第11話 煮込みハンバーグめぐるあれこれ
今は平和な昼休み、のはずが
俺は、3人の方は見ないことにして煮込みハンバーグをゆっくりと味わった。美味しいし、ちょっと照れた表情の武笠さんが可愛らしい。
「ねえねえ? 何か面白いことでもあったの」
俺が、武笠さんのハンバーグで白飯を食べていると
「へえ、優利の手作りかあ。男子的には、そういうの嬉しいわけ?」
「そりゃあ、誰かが作ってくれるっていうのは嬉しいよ。心がこもった料理は、やっぱりいいなって思うなあ」
自分で弁当を作ることもあるだけに、結構な手間がかかっていることはよくわかる。
「そんな大したものじゃないから。この前、一ノ瀬君におかずを分けてもらったから、そのお返しよ。手が込んでいて、すごく美味しかったから」
武笠さんは、タッパーにふたをしながら澄ました様子で答えた。
「優利が、おかずを分けてもらったんだ。あれ? 一ノ瀬君って、ご両親と離れて暮らしてるんだよね。ええと、料理が趣味ってわけでもなかったよねえ。……誰が作ったの?」
「たまたま帰っていたお母さんよね?」
ハンバーグと白飯のコラボを楽しんでいると、武笠さんがこちらを見た。
「……えっ? ああ、そうだよ。母さんが急に帰ってきて、妙に張り切りだしてさあ。ははは……」
しまった、ご飯を食べるのに夢中で、反応が遅れてしまった。あの弁当は瞭子が作ったものだが、母さんが作ったことにしたのだったか。
「むむむ、本当にそうなの?」
何故か桜川さんが、じっとりとした視線を向けてくる。
「こんなことで嘘をついてもしょうがないでしょ。だいたい俺に弁当を作ってくれるのなんて、身内以外にいないよ。だからこそ、委員長に作ってもらえて感激してるんだし」
「ふふ、だから大げさだって」
武笠さんは少し恥ずかしそうにしたが、まんざらでもない様子である。
「むう、一ノ瀬君は女の子に料理を作ってもらったら嬉しいわけ?」
「桜川さん、そりゃあ嬉しいよ。あっ、別に女の子じゃなくてもいいけど」
「ふむ、ふむ」
桜川さんは、何やら考え込んでいるようである。
俺たちが、にぎやかにしているのが気になったのか、霧島さや香がやってきた。
「あらあら、ずいぶんと騒がしいのですわね。まさか、昼食の取り合いではないでしょうね?」
「食料の奪い合いってわけじゃないけど、もっとひどいことになってるかも」
あきれたような表情の霧島さんに、俺は大まかな事情を説明した。彼女は、形の良い眉をひそめる。
「まあ……コホン、言いたいことはありますけれど、胸に納めておきますわ。一ノ瀬君は、あの方々とは違って平然としているようですけれど」
「俺は、まるまる1つもらったからね。自分で適当な弁当はもってきてたけど、おいしいおかずが1品あるだけで全然違うなあ」
「ああ、一ノ瀬君は自分で用意しているのですね。……その、しっかりしていて立派ですわ」
「うん? 別に大したことはしてないよ。晩ごはんの残りとか、冷凍食品を温めたものを入れているだけだから」
俺は普通に答えたのだが、何故か霧島さんは感心したようである。彼女の場合は、お家の人が手の込んだものを用意してくれているのだろうか。ふと、瞭子がお弁当で張り合ったという話を思い出す。霧島さんの家はお金持ちっぽいから、弁当も豪華だろうか。
「……よし、これで文句はないな。食べるぞ」
「……あれこれ言ってたのは寺西君だけだよ」
「……やっと食えるのか」
男子たち3人は、やっと納得のいく分配方法にたどりついたらしい。彼らは一斉にハンバーグを口に運ぶと、歓声を上げた。ちょっと恥ずかしい男子たちであるが、気持ちはわかる。
「委員長、ありがとう。男だけの昼食が見事に盛り上がったよ」
俺は男子代表として、武笠さんにお礼を言った。ハンバーグの分配をめぐって争っていた男子たちも笑顔になっている。
