第3話 妹とのお茶会
放課後、俺は部活に向かう友人に手を振って、自転車置場へと向かった。
愛車にまたがり、裏門から学校を出る。季節は5月下旬ということもあって、空気がさわやかで気持ちが良い。俺は、のんびりと風景を楽しみながら、これからの予定を頭の中で確認した。
今日は、学校の北側にあるディスカウントショップと輸入食材の店がセールだったはずだ。一応リサイクルショップも、掘り出し物がないか見て回ろう。
俺と瞭子は2人で暮らしているが、両親から必要な生活費は十分にもらっている。だが、高校生という身分でもお金は重要なのだ。友達と食べに行ったり欲しい物を買ったり、使い道はいくらでもある。瞭子だって、お嬢様っぽい生活をするためにはずいぶんと苦労しているらしい。うちはお金持ちではないのだから、それなりで良いと思うのだが、そこはメンツだとか意地があるようだ。
とにかく、俺たちは生活費を節約してお小遣いを増やすべく日々努力をしているのである。一番削りやすいのが食費ということで、安い食材を求めて店をまわるのが放課後の日課になっていた。
住宅街を自転車ですいすいと走り抜けていくと、幼い子が母親らしき女性に連れられて散歩しているのが目に入った。そういえば、俺と瞭子は昔から似ていない双子だと両親や親戚に言われていた記憶がある。
幼い頃の俺について両親などに聞くと「年中、鼻水をたらしていた」という、どうでもよい話しか出てこないのだが、瞭子の場合は様々なエピソードが出てくのだ。その多くが、親戚やら近所のおばさんに「お嬢様みたい」とか「品がある」あるいは「どこか高貴な雰囲気がある」と褒められたというものである。
大抵の場合、こういう話は幼い頃だけで終わってしまうのだが、瞭子はそうではなかった。近所のおばさんの言葉を真に受けてしまったのか、何故かお嬢様になるべく努力し始めてしまったのである。最初の頃、俺や両親はすぐに飽きるだろうと思っていた。だが、彼女は熱心に勉強し、小学校の先生を味方につけてお嬢様学校として知られる中学校に行きたい、と言い出したのである。
学費の問題などもあって両親は悩んだようだが、小学校の先生の勧めもあって最終的にはOKを出した。大喜びした妹であったがそれだけに満足せず、多大な努力の末に今度は名門として知られる八重藤学院の推薦を勝ち取ってしまったのである。しかも、成績優秀につき学費の減免まで認められたので、両親は驚くと同時に喜び、娘を誇らしく思ったそうだ。
俺はシスコンではないが、瞭子は自慢の妹である。だから、俺のクラスにやってきて意味ありげな行動をして注目を浴びることぐらいは許してやってもいいのかもしれない。
買い物を済ませた俺は、その成果を自転車の荷台にくくりつけて家へと向かっていた。俺が通う城本高校から南へと移動すると、八重藤学院がある高級住宅地が見えてくる。高級住宅地は、なだらかな丘の上にあって、もとからある自然を活かした美しい街だ。
俺たちの家は、その丘……ではなく、
瞭子はお嬢様っぽく振る舞っているが、俺たちが住んでいるのはただの古い日本家屋なのである。
帰宅後、俺は既に帰っていた瞭子と家事をこなし、2人で晩ごはんを食べた。そして、後片付けが終わったところで我が家恒例のお茶会の時間になった。
このお茶会というのは、瞭子が始めた謎の行事である。彼女が言うには、優雅さと行儀作法を身につけるためのものらしい。もっとも、実際は単におしゃべりしたりお小遣い節約の戦略を練ったりするだけなのだが。
「さて、今日のお茶菓子は兄さんの担当だけど、何かいいものはあるの?」
瞭子が、紅茶を用意しながら問いかけてきた。さすがに学校とは違って、くだけた口調である。
