第13話 様子のおかしい霧島さや香

 昼食時、俺たちは桜川亜衣さくらがわあいが作ってきてくれた卵焼きで盛り上がっていた。

 そんな中、俺は遠くで霧島さや香が何やら怪しげな動きをしているのに気づいてしまったのである。ふと、目があったのだが、彼女は素知らぬふりをしてそっぽを向いた。気になった俺は、横を向いた彼女の顔をじっと凝視しつづける。しばらくして、彼女がちらっとこちらを見たが俺の視線に気づいて慌てたようだ。

 霧島さんは、しばらく挙動不審の状態だったが意を決したように、こっちへやってきた。彼女の手には、小さな包がある。


「み、みなさん。すいぶんとにぎやかなようですが、何かあったのですか?」

「桜川さんが卵焼きを作ってきてくれたから、みんなでいただいてたんだよ。霧島さんはどうしたの? なんだか、こっちを気にしてたみたいだけど」

「た、卵焼き……き、気にはしていませんわ。少々騒がしい気がしたので、様子をうかがっていただけです」


 そう言って霧島さんは、ウェーブのかかった髪をかき上げた。これだけ見るとお嬢様っぽいしぐさなのだが、微妙に腰がひけている気がする。こんな状態だと話が進まない気がしたので、俺は思い切って質問することにした。


「催促するわけじゃないんだけど、手に持っているのは何なの? もしかして、何かくれるのかな。いや、こんなこと言ったらあつかましいか」

「そ、そんな風に言われたら仕方ありませんわね。一ノ瀬君がお弁当を作るのに苦労しているようでしたので、少しでも足しになればと、わたくしが用意してみたのです。ですが、すでに桜川さんが作ってきていたようなので……」

「えっ、食べていいの? 何かな、楽しみだなあ」


 俺は、あえて強引に話を進めた。霧島さんは気取ったお嬢様みたいな言動をするのだが、変なところで気をつかったりするのである。

 霧島さんが「仕方がないですわね」と言わんばかりに、包をほどくと黒い漆塗りの弁当箱が姿を表した。弁当箱というよりも、ミニサイズの重箱といった感じである。それを見た寺西君が、ため息をついた。


「はあ、一ノ瀬ばっかりいいよなあ。オレも、お袋以外に愛情のこもった弁当を作ってもらいたいぜ」

「あっ、愛情? か、勘違いしてもらっては困ります。これは……そ、そう、友愛です。ご両親と離れて暮らしている級友に対する友愛の発露とでも言うべき行為なんです。勘違いはしないでください」

「お、おう。まあ、みんな友達ってことだよな。あのう、オレもいただいてよろしいのでしょうか」


 急に早口になった霧島さんの勢いに押されたのか、寺西君の口調がおかしくなる。


「もちろん、皆様の分も用意してありますわ。粗末なものですが、どうぞ召し上がってくださいな」


 そう言って霧島さんは、きれいな模様の描かれた弁当箱のふたを開けた。俺たちは期待しながら中をのぞきこんだのだが、あたりに微妙な沈黙がただよった。

 弁当箱の中には、少し形が崩れた卵焼きが入っていた。崩れたというか、なんとか形を整えたという感じである。卵焼きの表面も、焦げがあったり白っぽい部分があったりして、上品な弁当箱とギャップがあった。

 何と言えばいいのか、反応に困ってしまう。俺たち男子は互いに様子をうかがっていたが、寺西君が素早く動いた。


「お嬢様の霧島さんが作った卵焼きだ、うまいに決まってる。みんなが遠慮するなら、オレが一番にいただくぜ」


 寺西君は卵焼きを1切れ箸でつまむと、ひょいと口に入れた。得意気な表情の彼だったが、不意に動きが止まる。


「んん? あ、甘いっ、甘すぎる……ちょっ、お茶、お茶はどこだ」


 慌てた手付きで水筒を取った寺西君は、ぐびぐびとお茶を飲んだ。その様子に、霧島さんが目に見えてうろたえる。


「す、すみません。わたくしとしたことが、きっと爺やが……いえ、婆やが味付けを間違ってしまったのでしょう」


 霧島さんが慌てて弁当箱を回収しようとしたので、俺は彼女の手をつかんで阻止した。

 空いた手で箸を使い、卵焼きを口に放り込む。焦げの苦味のあと、砂糖の甘さが一気に押し寄せてくる。


「あ、あのっ、無理に食べないでください」


 霧島さんが訴えてくるが、俺は無視して卵焼きを2つ3つと口に入れた。ふむ、やはり甘い。焦げている部分に苦味を感じるが、香ばしい感じがしないでもない。良い卵を使っているのか、きちんと焼けている部分はわりと美味しい気がする。


