ネタ将対メカネタ将

清水らくは

第1話

「大変なんだから!」

 僕の部屋で福田さんが叫んだ。僕意外にも妹の美鉾、そして女流棋士の棚橋牡丹女流初段がみな、びくっとした。

「どうしたの。何があったの」

 急に会議があると言い出して、福田さんは棚橋さんとともに僕の家にやってきたのである。なんでここなんだと思ったが、美鉾がいないといけなかったらしい。

「知ってる? netanzuネタンズ!」

「あー。よく見るね」

 netanzuは最近SNS上で面白いことをよく言っているアカウントである。

「悔しくないの?」

「え?」

「リツイート数とか! 圧敗!」

「わかる」

 美鉾だけがうなずいている。

「僕はネタ将じゃないから……」

 福田さんと美鉾の冷たい視線が刺さる。二人はどうしても僕をネタ将にしておきたいらしい。

「皆さん気づいていないのですね」

 そんな中棚橋さんは冷静だった。眼鏡をくいっと上げる。

「なにがだい?」

「名前からもわかります。netanzuは人間ではありません」

「大喜利妖怪?!」

「美鉾さん、そんなものはいません。いいですか、netanzuはAIです」

 三人は顔を見合わせた。

「またまたー」

 僕の言葉にも、棚橋さんの表情は真剣そのものだった。

「お絵描きですらAIがする時代です。小説だって書きますよ。何も不思議なことはありません」

「いやでもなんで棚橋さんがそれを知ってるの?」

「私が作ったからです」

 三人の動きが止まった。声を出そうと思ったが何を言ったらいいのかわからなかった。

「牡丹ちゃんが、ネタ将AIを作った……?」

 福田さんが何とか声を出した。

「そうです」

「何で?」

「福田さん……あなたに勝てないと思ったからです」

「え?」

「多分私は、将棋はもっと強くなれます。でも……ネタではどれだけ頑張っても福田さんを抜けないと思いました。天才だから」

「よくわかってる」

 そうか?

「だから……AIで勝とうと思って作ったんです。学校の授業で」

 授業で?!

「……つまりこれは、宣戦布告ね」

「そのように受け取ってください」

 二人の間にバチバチとした火花が見える。

 なんで?



「大変なことになりましたね、兄様」

「え? そうかなー」

 なんというか、たいして一大事には思えない。まあ、AIは便利だよね。

「このままいけば、ネタ将は不要になってしまいます」

「そうなの?」

「面白いネタはすべてAIに」

「面白いならいいんじゃない?」

「ネタ将活動は自己顕示欲の発露ですよ! 見て楽しむものじゃないんです!」

「悲しい……」

「netanzuに好きにさせるわけにはいきません」

 こうして、ネタによる人間と機械の戦いは始まったのである。

 と言っても、やっていることはいつも通りだ。



 会長に呼び出された。嫌な予感がする。

「ふふふ、加島君。その顔は予想していたね」

「ドラマはもう出ませんよ」

「もっと大きな話だ。なんと、電笑でんしょう戦の開催が決まった」

「でんしょうせん?」

「ネタ将の大会だ」

「帰ります」

「待って待って。君はネタ将チームの監督だぞ。君たちの活躍あってこそのイベントなんだ」

「はあ」

「聞いたぞ、棚橋さんがネタ将AIを作ったんだってな? そこで、この企画が立ち上がったわけだ」

「いやあ」

「テーマは『ネタ将対メカネタ将』!」

「そんなあ」

 発想が狂っている。ネタ将は決して表に出してはいけない存在なのに。

 しかも僕はネタ将じゃない。

「もう決まったのだからな。ネッタフリックス配信番組だ」

「えー」

「会場は佐田原城天守閣。すごいだろう」

「何してるんですか。もっと他にお金の使い道もあっただろうに……」

「そう言うもんじゃない。コンテンツとしての将棋は笑いに全く及ばないんだぞ? AIに対してもだ。これは、将棋界のチャンスだ」

「ネタ将が?」

「ネタ将がだ」

「そんなバカな」

 バカな話だが、決まってしまったのである。


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