第3話 国王・リカルド三世

――王都・王城。


 パーティーが始まる少し前。城下街を一望できる城の執務室でその王は呆然としていた。


「どういうことだ……? なぜ儂の部屋が書類で埋め尽くされている」


 メルベーユ王国、国王・リカルド三世。


 銀髪碧眼の美丈夫。威風堂々とした佇まいは、為政者の風格を醸し出している。


 リチャードの父親であり、十数年前に自国と隣国との間で起きた戦争を終結させたことで名をはせている。地方領主に権力がある封建制の王国においてもその政治力は非常に高い。


 王国を代表する大領主と言えどリカルド三世の意向に逆らうことは出来ない。そもそも逆らう気すら抱かせない絶対の君主。


 そんな王の仕事部屋は、なぜか書類の山が連立する修羅場へと様変わりしていた。


「見ての通り仕事の山です」


 リカルド三世のすぐ後ろに黒衣の宮廷着を着こむ男が立っていた。


 ゆったりとした袖から見える腕はまるで枯れ木のようにやせ細り、頬はこけ、目の下のは不健康そうな隈が浮かんでいる。ギョロリとした丸い瞳には一切の生命力を感じない。


 王国宰相アルフォンソ・ローズフィート公爵。イザベラの父親。


 リカルド三世が王国の表の顔なら、アルフォンソ宰相は裏の顔。これまで彼と敵対した者達は立場を追われ、王都を追放されてきた。また、不幸な事故によりその命を落とした貴族も数知れず。


 リカルド三世を旗頭とした国内最大の政治派閥である国王派の中核であり、政治軍事問わず宮廷に挙げられる全ての案件は彼の裁量によって国王に報告される。王国が進むべき方針はリカルド三世の意思により決定されるが、宮廷はアルフォンソ宰相の意思で動いていると言っても過言ではない。ある意味で、その政治的影響力はリカルド三世をも上回る。不気味なその見た目と、冷酷で無慈悲な有様を揶揄され死神宰相という異名で呼ばれていた。


 最も、幼馴染で同じ戦場に立った戦友でもあるリカルド三世にしてみれば、死神と呼ばれ恐れ慄かれている男は、ただの不健康で不愛想な悪友に過ぎない。


「仕事って、こんな日にか? というか、仮に別の日だとしても限度があるだろ。なんだこの量。儂の頭より高く積み上げられた書類群とか恐怖でしかねえよ」


 王立魔法学園の卒業式は、国中から有力貴族が集まるれっきとした国事である。参加する来賓と保護者達は、表面上は笑顔で子供たちの成長を祝いつつ、見えないところでは互いの足を踏みあうドロドロの社交界に勤しむ。


 例年、宮廷を始めとした政府機関はそんな社交界に向け人員を動員するため通常の政務を休止していた。国王と宰相も本来はその予定だった。特に今年は自身の子供が卒業生として参加する。


 リカルド三世は、この日を特に楽しみにしていた。それが急に仕事を押し付けられれば怒りと困惑を抱くのも当然だろう。


「せめて別の日に」

「申し訳ございませんが、無理です。こちらの書類達は本日中に処理を終わらせる必要があります。なので、さっさと仕事を始めてください」

「お前、ふざけんなよ!」


 ダン、と国王が怒りに任せ大きく地団駄を踏むと、近くにあった書類の山が崩壊する。崩れた中から一枚が宰相の足元に滑りこむ。それを宰相は拾い上げた。


「本日は殿下の晴れ舞台。記念すべき日です。それと同時に我が娘と義息子むすこも卒業を迎えます。それに騎士団長の所の倅もですか。時が経つのは早いですな」

「なら尚更――」

「ただ一つだけ疑問なのですが」


 その瞬間、部屋の気温が瞬間的に冷えた様な錯覚をリカルド三世は覚えた。それが目の前の宰相から放たれる極寒をも感じさせる気配だとすぐに理解した。


 宰相は、持っている書類をぺラリと裏返し、内容がよく見えるように突き出した。その書類の書き出しには『王立魔法学園卒業記念祝賀会に関する追加予算の申請書』と書かれている。


