第2話

「棚橋さんには負けられなーい!」

 僕の部屋には福田さんと美鉾、そして武藤さんが集まっていた。美鉾以外は電笑戦に出るメンバーである。ちなみに栗田町子女流七段は、「私本当の本当にネタ将じゃないから残念ながらむりー☆」と言って断ったらしい。賢明だが、その受け答えはネタ将的にはネタ将である。

 本当に信じられないのだが、電笑戦は天守閣に集まってみんなでスマホから投稿するらしい。そんなんで番組として成立するのか? そして対戦相手にはnetanzuのほかに、東関東電子工科大学教授とお笑い芸人が作ったネタ将ソフトの三つが参加するという。

「いやあ、相手はソフトだしなあ」

「ソフトと言えども人間がいなければ動かないのよ。人間相手と思って戦わなきゃ」

「負けず嫌いだなあ」

「悪いの」

「いえ、棋士としては当然です」

 本当はネタでどれだけ負けても問題ないと思ってるけど。

「まあまあ、これは学術的なものでもあるから。果たしてお笑いを機械がどこまで理解できるかというね」

 武藤さんはやたら落ち着いている。この先輩はネタ将なのに尊敬されるという世にも珍しいタイプの棋士である。

「netanzu以外のソフトも公開されてますね。笑将翁わらしょうおう……名前がまじめだ」

「いかにも大学の先生が考えそうな名前ね。えーと、東関東大学の聖橋きよはし博士作の学術的に洗練された人間の笑いを熟知したアルゴリズムが……以下略したくなるつまらない説明ね」

「笑いは緊張と緩和というからね。ここからの落差が狙いなんだろう」

 武藤さんが言うと説得力がある。騙されている気もする。

「三つめはニシアカシネタシショウ。タイマーアップ所属お笑い芸人たち監修によるネタ将ソフト。面白そう」

「なんで西明石?」

「兄さま、そういうところに意味を求めてはいけません」

「うーん」

 明石と言えば、将棋棋士を多く輩出している町である。しかし西明石と言われた途端に、ただの駅名のように感じてしまう。なんとも絶妙と言えば絶妙だ。

「まあ、バランスもいいかな。すべてが爆笑という感じではなさそうだ」

「それがいいんですか?」

「いいかい、人は最高峰のものばかりを見ると疲れる。落差によって低くても高いと錯覚することがある。つまらないネタがあればこそ、面白いネタは輝くんだ」

「はー」

「だからこその加島君なんだよ」

「はー。え?」

「武藤・福田コンビが輝くには、普通の人間が必要なんだ」

「うーん? それはつまり、僕がネタ将じゃない、まともな人間という意味で?」

「ネタ将になれない人間という意味よ」

「なれなくていいけど……」

 とりあえず、ネタ将たちにも僕は一般人と認識されているようで安心した。



 SNS上では相変わらずnetanzuが猛威を振るっていた。いや、RTやいいねされることをそう表現していいのかわからないけれど。

 AIは画像生成や自動チャットなど、様々な分野で急速に発達している。将棋界でも将棋ソフトは不可欠なものとなっている。いつかネタ将も、AIを使うのが当たり前の時代になるのだろうか。

 それで受けてもなあ、という気もする。しかし棚橋さんの目は本気だった。たとえネタ将のようなよくわからない世界でも、「高み」というものが存在するのかもしれない。そしてそこに至るには、AIの力が必要なのかもしれない。

 これは、ひょっとしたら歴史に残るかもしれない戦いなのだ。できれば僕の名前抜きでお願いしたかったけど。

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