「輸入雑貨の店で買った賞味期限切れ間近のカナダ産メープルクッキーと、スーパーのわけありコーナーで見つけた不揃い夏みかんの4個入があるけど、どっちにする」
「メープルクッキーと夏みかんかあ。どっちも魅力的だけど、紅茶に合うからクッキーにしましょう。ふふ、カナダ産かあ、本格的よね」
「本物のお嬢様は、このぐらいで本格的とか言わないと思うけどね」
瞭子は、俺のつっこみを華麗に無視してクッキーの箱を手に取った。優雅ともいえる手付きで、べったりと貼られた半額シールを丁寧に剥がしていく。
「妹よ、その行為に意味はあるのか?」
「気分の問題よ。私たちは、食後にカナダ直輸入のクッキーをいただくの。別に間違っていないでしょう」
「まあ、間違いではないな。賞味期限前に食べれば、普通の製品と何ら変わりないとも言えるし」
「でしょう。あっ、そこの個性豊かな夏みかんは明日のお弁当に入れたいから、1つもらっていいかな。兄さんの分も剥いてあげるから」
不揃いを個性的と言い換えた瞭子は、夏みかんを手に取って吟味を始める。俺は無駄なこだわりだと思うのだが、妹には妹の価値観があるのだろう。
「さて、紅茶の蒸らし時間も十分だから、さっそくいただきましょう」
「ああ、俺は食べられれば何でもいいさ」
瞭子は何か言いかけたが、紅茶が気になるのか黙ってガラスのティーポットを手に取った。
両親が誰かの結婚式でもらってきたというティーカップに紅茶を注ぎ、本日のお茶会が始まった。メープルクッキーは驚くほど甘かったが、紅茶とよく合った。それに甘いといっても人工甘味料の不自然な味ではなく、後口は意外にあっさりとしている。
「甘すぎると思ったけれど、意外と上品ね。これならお茶会の定番に採用できるかも……」
紅茶を一口飲んだ瞭子は、さきほど剥がした半額シールをひょいと手に取った。彼女は元の値段を確認していたが、黙ってシールをテーブルの隅においやる。
「その行為はお嬢様的じゃないと思う」
「コホン、私たちは限られた予算を効率的に使う必要があるの。贅を尽くすには、場面を選ばないと。……兄さん、半額になってたらまた買ってきてくれる?」
「いいけど、しばらくは望み薄だよ」
「そう、残念ね。ところで、お母さんから聞いたことなんだけど……」
瞭子は、母親からの電話について話し始めた。しばらく母親が帰ってこられないというものだったが、俺たちにとっては慣れた状況である。父親は仕事が忙しくなると、面倒という理由でご飯を食べなかったりするので目が離せないのだ。俺たちが高校に入学した頃は、母親が父親の様子をときどき見に行くという状態だったのだが、いつの間にか母親が俺たちの様子を見るためにときどき帰ってくるというように、状況が逆転していた。
「母さんって、大変そうに言うけど、絶対楽しんでるよな」
「そうね。前に、2人で暮らしてた新婚当初に戻ったみたいって言ってたから。はあ……」
「はあ……」
俺と瞭子は、どちらともなくため息をついた。両親の仲が良いのは悪いことではないのだが、もうちょっと何かあるだろう、と思うのだ。
お皿のクッキーに手を伸ばそうとしたところで、瞭子が俺の方をさりげなくうかがっていることに気づいた。
「ん? どうしたの」
「……どうだったの? 放課後の件なんだけど」
瞭子は、我慢できないとばかりに話題を切り出した。今までは全くそれに触れなかったのだが、聞きたくて仕方がなかったらしい。
「別に大したことはなかったよ」
「ふうん。じゃあ、詳しく話しても問題ないでしょ」
そう言って瞭子は、紅茶のおかわりを強引に注いできた。まったくもってお嬢様らしくない行為だが、口に出すのはやめておく。俺は心の中でため息をつくと、あきらめてカップに口をつけたのだった。
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