「なぜ私の知らないところでこのようなふざけた指示が出されているのでしょうか?」

「……」


 国王は、答えない。否、答えられない。ただ、反射的にそっぽを向いてしまう挙動が全てを物語っている。


「内容を確認しますと、驚くべきことに元々予定されていた予算より実に20倍もの金額が使用されています。このような事前代未聞です。……さて、なぜこのような事が起きてしまったのでしょうか?」


 王国の予算は、宰相を含めた財務官たちが諸々の数字を捻出し、必要な分から少し色を付けて各部署に分配している。なので、本来一つのイベントにそれだけの増額をすることはない。つまり、コレは紛う事なき不正である。


 最も政治とは、不正と負債で出来た氷の土台の上に、見栄と正義という砂上の城を作るようなもの。貴族官僚大臣文官騎士軍部など、政治と軍事に関わる大多数の人間は何かしらの不正に手を染めている。


 そもそも王国には、国王を裁く法はない。


 だから、国王が不正を働き、国庫(国民の血税)を無断で使用しようと咎められる筋合いはない。


 だが、何事にも限度というものがある。今回は、限度を大きく超えている。


「……」


 リカルド三世は、大量の汗をかきながらもやはり答えない。言外に自白している君主をジトリとした目で見つめながら、宰相は冷たい怒りを滲ませた声音で続ける。


「こちらに用意した書類たちは、そんな事情より起きた各部署の混乱に関する陳情書と年間予算の再計画案でございます。本日中に、それもできるだけ早く、処理をお願いしまう」


 リカルド三世は、間違いなく歴史に名を遺す傑物だ。しかし、その性質は聖人君子とはほど遠い。むしろ、どちらかと言えば俗物に近い。自分の息子可愛さに国庫を無断で使用する迷惑な親バカだ。


 無駄に能力が高い為、宰相が気が付いた時にはすべてが手遅れだった。今更変更はできない。まんまとしてやられた宰相は、そんな君主の暴挙を罰する為に全力の嫌がらせを企てた。


 罪には罰を。愚か者には報復を。やられたら事は色をつけてやり返す。それが死神宰相アルフォンソの信条である。


「さぁ己が罪は己が血を持って贖ってもらいましょうか」

「待て待て! それとこれとは話が違うだろ!? ……よし分かった、ここは一度冷静になって話し合おう!」

「問答無用です」

「待て待て! わ、儂にこのような真似をしてただで済むと思っているのか! 儂は国王だぞ!」

「陛下がお望みならばこの首喜んで捧げますが、その時はこの書類の山は陛下おひとりでお片付けくださいね」

「ぐぬ……。……儂がここで仕事をするということは、其方も巻き添えだぞ! それでもいいのか!?」

「ご安心ください。元よりそのつもりです」


 死神宰相は、嫌がらせに全力をかけていた。たとえ自身も娘たちの晴れ姿を見ることが出来なくとも関係がない。宰相にはそれ以外の選択肢などないのだから。


「……わかった、やってやるよ。でも、その前にちょっとお手洗いに行ってくる!」


 宰相とは長い付き合いのリカルド三世は理解する。最早何を言っても説得は不可能だと。ならば、逃げ出す方が話が早い。トイレに行く振りをして王城からの脱出ルートを脳内で模索する。


 しかし、付き合いが長く、相手の心理を理解しているのは何もリカルド三世だけではない。


「念のために申しておきますが、この部屋の外には騎士団長を始めとした第一騎士団が待機しています。学園の警備で騎士団が出払ってる今、王城の警備はやや不安が残るでしょう。なのでせめて陛下の身の回りだけで十全にお守りする為、彼らには片時も目を放さぬ厳戒態勢を命じております……どうぞご安心ください」

「……」


 ドアの取っ手に手をかけていたリカルド三世はそっと手を離し、とぼとぼと自身の席に戻っていく。さしもの国王と言えど、厳戒態勢でいる騎士団の精鋭相手に逃走は不可能である。