「ふふ、だから大げさだって。まあ、喜んでもらえてよかったけれど」
「それにしても委員長ってすごいんだね。勉強もできる上に、こんなに美味しい料理も作れるなんて」
「ううん、実は作れる料理の種類は多くないから。お料理って、きちんと材料を用意して手間をかければ、それなりの物にはなるのよ」
「ふうん。……ということは、今日のハンバーグも手間をかけて作ってくれたってことだよね。ありがとう」
「あっ……うん、その……どういたしまして」
武笠さんは口ごもると、もじもじした様子でタッパーを片付ける。クールな彼女にしては珍しい態度だ。料理が褒められたことが、嬉しかったのだろうか。
俺たち男子3人で、あらためてお礼を言ったところで昼食は解散になった。桜川さんと霧島さんは、武笠さんと一緒に席に戻っていく。彼女たちが俺の弁当をチラチラ見ていたような気がするが、どうしたのだろう。ううむ、やはりシュウマイとご飯だけという弁当はよろしくないのかもしれない。俺は、明日からの昼食に頭を悩ませるのだった。
夕方、俺はキッチンで安く買ったキャベツともやしを炒めていた。火が通ったところで、先に炒めておいた豚肉を加える。
「今日の晩ごはんは何なの?」
音につられたのか、瞭子がリビングにやってきた。
「野菜たっぷりタンメンと、肉屋さんで安売りしてたコロッケ」
「ふむふむ。たまには、こういうのもいいわね。何か手伝うことは?」
「温かいうちに食べた方がおいしいから、どんぶりとお皿を出してくれると助かる」
「うん」
両親と離れて暮らす俺たちは、自分で夕食を用意しなければならない。今日は、俺が夕食当番だった。凝った物は作れないのだが、瞭子はわりと何でも食べるので助かっている。お嬢様を目指すとか言っているが、意外とジャンクフードが好きだったりもするのだ。
スープを作りながら麺を茹でるのに苦労したが、なんとかそれなりの物ができあがった。コロッケはすでに瞭子が温めてくれている。出来た妹である。
野菜たっぷりタンメンとコロッケというメニューで、一ノ瀬家の夕食が始まった。
「うん、キャベツが良い感じにやわらかいわね。野菜も沢山食べられるし、美味しい」
「それは良かった」
俺は何気なく答えたが、自分の作った料理が褒められるというのは嬉しいものだ。2人して、熱々のタンメンを無言で口に運ぶ。
ふと、俺は昼間の出来事を思い出した。
「なあ、瞭子。煮込みハンバーグって作るのに手間がかかるのか?」
「そりゃあ、かかるでしょ。ハンバーグを作った上に、煮込まないといけないんだから。冷凍食品とか、出来合いの物を使うんなら別でしょうけど」
「うーん。やっぱり、そうかあ」
昼食時、武笠さんがくれたハンバーグは手作りだった。彼女は、大したことはないと言っていたが、実際はかなり手間をかけてくれていたようだ。
考え込む俺を不思議に思ったのか、 瞭子がじっと俺を見ていた。
「まさか、お弁当のおかずに作れって言うんじゃないでしょうね。面倒だから、夕食に作ったハンバーグが余ったりしない限りは作らないわよ」
「いや、作ってくれってわけじゃないさ。明日の弁当のおかずをどうしようかって考えてただけ」
「そう? どうしても作って欲しいっていうなら考えるけど……その場合は、もっと豪華で優雅な晩ごはんを作ってもらおうかな」
「それは、かんべんしてほしいなあ」
ただでさえ、夕食のメニューに困っている俺はため息をついた。
しかし、瞭子が面倒だという煮込みハンバーグを武笠さんはわざわざ作ってくれたのか。俺は、心の中で彼女に感謝しつつ夕食を続けたのだった。
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