ミレミ1969

ミレミ1969

       


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「ユウコウ? ユウキョウですよ、遊興」

吉村未来よしむらみらい浜屋木綿子はまやゆうこは慰安旅行でマカオに来ていた。

「マカオって昔、日本だったんですか?」

「さあ、歴史の事はあんまり・・」

「何か皆、日本人に見えますね」

MAIDENが今ははびこり麻薬戦争の様相を呈していた。

「MAIDENも元を辿ればここ、って話ですからね」

未来は女みたいな顔をしてはしゃいでいる。

「この歌、聞いたことありませんか?」

想像してごらん天国のない世界を

想像してごらん国のない世界を

想像してごらん所有のない世界を

想像してごらん争いのない世界を

「イマジン」だった。

「今は昔、ですか」

「カジノ以外にする事ってあるのかしら」

「刑事が賭博やっちゃ、やっぱマズいでしょ」

地面にはサテンのラインが引いてある。

「ここがミカジメってことね」

「どこも一緒ですね」

「ミレミの生まれ故郷らしいわよ」

「どこが? ここがですか」

浜屋は肯き、「あんたも横から見なければセイタンな顔つきなのにね」と言った。

「セイタン? セイカンですよ、精悍」

二人はカジノを素通りして、絶景スポットに行った。

マカオの夜は更けるのが早い。

海猫がたむろする海は、来たことのあるような気がした。

二人ともジーンズ姿だった。

「夕焼けってのはどこから見ても一緒なんですね」

「誰と見たかが大切よ」

「よりによって何でマカオなんですかね?」

「あの部長のやる事だから」

その後のミレミの足どりは知らない。違う人格が遠い異国の地で嘆いているのかも知れない。

「夕飯、食べに行きますか」

「さっぱりした物がいいな」

「マカオでベトナムビールに伊勢えび、・・いいんですかね?」

「何が?」木綿子はもう口を開いている。

「もっと地元の地産地消食べてこそ・・」

「だって知らないもん。前さー、テレビで一万出したら伊勢えび100匹食える島ってのやってたけどどこかなあ、夢よね」

「えび好きなんですか?」

「好き」

「日本人ですねえ」

未来もベトナムビールを飲むと、夜景が泡と共にはじけた。

「美味しいですか?」

「何? 欲しいの?」

「いや、浜屋さんが嬉しそうにしてるの久しぶりだなあって」

ミレミを捕まえてから、何となくしこりが残った。

刑事には新しい仕事が待ってるが、一つの事件に関わり続けることはない。

犯罪者たちが列をなしているからだ、受付だけで終わりそうだ。

MAIDEN関連が格段に増えた。

「じゃあね、明日行くとこ考えといてよ」

「ミレミの本名、何ていうんですか?」

愛蓮あいれん。あの子の言うことだから信用ならないけど」木綿子は夜の街に消えた。

未来はいなくなったのを見計らってカジノに入った。「イマジン」がかかっていた大きなビルだ。

どうやって遊ぶのかも知らないが、金さえあればいいんだろう。日本人だから巻き上げられやしないか。

そこには木綿子もいた。ルーレットが回っている。

「査察よー」


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「愛蓮の生まれ故郷に行くなんてどうですか?」

「いいわね、それでこそ刑事だわ」

「昨日調べたんですがね、ここらしいんですよ」未来は指で地図を広げた。

「行けるの?」木綿子は目を近付けた。

「地元の人も滅多に行かないらしいですよ」

地図に載っていた寒村は山の奥にある。三輪タクシーで揺られた。

「仙人が出てきそうね」

「謝謝」未来の財布にはまだカジノのコインが入っている。

「なんか、すごい所ね」木綿子は山を見上げた。

「人、住んでるの?」

「ミレミ?」未来は目を細めた。

「え?」

「いや」確かに灰色に色褪せたジーンズが見えたような気が。

「洗濯物でした」

「ここマカオ?」

「何県っていうんですかねえ、貧しそうですね」

「見てよ、あれ」木綿子は行商を指差した。

「これからマカオまで行くの?」

「そういえば見かけましたね」

行商のおばあさんとすれ違った。器用に長い棒の両端に魚と野菜を入れている。

「格差ですねえ」

「あんなキジャクそうな娘には耐えられなかったでしょうね」

「キジャク? ゼイジャクですよ、脆弱」

木綿子は腕で肘を抱いた。

「冷えるわね」

未来は立ちんぼになっていた。「見て下さい、これ」

何かの碑だろうか、石仏に愛蓮の字があった。

花火を持って走っている子供とすれ違った。

「寒い。スリーキャンフォーオンってどこにでもあるのね」

「スリーキャンフォーオン? サンカンシオンですよ、三寒四温」

春節。貧しいながらもお祭りが開かれていた。

「護摩焚きに似てますね」

皆、手に手に持った去年の物を火の中に放り込んでいる。

輪になって踊り出した。アンリ・マティスの「ダンス」に似ている。

木綿子も未来も写真を撮っていたが、次第に気分が悪くなってきた。

「昨日の伊勢えびかしら」

島田が見えた。振り返る女はミレミだった。

飛ぶ。放り投げた火からはMAIDENの煙が回っていた。

「チョコレート食べるとエッチな気分になるって本当ですか」未来は慌てて目を覚ました。

しずくちゃん!」

木綿子はまだ気を失っている。

「ここは・・」モスクワオリンピックのポスターが貼られてある。

マカオのようだ。まだ貧しいマカオ。

木綿子が咳をして起きた、涙ぐんでいる。

「出ましょう」もつれて歩きにくかったが外に出た。

あのカジノがあったビルだ。下に人が集まって上を見上げている。

屋上に人がいる。ミレミと、反張たんばり雫だった。

「僕はまりん!」まだ若いミレミが言った。雫は怯えている。

「雫ちゃん!」

未来が呼んでも雫は首を振ってまだ未来を知らないようだ。

ミレミはグッピー柄の着物を着ている。盛んに何かを叫んでいるがよく聞き取れない。

木綿子と未来は黄色いメガホンを手に持った。

「その子を放しなさい!」

「無駄な抵抗はやめろ!」

「愛蓮!」

ミレミは不思議そうな顔をした。

次の瞬間、呼ばれたようにミレミは飛び降りた。

袋詰めのトマト。あの行商が持っていたような。

雫が悲鳴を上げた。それで二人は目が覚めた。


赤い花つんであの人にあげよ

あの人の髪にこの花さしてあげよ

赤い花赤い花あの人の髪に

咲いてゆれるだろうお陽さまのように

白い花つんであの人にあげよ

あの人の胸にこの花さしてあげよ

白い花白い花あの人の胸に

咲いてゆれるだろうお月さんのように

赤い花ゆれるあの娘の髪に

やさしい人のほほえみにゆれる

白い花ゆれるあの人の胸に

いとしい人の口づけにゆれる

口づけにゆれる

「マカオでも刑事やるとは思わなかったわ」

「じゃあ一体、あいつは誰だったんだ」

生きてるか死んでるかも分からねえ奴。

花火が上がった。

「春節だからですよ」

「誰と見たかが大事なのよ」

友人の愛。

慰安旅行はこれで終わり。またMAIDENが始まる。

神はいた。信じる人にだけ。

「謝謝」

タンバリンでは今もグッピーが泳いでいる。

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ミレミ 森川めだか @morikawamedaka

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