 しかも自身の安全を大義として掲げられれば、命令してどかす事もできない。完全に詰みである。


「おや? どうかなさいましたか陛下? まだお手洗いにはいっておりませんよ」

「……もうよい! それよりさっさと始めるぞ、ウガ―ッ!!」


 リカルド三世は泣く泣く書類の山に立ち向かい、宰相は内心で勝利に酔いしれながら次々と仕事を片付けていく。


 それからしばらくして。書類の山はどうにか半分にまで減っていた。部屋の中にインクの臭いが充満したことにより、換気と休憩の為2人は別室にて紅茶を傾けている。


「時が経つのは早いものだ。いつの間にか儂らは老いぼれ、代わりに子供たちが次世代を築いていく。卒業式が終わればリチャードとイザベラの婚姻もすぐだ」

「この婚姻により我がローズフィートと王家の繋がりはより強固で強靭となるでしょう。めでたいことです」

「……お前には情緒が足らん」


 リカルド三世は、子供の成長を祝いつつも巣立ちの時が近く、嬉しくもどこか物悲しい複雑な心境の父親トークをしたいようだった。宰相はそれを理解しながら政治一色の答えを返す。返事をする辺り大分マシにはなっているが、どうやらまだ怒りは収まっていないらしい。


「ゴホン……ともかく。これでリチャードにケチをつける古狸どもを黙らせられる」

「純血主義のお歴々は、混血である殿下に従う事に忌避感を覚えている。長い歴史を誇る王国にとって致し方のない事なのでしょう。陛下もそれを理解したうえで殿下をお世継ぎにと定めたのでしょう」


 メルベーユ王国は千四百年の歴史を誇る大国だ。その始まり。千四百年前に実在したと伝えられている始祖。彼と彼の血筋は純血と呼ばれ、王国民全土に信仰される特別な存在だった。特に王家と四大公爵家は、それぞれの家々と結婚を繰り返し、純度の高い血を現代にまで残してきた。


 彼ら純血の血筋は、末端であろうと金貨一千枚以上の価値が付く。


 歴代の王家や四大公爵家の当主たちには国を破滅に導かんとする暗君もいた。それでも貴族たちは当たり前のように暗君に従い、支え続けてきた。


 それは、ひとえに彼らが純血だったから。


 純血でさえあれば、どんな愚者でも貴族たちは命令に従うだろう。逆にどれだけ優秀な賢者でも、純血でないのなら貴族がその者に従う事はない。


 王国にとって純血とは、何者にも代えられない最上位のステータスだ。


「……かつての戦争により我が国は、大きく国力を落とした。あのまま続けていれば周辺諸国に攻勢を仕掛けられ隣国共々王国は滅んでいただろう。故に、儂は隣国の姫との政略結婚をのみ、和平を成立させた」

「英断ですな。戦争は終わりを迎え、代わりに隣国の姫が嫁いできた。こちらからも何人もの令嬢を差し出しようやく和平が成った。全て陛下のおかげです」


 十数年前に終結した隣国との戦争。リカルド三世が即位する前から続く泥沼の戦争は、互いの国力を蝕み続け、ついには勝者無き終結を余儀なくされた。


 不完全に終わった戦は多くの遺恨を残す。戦場で矛を交えて来た戦士にとって、目に見えない国の滅びよりも、目前の敵を殺す方が重要なのだ。


 仲間の敵を討て。父の兄の子供の仇を討て。村を焼かれた。だから町を焼いてしまえ。略奪をされた。だから奪い犯し尽くせ。我らが流した血よりも、もっともっと多くの血を大地に染み込ませろ。殺せ殺せ殺せ――とにかく敵をぶち殺せ!!


 ……平和を築くには犠牲ではなく象徴が必要だった。その為の政略結婚だ。


 政略結婚と言えば聞こえはいいが、実情は人質の交換である。もしもどちらかが和平を破れば、人質の姫と令嬢たちは無残にも殺害されるだろう。


 それが嫌なら是が非でも平和を守れ。


 ……平和を維持するのに最も有効な抑止力は脅迫である。


 これにて、戦争は本当の意味で終結をした。リカルド三世の決断に誤りはなかった。


 ただ一つ問題だったのは、国内の純血主義者たちが混血であるリチャードが次の王位に就くのに猛反対したことである。個人よりも血を重視する純血主義者にとって、リチャードは自国の王族である前に混じり物の混血でしかない。


 純血主義者は、まだ幼いリチャードに向かって声高々に宣言した。


『混じり物の王子なんかに従うなんて死んでも嫌だ!』


 リカルド三世は宰相と協力しそんな政敵を黙らせてきた。


 ちなみにリチャードに向かって暴言を吐いた貴族は運悪く不幸な事故に遭い本当に死んでしまっている。宰相が指揮を執り調査したが、事故の詳細は不明なまま迷宮入りした。更に事故で死んだ貴族の一族は、権力争いに敗れ王都から去っていった。


