STAND BY BLUE
STAND BY BLUE
森川 めだか
目抜き通りから少し逸れた横丁の商店街。
「ようこそ! 大安吉日商店街へ!」と入り口のアーチが架けられている。
老舗に常連さんばっかりの店が立ち並ぶ、その一角の中華屋「大満福飯店」。
「熱烈歓迎」ののれん。
そこの看板娘・
中国と日本人とのハーフで、こんな変な名前になった。
「・・であるからして、地域再生のためにはあの廃ボーリング場を取り壊さんといかんのです!」大安吉日商店街各店の互助会の
「取り壊すのにもお金がな・・」
「地域の賑わいにも一役買ってくれたし・・」
「けどこのままじゃ危ないわよ・・」
埼コエ子はその時もチャーハン作りに中華鍋を振るっていた。
跡を継ぐには頑張らねばいけないのだ。
コエ子は高校生。大学には行かずにこの店を継ぐつもりでいた。
両親も喜んでくれている。
厨房の脇では拉麺用のげんこつスープがクツクツ湯気を立てている。
コエ子には歯ミガキ粉を味わう癖があった。
「中華料理屋の娘がそんなことでどうすんの!」
「いってきまーす」
コエ子は高校生だ。
だから学校に行く。
自転車のペダルに足を乗っけると、母がまだ怒っていた。
建て壊し予定地まで来ると男の子が一人泣いていた。
迷子かな、と思って自転車から下りると泣いてはいなかった。
俯いて何かを書いている。
廃ボーリング場の屋根の下、横に大きな段ボール箱が置いてある。
雨どいから昨日の雨が溢れ出している。
捨てネコを見た気持ちになって、コエ子は高校へ急いだ。
「
「ああ、通ったよ」
「男の子いたでしょ」
「あんまり見なかったな」
「男の子がね、何だかね・・」
「何それ、マズいじゃん。地震来たら倒れるよ」
「棗ちゃん、今日寄ってみない?」
「やだよ、そんなの。呪われるよ」
コエ子にも一人で見に行く自信がなかった。
放課後、仲のいい男子と棗と三人で「とことんラーメン」で豚骨をすすっていた。
「商売敵じゃないの?」
「うちのは醤油だもん」
「だからさあ、制服は白なんだよ。下着が透けて見えるのがさあ、男には・・」
「何書いてるの?」
雨が降ってきた。
梅雨は蒸し暑い。
「ここに住んでるの?」傘の下、段ボール。
まるで泣き顔を隠す少年のように帽子を目深に被った男の子はコクリと肯いた。
「小説」
段ボールにいっぱい詰まった原稿用紙。
「名前は?」
「
「私は埼コエ子。MADE IN CHINAだよ」
男の子は笑った。
「私が作った
コエ子はお椀と共にしゃがんだ。
「警察呼んだら、困る?」
青は照れたように肯く。
「じゃあお姉ちゃん、呼ばない」
れんげで青はかき回している。
「でも青くん、ご飯ちゃんと食べないと駄目よ。馬力つかないから。お姉ちゃんがそれ持って来てあげる。それをちゃんと食べること。いいこと?」
「うん」
「約束できる?」
「指切りげーんまん・・」
「リリアンカットお願いします」
コエ子は生まれつきのアルビノで髪の毛が白い。
リリアンカットは大きめなマッシュルームカットだ。
「コエ子ちゃん、ますます綺麗になって。片想いの彼でも出来たの?」
「何で片想いって決めつけるのよ」
こんもりとした髪の毛をドライヤーでフワフワにする。
「
今日もコエ子は青に出前に来た。
青が書いている小説は「ASTRONAUT」というらしい。
「ワープするんだ」
コエ子は肯く。
「スペースシャトルに乗って」
コエ子は肯く。
「冷めても美味しいよ」
そば処ともや。
「もう秋だよ」棗が言った。
コエ子はふくれていた。
「コエ子は面倒見が良いからな」
アルデンテのそばが来た。
唐辛子が無い。
「とうがらし一味、なんつって」
「伸びるよ」
隣のテーブルから手を伸ばして、唐辛子を取った。
ふりかけた。
「紅葉そば」コエ子は一味唐辛子をいっぱいかけたそばを棗に見せた。
「建て壊しは伸びないよ」棗はクールにそばをすする。
「もうカンバンだよ」
棗を伴って年末の店、「完全定食屋はちまき堂」に直訴に来た。
「何だ、コエ子ちゃんか。もうかりまっか」
「断固、反対します!」コエ子はピシャリとテーブルを打った。
「何をだね」
「ストライクボウルの取り壊し」
「肝試しでもするのかね? もう業者に・・」
コエ子は棗の手を引いてピシャリと戸を閉めた。
「お悩み相談」
スナック「アベ・マリア」に来ていた。
ママは
「人がいる?」
「はい」
「私も苦労してきたけど、それはねえ」
「会長さんにも言ったんだけど、一向に・・」
ママの吸う煙草からは甘い香りが漂っている。
「あの色気の無い互助会で決まったことだからねえ」
「一度決めた事は取り消せないんですか?」
「笑う門には福来る」
「適当な格言で誤魔化されませんよ。謝謝」コエ子は席を立った。
ママの吸う煙草の煙が追いかけてきた。
「ほい、ホイコーロー」
「いつもありがとう」
コエ子もいつものように座る。
「青くんがもう少し年上だったらな」
時の中に消えてしまいそう。
スープを飲む青の横顔を見ていると、涙ぐんできた。
いつもと違う場所。
済んだ食器を片付けて、岡持ちを持って、振り返ると、私と彼との間に越えられない見えないスペースが空いてるような、そんな感じがした。
コエ子は厨房で青へのバースデーケーキを作っていた。
誕生日も知らないけれど。
表でプロパンガスの「煙草ポイ捨て厳禁」と「火気注意」のボードがガタガタと揺れる音がした。
餡がいっぱい入ってる点心を載せるとそれっぽく出来上がった。
「毎度あり、マイダーリン」コエ子は一人言を言った。
出来たてホヤホヤを届けようと、岡持ちを取り上げた瞬間、雷が鳴った。
あの子、大丈夫かな。
喫茶店「水仙」の
「大丈夫なの!?」
聞かれたが、雨の音で聞こえなかった。
「激安商店!!」も通り抜けて、段々商店もない通りに出る。
マシュマロ工業が横手に見える。
こぢんまりとした大塚弁当の角を通ると、突風で傘が吹き飛ばされた。
「青くん!?」
ストライクボウルは目の前に見えるのに、青の姿がない。
「青くん!」
雨に濡れた原稿用紙が飛ばされている。
顔に貼り付いた原稿一枚を引き剥がすと、「重さも要らない」と丸してある。
岡持ちを引っ提げて走った。
「どこ行ったの?」覗き込んでも誰もいない。
「倒れるよ」棗の声を思い出した。
バラバラと屋根に大粒の雨が当たる音。
ヤバい!
グルリと一回りして青が界隈にいないのを確かめて帰った。
「グチャグチャになっちゃった」
フカヒレも鶏ガラも形が崩れてロウソクを流した。
竹刀を振る音がする。
この頃、剣道にハマり出した父だろう。
コエ子は泣きながら一つまみ食べた。
「こんなの私の味じゃない」
「きっと小説、出来上がったんだよ。今ごろ出版社にいるよ」
年忘れの花火大会。
焼きりんごを舐めて、廃ボーリング場の跡地に棗といた。
れんげが残されていた。
「泣いてるの? コエ子?」
「わさび食べたからかな」
「熱烈歓迎」ののれんが今日もはためいている。
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