浜木綿

浜木綿

   


dope


 吉村未来よしむらみらい浜屋木綿子はまやゆうこが運転する車で明石海峡を越えた。

「困ったわね、こんなにザマキしてるとは」

「ザマキ? 席巻ですよ、セッケン」

MAIDENは警察内部にも蔓延していた。

尿検査で引っかかった者は停職、残ったのはたった二割だった。

依願退職する者も少なくなかった。

その為、人員不足に陥り、吉村と浜屋に白羽の矢が立ったのだ。

吉村と浜屋は岡山県ピロシキに向かっていた。

着き次第、飲み込んだMAIDENで機内でオーバードーズした事件の専従班になる予定だった。

到着先が岡山県ピロシキだったので、大きな密売ルートがあるはずだった。

「ピロシキの名物といえば、きびだんごと横溝正史・・」

ラインに乗っかって、反張雫たんばりしずくの写真が来た。

「子供っぽいかな」のコメントと一緒にピンクの和装姿だ。

雫は呉服屋の娘で、代替わりした父の憲一けんいちと若い層の開拓を狙っている。

「何、それ。あなたの彼女?」

「違いますよ」吉村は「いいね!」を押した。


浜屋のフィアットから降りると、瓦葺きの屋根が広がっていた。

ピロシキ県警署に着くと、公安と一緒だった。

「マーシーって女が元締めだ。義足らしい」

「まずは、仏さんでも拝んでいってくれや」

二人は解剖室に下りた。

そこには蛙になった男が横たわっていた。

「腹の中で破けたんだわ。かわいそうに・・」

浜屋は局部を触った。

独特な甘ったるい匂いがした。

「末端価格ウン千万の遺体よ」

吉村は鼻を近づけてみた。

ビニールパックが溶解している。

「MAIDENは鼻から吸引するらしいから・・」浜屋は頭に回った。

何だ、この快感は。

吉村は腰が砕けた。

ピンク色の渦巻きが見えた。

「吉村くん?」

「雫ちゃん」

雫の幻覚が見えた。

「酔っぱらってるの?」浜屋の声が遠い。

「疲れると射精したくなるってホントですか?」雫の幻覚が手を這わせる。

それだけは嫌だ。

それだけは嫌だ。

吉村はこめかみに拳銃を当てた。

「何してんの!」浜屋が払いのけた。

天井に穴が開いた。

「銃声がしたぞ!」

浜屋は吉村の型崩れしたシャツを直した。


「特に報告することはありません」浜屋は部長の前で仁王立ちになった。

「拳銃を適切に使用しなかった。減俸30%」部長は文鎮を置いた。

クスリやめますか人間やめますかのポスターがあった。

人間やめます。


「僕、自信なくしました」

「自信あったの?」

「ベルマーク」

「集めてんの?」

「へへ」

「あんた、タイガーマスク?」


マーシーは義足を外して、丸まった足を撫でた。

丸と四角の照明。

マティスの絵みたいな時計を照らしていた。

パソコンのデータを全て移した。

「かわいいUSB」


浜屋と吉村は鶏の照焼きを食べていた。

「間違いないですね」

浜屋も肯いた。


big issue


 事件は雨のように走る。

雨が降ると疼く。

浜屋はゲンコにした。

幸福の女神には前髪しかない。

次はない。


「内通者がいても、・・不思議じゃ、ないですよね?」

「下部組織には流れてるかも知れないわね」

「内偵を進める?」

「死に体だから無理ね」

二人が考えていると、「未来ちゃん」と聞き慣れた声がした。

反張雫だった。手には桐箱を抱えている。

「雫ちゃん。どうしたの、こんな所で」

「マーシーさんに届けに」

「誰に?」

「マーシーさん。うちの上得意よー、これ見て」雫は桐箱をちょっと開けた。

虎と龍が描かれた大島紬だ。

「特注よー、値段は言えないけどね」

「鑑識、呼んで」

人間は予測できる生き物だ。

「送ってくわ」

浜屋はフィアットに手を付いた。


「ここ?」

ごく普通のアパートだ。

雫は階段を上がっていく。

ベルを鳴らす。

出てこない。

小さくノックした。

マーシーはドアスコープから目を離した。

「マーシーさん、タンバリンです。お届けに上がりました」

ドアが開いた。

「注意力散漫ね、ミレミ」浜屋が手を掴んだ。

雫を吉村がかばう。

「チッ」ミレミはカッターナイフで浜屋の指を切った。

「ツッ」はずみで手を離し、腹を正面から蹴られた。

「吉村くん!」吉村は階段を駆け下りた。

「裏窓から逃げたわ」浜屋は腹を押さえながらフィアットに乗り込んだ。

「雫ちゃんはここにいて!」

横からビッグスクーターが猛スピードで過ぎ去った。

「浜屋さん、大丈夫ですか?」

浜屋はギアを最スピードに入れてアクセルを踏んだ。

ビッグスクーターは大音響でイマジンをかけて走り抜けて行く。

「サイレン代わりになりますね」

「メモして、赤信号無視三回、スピード違反、車線変更、路上駐車・・」

ミレミは途中でUSBを捨てた。

本物のパトカーが来た。

「警察よ!」浜屋は窓から手帳を見せた。

吉村が手をグルグル回す。

パトカーに前を阻まれ、ミレミは止まった。

「現行犯」

「まいった」

ミレミに浜屋が手錠をかけた。


「私がやってたのはシンナーだけよ」

ミレミはニヤニヤ笑っていた。

「おっさん? 死んだの?」

雫を吉村が制止した。

「黄色いノウミソでよく考えてごらんよ」

「かわいそうなくらい美人ね」

「私は七面鳥だ」

「付け上がるな」

「いつか恩赦になるよ」

「おばあちゃんになっちゃうよ」雫が言った。

「もう死にたい」ミレミは突っ伏して泣き出した。

鑑識がドアを開けて、机に何かを置いた。

障害者手帳だった。


「二重人格」

「誰が信じるそんなよた」

「けど、部長・・」

ミレミは警視庁に移送された。

「性悪に基づいてますからね」


吉村は空を見ていた。

「二人を裁けるの?」吉村の肩越しから浜屋が言った。

やねよりたかいこいのぼり

おおきいまごいはおとうさん

ちいさいひごいはこどもたち

おもしろそうにおよいでる

「回り道したわね」

吉村はため息を吐いた。

「やっぱり月曜日は・・」

「罪を憎んで人を憎まず」

「神の隣にいかないと無理ですね」


引き上げ。

「これで全部?」

「残ったのは時計だけ」

「幸せは歩いてこない」浜屋が歌い出した。

「だから歩いてゆくんだね」吉村も続けた。

「足をつって、腕をつって、1,2,1,2」

「休まないで歩け」


愛なき愛。

その年も二羽の七面鳥が恩赦された。

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