「ん? うーん……いいんじゃないかな。予定がないなら、一緒に行こっか」
俺たちは、鞄に教科書をつめている霧島さんの机へと向かう。
「霧島さん、これから桜川さんとたこ焼きを食べに行くんだけど、一緒にどう? 朝の様子だと食べたことが無いみたいだし、この前の卵焼きのお礼にごちそうするよ」
「えっ、えっ……わ、わたくしを誘っているわけですわね。よ、予定は……」
軽い気持ちで声をかけたのだが、霧島さんは目に見えて慌てた。どうしたんだろう、彼女は『庶民の食べ物なんて要りませんわ』などというキャラではないはずだが。俺は桜川さんと顔を見合わせる。
「予定があるんなら、無理しなくていいよ。別にたこ焼きに興味がないなら、俺たちに合わせる必要はないんだし」
「いっ、いえ、そういうことではございません」
霧島さんは強く否定すると、立ち上がって腰に手を当てた。口には出さなかったが、ヒロインに嫌味を言う悪役のお嬢様のようなポーズである。
「か、勘違いしないで下さいね。断ると、せっかく誘ってくださった一ノ瀬君の顔を潰すことになってしまいます。ですから、わたくしはあくまで社交儀礼の一環として……」
「さや香、結局のところ行くんだよね?」
しびれを切らしたのか、桜川さんがズバッと切り込む。
「ええと……行きます。ですが、わたくしは軽々しく言っているわけではなく……」
「そうだ、この前のお礼ってことなら委員長も誘おうか。煮込みハンバーグをもらったからね」
「いいんじゃない、今はクラス委員長会議に出ているはずだから、もう少し待ってみようよ」
霧島さんは、なおも何かを口にしていたが、俺と桜川さんでこれからの計画を練るのだった。
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