【第9話】  満点

 不特定人物銃撃事件 2時間前


「やっと、目を覚ましたか」


 死体が話した。かつての仲間、盟友達が呪いの言葉をかけてくる。


「が、がああああああっ!」


「落ち着け、もう死体はないさ。今は車の中だ」


 自分は化け物に匿われていた、に過ぎなかった。もしくは、餌にでもするつもりだったのだろうか。

 それを、調子に乗った自分は逃走なんてものを謀って、愚かな事をしてしまった。やがて、化け物に追いつかれ、命を奪われるに違いない。



 ――死にたくない、死にたくない



「いやだっ、いやだぁあ!嫌だああああ!」


「ふ、相当恐ろしかったのか。失禁なんてしてくれるなよ?案外値をはる車なんだ」


「あがっ、ごふっ、げほごほっ」

 

 咳は止まず、涙目で、辺りに亡骸が眠っていないことを確認する。


 ここは地獄ではない。それが理解出来た途端、体の力が抜け落ち、座席にワタルは倒れこむ。


「二度寝か?目を覚ませ、愛しの女のお迎えが来るぞ」


「な、や、やめろぉ!」


「もう、約束はしてある。すまないね、今は待ち合わせ場所に向かってるのさ」


 死、を覚悟した。ワタルはすでに美奈の殺戮、美奈の起こした惨劇、双方を目の当たりにしている。

 無理だ、あの化け物と対峙して待っている未来、それは死期の来訪だ。拳で穿たれ、脚で貫かれ、そして死を味わう。

 

 末恐ろしい男の筋書きに、ワタルは身を震わせ、生を願う。


「お、降ろせ!降してくれ!なぁ……なあ!」


「落ち着け、何度言えばわかる。君がアイツに殺されることなど有り得ない。殺される可能性があるとするのなら、それは私の方だ」


「そんなの分かんねぇだろ!」


「分かるさ。今の君のがわ、千丈治 渡。それはあの女の愛する人、そのものだ」


「違うんだ、追い出されるんだよ。俺はそのワタル、じゃないんだ。名前もないんだ!」


 きっと、この体からずり降ろされる。名もない男は殺され、名のある男だけが生き残り、未来を育むのだ。

 前者である自分はあの惨劇のように殺される、あの化け物に喰われる。


「――どうやって追い出す。出てってくれって女の方が懇願でもするのか?」


「そ、それは」


「不可能だ、現実的じゃない。安心しろ、そんなことは天と地でもひっくり返らない限り、絶対、起きない」


 そうなのか。この世界でそのようなことは起きないのか。それを確認した男は、安堵に息を落ち着かせる。

 冷静に考えてみれば、当然の事であった。


 が、ここで問題が出てくる。


「いや、待てよ。それじゃ、なんでアイツに会いに行くんだよ!殺されるかもしれないんだろ?」


「少しは饒舌になってきたか?まぁ、理由は簡単、殺すのはこちら側。だからだよ」


「――は」


 何を言っている。調子に乗るな、あの映像をこの男は観たはずだ。美奈が千人規模の軍を単体で一掃し、喰らいつくしたところを。



 ――それを観た上でこの男は何を言っている



「ムリだろ、何を抜かしてるんだ!千人でも一瞬で消えたんだぞ?今引き連れてる奴らが何人か知らねぇけど、無謀すぎるだろ」


「ちなみに、今連れている人数は百も行かないよ」


「ふざけてんのか!てめぇ、死ぬぞ――」


「それを防ぐための君さ。君の前で、あの女は殺しなんてしないからね」


 点と点が結びついたような納得感を得る。

 不吉笑いの浮かべる男の目的が一切読めないでいたが――なるほど、そういうことか。


「……そのための誘拐、ってことか」


「そう、正解だよ。それと、君に頼みがある……聞いてくれるか?」


「聞くわけねぇだろ!あまり調子乗んじゃねぇぞ…」


 傲慢な男の強欲な欲求に、名のない男はすぐさま噛みつき、怒りをぶつける。


「中野美奈、彼女を殺せ」


「は、はぁ?訳が分かん――」


「訳ならあるだろう?彼女は君のかつての仲間たちを殺し、その息を引き取らせた。動機なら充分あると思うね」


「―――」


 反論の余地が見当たらない。そう、だ、あの女はかつての盟友たちを殺して殺して――冥界送りにしてきたはずだ。

 本来なら、自分も男のような発想に至っていなければいけない。なのに、脳では理解できているはずの結論は、心で否定される。


「はぁ――馬鹿なのか?絆されすぎだ、君は。あの女は、殺さないといけない存在だ」


「分かってる!」


「――じゃあ、この依頼を受けてくれるというのか?」


「くっ――」


「いい加減覚悟を決めるんだ。君にしか彼女を止めることはできない」


 自分にしかできない――これが生き甲斐というものなのか。

 死に物狂いで探していた生きる糧、それがあの女を殺す事なのか。



 ――いつかの結婚夢見て!



 婚儀を交わす、それをあの女は願っているというのに、愛されているのに――、


「再確認しておこう。君は千丈治 渡、ではない――君は君だ。記憶が亡くなる前のことなど気にするだけ無駄さ」


「――ああ、そうだったな」


 自分は千丈治 渡、ではない。名もない男、それ以外でもそれ以上でもない。自分は自分だ。

 これほど些細なことを、忘却してしまっていた。

 


 ――俺は俺だ



「覚悟が決まった、と受け取っていいのかな?」


「殺してやるよ」


 悔いがない、と言えば噓になる――女を想う自分は心に居る。

 ただ、想う資格は千丈治 渡のものであり、自分のものなんかではない。自分に愛する権利などない。


 決意を固めた時、銀色に輝く星空は満点の輝きを放っていた。

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