「甘い、と思って食べればそれほどでもないかな。おかずというより、スイーツ感覚なら結構いける気がする」

「あの、その……」

「砂糖を入れすぎちゃった感じかな。俺も作り慣れないときは、味がついてるか不安になってついやっちゃったんだよね」

「はい、実はお料理はあまりしたことがないのですわ。……すみません。食べてもらおうと思ったら、なんだか浮かれてしまって」


 霧島さんは、恥ずかしそうに言うと目をふせた。普段の彼女とは違う、しおらしい態度に困惑してしまう。


「僕たちにも食べさせてもらっていいかな」


 畠山君は残った卵焼きを1切れ取ると、箸で切り分けた。分割したものを、三嶋君と桜川さんとで食べるらしい。

 3人が卵焼きを口に入れる様子を、霧島さんは緊張した顔つきで見つめている。


「うん、ちょっと甘すぎるかな。僕は甘めが好きなんだけど、砂糖を入れると焦げやすくなるし加減が難しいね。でも、わりと好きな味だよ」


 畠山君は、ゆっくりと噛みしめたあとに感想を言った。彼は男子にしては、甘いものが好きだったりするのだ。


「スイーツと言われると、そんな感じかも。卵をしっかり混ぜて砂糖を控えめにすれば、きっとおいしくなるよ」


 桜川さんは、何やらしきりにうなずいている。


「……こういう味の和菓子があったような気がするな。まあ、ご飯のおかずには向かないが、単品だと悪くない。どれ、もう1つあるかな」


 三嶋君は、ぼそっと感想を言って弁当箱をのぞきこんだ。だが、俺が一気に食べてしまったので中身は空である。

 お茶を飲んで落ち着いたのか、寺西君がぽりぽりと頭をかきながら口を開いた。


「すまない、霧島さん。ご飯のおかずってイメージがあったんで、びっくりしちまっただけだから。甘すぎるとは思うけど、そんな食べられないわけじゃないから」


 みんなの感想を聞いた霧島さんは、顔を赤くしてキョロキョロしていたが、困ったような顔をして俺を見た。


「あの、そろそろ手を離してくださらないかしら」

「あっ、ごめん」


 霧島さんが、弁当箱を撤収しようとしたのを阻止するためにずっと彼女の手をつかんでいたのだった。俺は、慌てて手の力を緩める。彼女の手は、思っていたよりも細くてやわらかな感触だった。


「わたくしとしたことが、みなさんに気を使わせてしまいましたね。料理の腕前も心構えも未熟だったようです。すみません」

「いや、別に謝るようなことじゃないよ。俺の……いや、俺たちのために作ってきてくれたのは嬉しいし、味も悪くなかったよ。何より、みんなで食べるのって楽しいじゃない」

「そ、そうですか。それなら、良かったのですが」


 霧島さんの表情が少しずつ明るくなってきた。どうやら、持ち直してきたようだ。


「いやー、いいに決まってるじゃん」


 寺西くんが軽い調子で言った。彼も、いつものテンションが戻ってきている。


「だいたいさあ、霧島さんて、お嬢様なんでしょ。オレとか一ノ瀬みたいな下々の民がさあ、そんな人の手料理を食べられるってだけで幸運なんだよ。ちゃんと感謝しろよ、一ノ瀬。どさくさにまぎれて沢山食べやがって」

「えっ、何で俺が名指しされてるんだ。まあ、あらためてお礼を言っとくよ。ありがとう、霧島さん。おいしかったよ」


 しっかり目を見てお礼を言うと、霧島さんは顔を真っ赤にしてしまった。酸欠の金魚のように口をパクパクさせている。


「ふっ、ふふふ。今回の料理はわたくしの腕前が未熟でしたが、次こそは皆様をぎゃふんと……ではなく、良い意味で驚かせてさしあげますわ。ほほほ、ごきげんよう」


 何だかおかしなテンションになった霧島さんは、弁当箱を素早く包み直すと、慌てて自分の席へと戻っていった。

 俺たちは、しばらくあっけにとられていたが、気を取り直して残りの昼休みを楽しむことにしたのだった。

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