 しかし、このままでは遅かれ早かれリチャードの治世は混迷を極めるだろう。そこでリカルド三世は一計を講じた。それが純血貴族筆頭である公爵家の姫。イザベラとの婚姻である。


『純血たるイザベラとの間に子が生まれれば、子の血は浄化される。王家の純血は蘇る』


 魔法が発達した代わりにそれ以外の文明が開化しない王国にとって、血とは一つの概念だ。栄養素や酸素を体中に循環させる体液なんて見方はしない。


 半分になった純血の血は、より純度の高い純血と交わることで4分の3まで回復する。それを何代も続ければ元の純血に戻ることができる。少なくとも王国貴族にとっては、それが真実だ。聞こえのいい虚構真実だ。


「気がかりがあるとすれば横やりが入らぬか、でしょうな」

「その為の王命による婚姻だ。もしリチャードたちに手を出そうものなら王命に逆らった反逆者として死罪にしてくれる」


 リチャードにとってイザベラとの婚約は、自身が王になる為の必要不可欠なプロセスだ。その見返りとして公爵家は絶大な権力と国母という立場を得る。公爵家、もしくは宰相本人に恨みを持つ政敵がイザベラたちにちょっかいを出す危険性があった。


 それを防ぐため、リカルド三世はこの婚姻を王命にて命じた。


 王国にとって絶対の命令である王命に逆らえば、特権階級に守られている貴族であろうと罪に問われる。反逆罪に問われた場合、死罪も致し方ないだろう。


「……随分と騒がしいな」


 ふと、リカルド三世は部屋の扉に視線を向ける。


 外から聞こえる喧騒は耳を澄ませば宰相にも聞こえてきた。ティーカップをテーブルに置き立ち上がる。


「私が確認してきましょう。陛下は万が一に備えてください」


 格式高い王城が喧騒につつまれるという事は、のっぴきならない事件が発生しているということ。もしも賊が侵入したとなれば君主を逃がす為、家臣が肉の壁となるのは当たり前。宰相の判断に間違いはなかった。


「馬鹿を言え。虚弱で脆弱なお前が出たところでなんの役にも立たん。それならまだ儂が戦った方がマシだ」 

「……」


 枯れ木のような細い宰相の腕とは違い、国王の腕には確かな筋肉が存在していた。流石に本職相手に勝ち越すことはできないが、こそこそ隠れるしか能のない賊ならば十分対処できる。


 リカルド三世は立ち上がりポキリと首を鳴らしストレッチを始めた。


 ほどなくして喧騒は段々と近づいてきた。扉が勢いよく開き、よく見知った赤毛が部屋の中に転がるように入って来た。ノックや挨拶もなく実に無作法だ。


「失礼します! 陛下火急の事態です!」


 騎士団長アイゼン・モーガン。ラルフの父親。モーガン家特有の赤毛には色違いのメッシュが入っている。


 死神宰相には及ばないが、普段から不愛想な騎士団長がここまで取り乱すのは珍しい。それだけ緊急なのだろう。


「許す。話せ」

「はッ!」


 言葉短かに報告を促せば、騎士団長は明確な視線で、それでいて困惑した表情で報告を始めた。


「学園より急報です! パーティーの開始時、リチャード殿下が婚約者のイザベラ様に婚約破棄を宣言! 会場は大騒動になっていますッ」


 悲鳴のような簡潔な報告を聞き、国王の思考は一時的に停止した。もしここが戦場なら致命的な隙だっただろう。


「――……な」


 一時停止した思考が再起動を始める。まだ動きの鈍い頭で騎士団長の言葉を何度も反復し、単語をかみ砕き、ようやく内容を理解する。


 目は見開かれ、唇はわなわなと震える。そして、国王は、心底からの驚愕に叫んだ。


「な、なんだとおおおおおおおおお!?」


▽ ▽ ▽


――王城・玉座の間。


 騎士団長よりもたらされた(正確にはパーティーに参加していた大臣から)知らせにより王城は騒然となった。それでも彼らは国を代表する為政者。ただ慌てて騒いでるだけではない。


