あのまばたきの意味

語部

あのまばたきの意味

 あの日私はこの子のことをどこか不気味に感じた。

 産まれてから二年も経つのに、しっかりと育てることが出来なかったんじゃないのかと思うと情けなさを覚える。


「ごめんね、あなたがそんな眼をするなんて──私、思いもしなかった」


 自由気ままに動き回るその姿を見るたび、どこか反省の念を抱いてしまう。

 他人からすれば、それは些細な話かもしれない。気にするだけ心が病むだけのことかもしれない。

 それでも一つの命を誕生したその瞬間から、私はちゃんと愛情をもって育ててきたつもりだった。


「あれがあなたの意思表示なら、もっと色々と教えてほしい」

 私はすがるように問いかけた。

 この子が伝えたい全てを吸収するように──。



 一ヶ月前──いつもと変わらない昼下がり、日当たりのいい部屋で私はこの子と小さな幸せを感じていた。


「今日は全然食べないね、こんなに残しちゃって」

 態度には出さないがどこか元気のない様子に私は少し気になった。

 いつもより明らかに食べる量が少ない、それなのに特に変わらず平然としているからだ。

 私はしばし様子を窺いその束の間、異様な光景を目の当たりにする。


 ──この子が瞬きをしたその瞬間を。


「えっ、今のなに? え?」

 突飛な状況に私は困惑した。何か見てはいけないなものを見てしまった気になり、視線をそらす。

 もしかしたら見間違えか気のせいかとも思ったが、それでも奇妙なことには変わりない。

 相変わらずつぶらな瞳は輝いている、だけどこの子はそれを覆うような瞼は備えていない。


 それもそうだ、この子はで生きているのだから。



 今でもあの時の記憶を思い返すたび、奇妙な体験だったとしか言えない。一匹の鮒を大きな水槽で大切に飼育している変な女の戯言にも聞こえるだろう。

 けれど二年も世話をしていると、この子への愛情も深くなっていく。

 私の中でこの子が瞬きをした事実は変わらない。だから余計に何かを伝えたいサインだったのかと考えると、気持ちは穏やかにならなかった。


 この子の瞬きをまたいつ目にするかは分からない。もしそんな機会が訪れたらその時は落ち着いて、瞬きが紡ぐメッセージにじっくり眼差しを向けたい。

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