【第8話】 決死の覚悟
――名前は…中野美奈!どうだ?
ありがとう。
――ダメだ、君を外へ歩かせる訳にはいかない
心配だよ。
――ミナちゃんが化け物?失礼な奴も居たもんだな、気にすんな気にすんな
味方でいてくれて嬉しかった。
――ぐっ、美奈ぁ、どうしたんだっ、がほっ
ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい。
――とりあえず、美奈が無事でよかった
君はいつでも優しいね……。
――いつかは、自分を好きになれ
~=~=~=~=~=~=~=~=~=~
「んっ、あっ、うぅん、あ、ああああああ、ワタルっ!」
目の前にワタルの姿は無い。冷めた品々だけが、一方的に私を出迎える。
「あ、え、ねぇ!ワタル、どうして――」
辺りを凝視したところで、ワタルの影は見当たらない。つまるところ、逃げ出されたのだろう。
――すまん
記憶が途切れた、その瞬間のワタルの声が一言一句、脳内で再生される。
「謝んないでよ、悪いのは全部私なんだから」
そう、全責任は私にある。こんな惨劇を引き起こしたのは全て私のせい。
それでも、ワタルなら悪くないと、そう言うと思う。だからこそ、私だけは自省し続けなければならない。
「な、なんで、何かしちゃったの君に――」
かといって、ワタルに愛想を尽かされる、そんなのは嫌だ。
「け、携帯……ワタルなの?」
相変わらず、心を見透かしたような行動を取ってくるワタルには、胸を弾まされてばかりだ。
「―――」
画面を見た瞬間、身の毛がよだち、逆鱗を逆なでされたような屈辱を味わう。
携帯の電話の差出人には『九条 魁人』と、美奈を『化け物』と貶し、ワタルとの関係を無茶苦茶にした、首謀者の名前だけが白く光っていた。
出るべきか否か、本来なら迷わず『否』と答える。だが、ワタルが居ないこの現状において、その選択肢は有り得ない。
魁人がまた悲劇を企んでいる、それだけを疑い、携帯を手に取る。
『――久しぶりとでも言っておこう、ようやく出てくれたな』
「やっぱり、何か企んでるんだ。死ねよ」
『おお、怖い怖い。化け物というのは、まともに日本語も話せないのか?』
「うるさい、アンタに付き合ってる暇はないの。ワタル、どこなの…無事なの?ねぇ、どうなの。教えて!」
『うーむ――君が生まれた場所、これだけ言えば満足だろう』
「わざわざご苦労様、ホント気持ち悪い」
『面白い展開になる、と思っただけさ。彼はね、寝込んじゃったよ。相当ストレスだったのかなぁ?』
「アンタ……なにしたの?」
『――君の全てを、みせたまでさ。怒りで気が狂いそうな感じ、だったよ。じゃあね、最速で、来いよ』
「待って!おい待て!」
想像以上に早く終わる会話に、歯を軋ませる。爪は肉を抉る勢いで手のひらに食い込み、不安と心配で脚はすくんでいく。
急がなければ、ワタルの命が危うい。理解している、承知もしている、ただ、会うのが怖い。
――君の全てを、みせたまでさ
魁人はワタルに一体何をした。私の全て、とはなんだ。
「――どうか無事でいて」
そんな事を考えるには、あまりに心と時間の猶予が足りなかった。
~=~=~=~=~=~=~=~=~=~
周囲の草木は枯れ果て、命を宿していない。日は数刻前に沈み、血痕だけが辺り一面に広がっている。
鮮血の中には、長年残っているであろうものもあった。
懐かしい、と謳うにはあまりにおぞましい記憶の端々が、美奈の頭によぎる。
美奈はここで生まれ堕ち、生を受け、生を奪った。人を殺し、殺し、無意識にまた人を殺し――、
――そんな時だった、彼と出会ったのは
彼は馬鹿だ。こんな私を守って、頭が悪いのではないか。見返りもないし、むしろその逆で、殺されてしまうかもしれないというのに。
そう、思っていた。思っているうちに、いつの間にか想いは芽生え、やがて愛は花を咲かす。
私は彼、ワタルを愛している。記憶を亡くしても尚、ワタルを愛し続けている。
「あ、ワタル……ワタル!」
「―――」
愛人であるワタル、彼はそこに立っていた。一度は逃亡した彼が、またこうやって再会の機会を与えてくれている。
「大丈夫だったっ!?わたし心配だったんだよ、君が急に姿を消すから……てか、私に薬盛ったでしょ?酷いよ、何しようとしてたのかなぁ?なんちゃって、こんなこと言っても困らせちゃうだけだよね。ねぇ、ごめんね、何か嫌なことでもあった?記憶喪失だってのに、君にばっか負担かけさせて――」
愛は止まらない。たった少し顔をみれなかった、それだけなのに涙腺は決壊寸前で、手足は震えて、息が吹き荒れていく。
「君さぁ、いや、ここではややこしいから、化け物と呼ばせてもらおうか?」
