天使群の街

天使群の街

 


KAGUYA


 30年3月21日。

どんな事件も雨の下では小っぽけに見える。

「これで二例目ですよ」吉村未来よしむらみらい浜屋木綿子はまやゆうこに呟いた。

浜屋は肯いた。

足首から下がない死体。

うつ伏せに寝かせられている。

「靴下のサイズですね」

鑑識がビニールを履いた靴で歩き回っている。


花雨が上がった。

うどん県警本部。

吉村は携帯を取った。

「あ、未来ちゃん?」反張雫たんばりしずくからだ。

「あ、雫さんか。どったの?」

「友達が大変なんだ」

「どういう風に?」

「友達の友達なんだけど・・」

「すぐ行く」


「おはようさん」芝亘しばわたるがイカめしを置いた。

「みんなで食ってくれ」

「芝さん! 来てくれたんですか」

「おお、赴任」

「令和だ!」

「令和だってよ」芝が吉村の肩を叩いた。

「難しい事件なんですよ・・」吉村は腕を組んだ。

「それよか、子供がいるんだろ? そっちの方が気になってなあ」

「ああ、あおくんですね。良野よしの青。今、保護されてます」

「雨の中、ほっつき回ってたんだろ?」

「なかなか口が割れなくて・・」

「急に署が賑やかになったと思ったら、やっぱり芝さんでしたか」

「おお、広尾ひろおか。いつも蒼白い顔してんなあ」

かすみは静かに笑った。

「僕、ちょっと用事があるので、後は浜屋さんに」


「久しぶりね」

「相変わらずウーマンリブか?」

「ハッ、会いたいのは男の子? 書類にも目を通しといてね。そのために来たんでしょ?」

「分かってるよ」

「初めまして、柏木答かしわぎとうです」

「芝亘だ。男の子は?」

「ご案内します。おとなしい子ですよ」

良野青がチョコンと座っていた。

「こんにちは。元気かい?」

青は小さく肯いた。

「座ってもいいかな?」

「うん」

柏木が芝に耳打ちした。

「今、何書いてるの?」

「竹やぶの姫」

「宇宙飛行士になりたいの?」

「小説家」

「お父さんお母さんに会いたくない?」

青はかぶりを振った。

「話したくなったらでいいよ」

芝は平積みの原稿用紙をチラと見た。


「不思議だなあ」

「何がですか」

「どうして男は、昔、俺も悪かったからさ、って言いたがるんだろうなあ?」

柏木は空を見た。


吉村は雫と喫茶店にいた。

雫の隣には樫山杏かしやまあんずという雫の友達もいた。

「それで真弓まゆみは怖がっちゃって・・」

杏は一枚の紙を渡した。

「殺される」と書いてあった。

「携帯にも出ないし、留守だし・・」

坂本さかもと真弓さんね・・。その時の状況をもうちょっと教えてくれないかな?」

「それまでは普通だったんだけど、二人で歩いてて、急に・・、真弓があれって指差すんです。あれ見える? って」

「何が見えた?」

「分からない。ひょっとこのお面被ってて。白いボンヤリした縁どり・・、そこだけ描き忘れたかのような・・、幽霊が歩いてるって。猿股、腹巻き、頭に風呂敷。何でしたっけ、あれ。あっ、そうそう、どじょうすくい。どじょうすくいしてるような・・」