 最初に明確な指示を出したのは宰相だった。城に残った部下たちに命じすぐさま行動に移る。


 その後に国王が正気を取り戻し、各所に命令を下した。


 報告の真偽の確認。より詳細な情報の取得。関与した者の洗い出し。事件そのものの全貌。リチャード含めた関係者たちの身辺調査などなど……。


 やるべきことは多くあり、どれもが火急の必要性があり、しかし人員には限りがある。そんな中、最も重要性が高い事案はリチャードに対する尋問だった。


 王命による婚約の無断破棄未遂。それは、父親である国王に対する明確な反逆行為。捨て置くことも放置することもできない。


「リチャード殿下入場!」


 尋問のた用意した玉座の間には、宰相や騎士団長を始めとした王城に残る人員の多くが参列している。


 万が一、リチャードが強行に走ったとしても余裕で制圧できる戦力が揃っている。


「リチャード殿下、そこで停止を」


 赤い絨毯の上を真っすぐ歩いてくるリチャードは、玉座より10メートルは離れた場所で停止する。


 一度小首を傾げるもリチャードは粛々と臣下の礼をとった。


「お久しぶりです父上。なぜかはわかりませんがお呼びとあり、リチャードただいま参上いたしました」

「……」


 一見、変わらない息子の様子に安堵を覚えるも、すぐに気を引き締める。


「……リチャード。久方ぶりに会ったお前と募る話をしたいところだが、今はそれどころではない。わかるな?」

「……はい無論です。なにやら城の中が騒がしいようですね」


 白々しい返答だ。


 リカルド三世の中で、リチャードに向けられる疑惑はよくて半々といったところ。まだ油断はできない。


「お前が学園のパーティーで騒動を起こしたというのは真か?」

「騒動、ですか。失礼ですがそれは何を指してでしょうか? パーティーを台無しにしたという事であれば、僕ではなくそこにいる大臣たちのせいです! 彼らが乱入したせいでせっかくのパーティーが台無しです!」


 不満そうに眉を寄せるリチャード。視線の先には、パーティーに参加していた大臣たちがいた。思わぬ返答によりリカルド三世は小首を傾げた、


「違う。そうではない。その前だリチャードよ」

「その前、ですか?」


 本気なのかそれとも揶揄っているのかリチャードの反応は難しい。ここはもうストレートに聞いた方がいいだろう。


「イザベラとの婚約破棄の件だ。なぜそのような暴挙に出た。答えよリチャード!」

「ああ、その話ですか」


 合点がいったという風に納得するリチャード。その表情は詰められているというのに実に嬉しそうだ。


「すでに陛下のお耳に入っていたのですね。ならば、話は早い! 此度、僕は真実の愛を見つけたのです!」

「……なに?」

「僕は……いいえ、僕たちは、数々の苦難を乗り越え真の正義を貫き通しました。友たちと結ばれた友情は何者にも砕けぬほど頑強で、愛しき聖女アリスを守ったのです。全てはイザベラの魔の手からアリスを守る為、そして勝利と偉業を成したのです! 全ては真実の愛のため!」

「……」


 意味がわからなかった。言葉はわかる。ひとつひとつの単語も理解出来る。読解力に問題はない。それでもやはり意味がわからなかった。


「……。……お前は、何を言っているんだ……?」

「父上のお聞きになったイザベラと婚約破棄をした理由です。ああ、そうだ。僕たちは奴の悪行の数々を告発します。詳細はシーザーが紙にまとめて――」

「違う。そんなくだらない戯言を聞いているのではない! 儂はお前の本心を問うている!」


 王命を破れば最悪命を取られる。恋だの愛だのとくだらない理由で犯していい罪ではない。それが理解できない教育を施した覚えもない。


 リカルド三世は、息子の言葉が1から10までわからなかった。


 反逆罪は王国で最も重い罪の一つだ。自分の命どころか連座で一族や家族の命を危険に晒す。


 だから決して。決して愛だの恋だのというふわふわした理由で王命を破ってはいけない。そんな物のために危険を犯すなどただのバカではないか。


 王国唯一の王子が、平和の象徴が、馬鹿であっていいはずがない。


 固唾を飲みこみ、息子の言葉をまつリカルド三世。やがて、リチャード王子は満面の笑みを浮かべて言った。


「フ。僕の本心はただ一つ。アリスを愛しています!!!」

「この大馬鹿者があああああああああああああああああああああ!!!」


 国王の怒声は、城中に響いた。

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