つんざくような声、ワタルのものではない、この世で一番耳にしたくない音が聴こえてくる。
「ここに来るまで、観光もしてきたけど、車で走った時間は8時間。それを3時間で、何より、生身で走ってくるって…やっぱ化け物じみてるよ化け物」
「化け物、化け物、うるさいなぁ。不愉快」
当然と言えば、当然だが、二人きりの空間を邪魔する男が――魁人が姿を露わにした。
「アンタ、今度会ったら殺すと――」
魁人が薄気味笑いを浮かべながら、ワタルが居ることをそれとなくアピールしてくる。
本当に許せない。世界と同等に憎い男、魁人はその不快さを余すことなく美奈にぶつけてきた。
「ワタルが居る前では話したくない、よなぁ?自分が人を殺し、あまつさえ彼を殺したことなど――」
「黙れぇえええええ!」
魁人は無邪気な子供のように、騒ぎ立てながら、美奈の暴露を次々と行う。
「それだけじゃない。お前はワタルのかつての仲間たちを次々と殺し回り、殺し、殺し、殺し、命を刈り取ったぁ!重度のメンヘラだよ化け物がっ!」
「―――」
「違う違う、ちがぁああ!」
次の瞬間、ワタルの後ろの影に一つの拳が放たれる。加速度的なその速さは音速をも超えていた。
「え――」
と、同時に一つの腕が拳を軽く制止する。
化け物とあだ名される美奈の手を止めたのは、長年眠っていたはずのワタルの腕であった。
「ご、ごめん。我を忘れてたなぁ。でもね、アイツは殺さなくちゃいけないの――」
「だまれ」
「っ――」
「ここで朗報なんだけど、いくら君、化け物が私を止めようと、もう、全部、大方のことは話しちゃったから」
手遅れだった。ワタルは美奈の全てを知っている。
ワタルのために多くの人間を殺めてきたこと、それを認知されてしまった。
この世には黒歴史なるものが存在するらしいが、そのどれよりもバレたくはなかった秘密を、魁人は全てぶちまけたらしい。
「ち、違うの。全ては君のため、これを話さなかったのも君のため、言ったじゃん」
「もう、いい。俺はこの男の言う、俺のかつての仲間たちをこの目で見てきた。酷い有様だった、あれがお前のしたかったことか」
美奈の胸にワタルの言葉らは次々と刺さっていく。全て、紛れもない事実だ。
ただ、言い訳なら腐るほどにある。彼らは全員悪者、様々な人を殺し、ワタルさえも殺そうとした。
かつては仲間だったというのに――、
「魁人!ワタルに何を見せたの!」
「それはもちろ――」
「死体の山だよ、肉も骨も一緒くたになったそんな山」
魁人の嫌味より先に、ワタルの嘆きが辺りに響く。
不快さは圧倒的に魁人の方が群を抜いているが、辛さではワタルの方が勝っている。
愛しているだけに物凄く、その言葉は胸に刺さってしまう。
「俺は記憶喪失だ、何すれば良いのか一切わからない。そんな時のお前は輝いて見えた。ただただ見惚れてしまった」
「――え、きゅ、急にどうしたの?」
涙腺は決壊した。想像とは真逆の言葉が、別の意味で美奈の胸に、深く刺さる。
「変に距離は近いし、正直お前は俺に好意を抱いてる、そんな風に勘違いもしてしまった――」
素直にうれしい、そう思った。記憶を亡くしても尚、ワタルはワタルなんだと、そう思えた。
「勘違いじゃ――」
「違うだろ?ワタルが好きなんだろ?俺は、記憶を亡くした俺はワタルじゃない。名前もきっとない」
「君はワタルだよ?私の救世主、ヒーローなんだよ」
「――俺は違うよ」
銃口が咄嗟に美奈へ向く、その持ち手の正体はワタルの腕だった。
「え、ワタル。どうしたの?」
「その名前で呼ぶなぁあ!違うんだよ、違うんだよ、俺は俺はぁ!」
美奈の瞳は輝いていた。ワタルの心を疑わず、ただただ信じ続けていた。
この世界にワタルの心は無い。どうしようもない男の心だけが、この体を支配しているに過ぎない。
蒼白の髪は風になびき、一凛の花よりも儚い体は、思わず抱きしめたくなってしまう。
引き金を引けばそれで終わる。抱きしめる権利など持ち合わせない男には、それしか道がなかった。
「こっちをみるんじゃねぇ、あっち向いててくれよ、なぁあああ!」
「い、いやだ。そんなのズルだから」
互いに涙を流す。周りの血を全て綺麗にしてしまえるような、そんな涙が二人の壁をも壊してしまう。
泣き合うことで心を許し合い、慰め合い、それでも、引き金を引かなければならない。
「―――」
「いいよ、君になら殺されても」
二者に強い覚悟が宿る。死を覚悟し、死を与えることを覚悟し――、
「―――」
銃弾は放たれた。
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