第5話

「うーん」

 どんどんネタが投稿される中、福田さんの手が止まっていた。

「もしかして緊張してる?」

「そ、そんなわけないでしょ! いいのが多すぎて何を投稿するか悩んでいるのよ!」

 福田さんはそう言うが、明らかに、AIのネタが思いのほか評価されているので動揺しているのだ。



〈@denshosen デーア! オーオーオーシャー!

#将棋の会長が絶対に言わなさそうなこととは?〉



「もうどういうことなんだ。確かに言わなさそうだけど……」

「これはたぶんネタシショウだな。作った芸人たちが独特すぎるんだ」

「今のところAI、三分の二がシュール」



〈@denshosen 将棋とかけまして、川の入り口と解きます。そのこころは、どちらもさすでしょう。

#将棋の会長が絶対に言わなさそうなこととは?〉



「急に古典的なの来た」

「え、これどういう意味?」

「将棋を『指す』と、砂の溜まった『砂州』をかけてるんだよ」

「まさか加島君?」

「違うよ。僕もわかってきた。笑将翁だ」

「えー、さっきと全然違う」

「参考にするものが変わったんだ」

「節操がない……」

 確かにAIには節操がない。失うものがないのだ。勝ちたいという気持ちも、恥ずかしいという気持ちもないだろう。すべっても手が止まることはないし、すべっているかどうかもわかっていないのである。

 どんどんとネタが投稿されていく。最初は人目を引いていたニシアカシネタシショウ(と思われる投稿)だが、だんだんと飽きられてきたのがわかる。というか、多分文字では生きないタイプのネタなのだ。

 それに対して笑将翁とnetanzuは様々なタイプのネタをコンスタントに出してくる。どこかでホームランを打ってもおかしくない。

 自分で言うのもなんだが、僕にはホームランが打てない。出塁できるとしても振り逃げのようなネタばかりである。

「うーん、うーん」

 福田さんがうなっている。まだネタが浮かばないのだろうか。しかし、震える右手の指がスマホに伸びている。

「どうしたの?」

「私は……尊厳を大事だと思ってる」

「え?」

「このネタは……いいかもしれない。でも優勝してしまったら……私のネタだとわかってしまう。それでもいいのか、悩んでいるの」

 なんという強者の悩みだ。まあ、これまでの福田さんからすればただの過信の可能性が大きいのだけれど。

「刃菜子ちゃん。勝負師ならば、ためらうことはないよ」

 武藤さんの目がとても優しい。

「僕もそう思うよ。指さなかった手の後悔は、ずっと残るものだよ」

「……わかった」

 震える右手を左手で支えて、福田さんはネタを世界へと発進した。。

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