「一人で?」

「いや、分かんない。それが、二人にも見えたような、一人にも見えたような。それで、私にも見えるよって」

「坂本さんは?」

「私がいけないんだって、言って、それっきり」

「二人で帰った?」

「うん、でもそれから私を巻き込みたくなかったんだと思う・・」

吉村はため息を吐いた。

「優先的に捜してみるよ」


芝と吉村は肝吸いを食べていた。

「娘さんは元気ですか?」

「カミさんと喧嘩ばかりしてるよ」

芝は笑った。

「もうすぐ中学生だ」

「朝っぱらからお盛んね」浜屋が来た。

「私は・・五目ごはん」

「若い女性ばかりなんですよ」

うん、と芝は肯いた。

「エスキモーってアザラシの腹わた抜いて、そこに魚入れて、腐ってから食べるんだって」

「浜屋さん、食事中にそんなこと・・」吉村は口元を押さえた。

「死因は?」

「窒息死」

りょうも死んじまったしなあ・・」


捜査本部に詰めた。

カップ麺のうどんの力が常食だ。

「朗報です」

吉村が物証を持ってきた。

「足が捨ててありました」

皆で囲んだ。

「焼鳥屋の裏口にあるゴミ箱に」

「やったわね」

「防犯カメラ追跡」

「持って来ました」

テープを巻き戻す。

黒ずくめの男が映像に入って去った。

「追って」浜屋が中腰になる。

十数台のカメラの映像をつなぐ。

「車の・・、列か」

「駐車場に住んでるみたいね」

「緊急逮捕」


「スカリーとモルダーみたいですね」

「TPOをわきまえなさい」

吉村と浜屋が中に入ってゆく。

表では芝、広尾、柏木が控えている。

背中をかがめて車の間を縫う。

吉村がしゃがんだ。

手を上げ、振った。

浜屋が右から回る。

「両手を頭の上に、ゆっくり立ちなさい」

寝ていた男は万歳した。

吉村が警棒を当て、浜屋が手錠をかける。

ごく普通の男だった。

「令和元年、初逮捕」

「君には黙秘権があるけど、できれば使わないでね」


「煙草吸わなきゃ分からないか?」

取調室には芝と吉村がいる。

鏡の裏の部屋では、浜屋と広尾が所持品検査をしていた。

「鍵と、・・ひょっとこのお面、モモヒキ、風呂敷、腹巻き。何かしら、これ」

「銀のエンゼル」

「あのチョコボールの?」

霞は肯いた。

「集めてんのかしら?」浜屋は首をひねった。

「消去法で残ったそれが天命なんだよ」

鏡の向こう側では芝が質している。

それを吉村がたしなめている。

飴と鞭だ。

「弟だ」

「あ?」

「弟がいる。弟と一緒にやった」

「言質! 言質とったぞ!」

「まあまあ、芝さん」

「弟は耳が不自由なんだ。筆談してくれ」

「何て呼べばいい?」

「ロンギヌス。聖殺人者サッドネスだと」

「お前ら、正気か?」


「お抹茶と氷よ」

本部長にお茶に呼ばれた。

今度のお手柄だ。

本部長の訓示もある。

感情派の絵が並んでいる茶室に通された。

あんみつが通された。

お茶の先生は彫りが深い美人だった。

「部長のコレか?」芝さんが小指を立てた。

「こちらはピティーさん。LAからの留学生でね・・」

ピティーの横には万年青が置かれていた。

あちらの三和土にはブラウンの革靴とコンバースが揃えられている。

「あれ、誰のですか?」

「ピティーさんのでしょ?」

「そうですよね」

ピティーの着ている友禅とコンバースがあまりにも不似合いだった。

お茶を点てる。

かぐわしい。

「こちら、どうぞ」

「結構な・・」


番外地。

「私のかわいいねずみちゃん」

スタッズのブレスが首に伸びる。

耳には補聴器が刺さっている。


イサムノグチの彫刻の下で芝と吉村は憩っていた。

「日本の警察の捜査網、馬鹿にしてますよ」

吉村は唇を尖らせた。

「ライオンの檻に閉じ込められた羊ですよ」

「何言ってんだよ。周りをよく見ろ。みんな、ライオンみたいな顔してるじゃないか。迷える子羊はこの俺達だよ。ここはそういったライオンの街だよ。どこもそうなんじゃないか?」


WILDFIRE


 その時、夜空が急に光った。

その日も雨だった。

「死人に口なしか・・」芝が呟いた。

顔のない死体があった。

「首が折れてます」吉村がしゃがんだ。

浜屋がズボンのポケットから何かを取り出した。

「銀のエンゼル」

「銀のエンゼルって二枚で一組でしたっけ?」

「五枚で景品だろ?」

「じゃあ、少なくともあと三人・・」

「金なら一枚だけどな」


たかしぃ・・孝ぃ・・」覆いかぶさって泣いていた。


「顔が見つかりました」

「どこに?」

「木の枝に結んであったんですよ」


「野宮(のみや)孝に間違いないな。薬物反応。毒殺。覚醒剤」

「どうした?」

「指の付け根が疼くのよ」

「グループの末端と思われる・・」


救急車のサイレンと私の鼓動が。

「僕の方が重症だよ」


「浜屋さん、気付きませんか? ここ」吉村は調書を指差した。

「何?」

吉村は雫に電話をかけた。

「杏さんの友達の真弓さんだけどね、靴、何履いてたか分かるかな?」

「待って。聞いてみる」

しばらくしてメールがあった。

「コンバースのジャックパーセル」


その日は要人の警護で厳戒態勢だった。

芝も吉村も浜屋も目を光らせる。

リムジンが到着した。

沿道で手が降られる。

芝も吉村も浜屋も上を見た。

風船が三つ。

爆発した。

オフィスビルのガラスが散乱して落ちる。

凡百な人たちがフラッシュモブのように逃げ惑う。

リムジンは急発進した。

吉村の姿が見えない。

「吉村ぁ!」芝が叫んだ。

「並んで並んで」浜屋も駆け付ける。

吉村は女の子をかばっていた。

「ママは?」


「日本でテロが起きるなんてゆくゆくは・・」

「思ってもみなかったわね」

「吉村さん、これ」柏木が靴箱を指差した。

包帯の手で開けると、砂まみれのコンバースがあった。


海岸。

総動員で捜した。

岩のすき間から声がした。

岩を押し倒すと、黒いニーハイを履いた女が泣いていた。

「坂本真弓さんだね?」

吉村が抱き止めた。

「はい、はい、そうです」


「広尾が死んだ?」

「男の子をかばったそうです」

芝はガックリとうなだれた。

「あいつにも正義漢があったのかなあ」

芝は寂しげに呟いた。

「敗国主義の警察に嫌気が差したかな」


街中でバルーンアートが売っていた。

平和運動らしい。

芝と浜屋と吉村と柏木は屋上でそれを飛ばした。

シャボン玉飛んだ

屋根まで飛んだ

屋根まで飛んで

こわれて消えた

群雲に消えて行った。


殉職した広尾は二階級特進した。

「カミさんにシバかれるよ」

新幹線の前。

芝の見送り。

「何だ、これ」

「豚骨うどんです。次の名物になりますよ」

「芝さん、不器用な男ぶりたいからですよ」

「ん?」

「あの、どうして男は、ってやつ」

「ずっと考えててくれたの? 変な奴」芝は笑った。

芝は新幹線に乗り込んだ。

浜屋が手を振った。


「LAに戻るそうだ」

吉村は送りに出た。

人工花道を言葉もなく歩く。

立体交差点でチラとおみ足が見えた。

機械で出来てる。

足が一本しかない。

確かに僕にはそう見えた。

義足?

「ミレミ?」

噂には聞いていた。

あんなに目立つ格好なのにすぐに見失ってしまった。

少し吐き気がした。

肺魚のようにいつまでも生きつづけるのだろう。

疑わしきは罰せず。

迷えるライオンの街だ。

吉村は一人取り残された。

君はまだ理想郷にいるの?

愛の場で。

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