【第7話】  絶景

 ――私はこの世界が憎い



「おい、居たぞ、例の女だっ」


「いやいや、こいつがあの?冗談だろ、こんなスレンダー野郎一人に負け――」


 脚は相手のみぞおち目掛けて、音速をも超越する速さで放たれた。

 威力というものは物質量だけでなく、速度にも影響される。それ故、どれだけ痩身な美奈の脚であっても、速度で補完されるその威力は、銃弾を凌ぐ力を持つ。


「んだぁ!馬鹿野郎が……教育がいきとどいてねぇだろこれ。………なぁお嬢ちゃん、あの人は元気か」


「今更なに」


「最期なんだろ、俺今死ぬんだろ、それぐらい教えてくれたっていいだろ」


「――無茶苦茶だよ、だからその命で償え、クズが」


 二者の亡骸はコンクリート状の柱へ容赦なく、叩きつけられる。彼を裏切った、侮蔑した、その贖罪を兼ねて――、


 

 ――私はこいつらが憎い



 皆、彼に助けられ、救われ、希望をみたというのに、己の力では抗えないと理解したその瞬間、容易に見限る。

 人というのは救いようがない、自滅の道へひた走る下衆だ。


「君さ、もうちょっと頭使わないとねぇ」


 一つの人影が音を発する。


「何が言いたい」


「光が無くてよく見えなかったのかなぁ?」


 無数の蛍光灯が光を帯び、その眼下には黒に染まった無数の男らが――無数の銃口を美奈へ向けて、


「総員、撃て!」


 無数の銃弾は美奈に向かって放たれた。


 この状況は人類にとって、絶対的な窮地を約束する。不可能だ、銃弾の数は軽く千を超えていた。

 どのように抗っても、その先で待っているのは死、生命生活を絶たれる、その手向けだ。


「ふっ、どいつもこいつも頭が空っぽなんか知んねえけどよ、こうやりゃあいいんだよ。変に戦力渋るから無様な結果になるんだ」


 だからこそ、その状況へ陥れた側の人類は勝ちを確信する。自惚れ、あぐらをかくことで争いの終結を喜び、尊ぶ。


 だが――、



 『化け物』



 そうあだ名された美奈の前では、その終結は開幕となり、窮地は好機となる。


「う、そ、だろ」


 多数の者が自滅し合い、少数の者は美奈の拳によって滅んでいく。

 そして、その指揮者であった男は絶好調という頂きから、どん底へ突き落される。


「情けないね、何がしたいの」


「や、やめてくれ。お願いだ、満足だろ?これでしばらくお前は生きてられる!そうだろ?」


「こんなの、半年も経てば消えてなくなる。ただあなたを殺しても大きく差はでない、だから見逃してくれって言うんでしょ」


「そ、そうだ、物分かりがいいじゃ――」


 美奈の脚は眼前の醜悪な顔を砕き、跡形もなく崩壊させる。

 

 息を吸って吐く、人を殺すのは相変わらず慣れない、こうやって力を振り切らないと気が済まないのだ。

 


 ――私には亡骸たちが情けなくて仕方ない



~=~=~=~=~=~=~=~=~=~



「この映像はおそらく五分も無いだろう、ただ非常に興奮してこないか。独りの少女が千を超える軍隊を一掃、そうそうできることではない。それが君に伝わってくれてるといいのだが」


「なるほどな」


 美奈の殺戮劇は終演する。人知を超えた力、それを美奈は存分に発揮してみせた。

 自分の勘は何も間違ってはいなかった。あの時感じた恐怖の念は、今も消えることなく体を震え上がらせている。


「驚愕ではなく、納得かい?あの女、君にはこんなことしてないだろう」


「なんで俺がしっぽ巻いて逃げてきたのか。お前が分かってるなら、それが答えだ」


「まぁ分かっていたよ。ただ、もうちょっと興味深いリアクションが欲しかったのさ。冷めたガキは嫌いでね」


「そんなガキをわざわざこんなバケモンから誘拐、保護?そんなことする善人じゃねぇだろ」


「まぁね」


 男が薄気味悪い表情で笑みを浮かべ、脚を踏み込み、車を停車させる。


「到着だ、説明は降りてからにしようか」


「あ、説明って。おい!」


 慌てて、男に追いすがるように下車をし――目前の光景を前に言葉を置き去りにした。


「映像からの聖地巡礼、結構いいもんだろう?」


 十字の道路一面に広がるのは、死体、死体、死体、死――


「う、ぐっ」


「エチケットでも用意するべきだったかな。まぁここは一般人立ち入り禁止区域だ、存分に吐けばいい」


 口内は胃液で満たされ、鋭利な不快感を伴いながら、充血した眼で辺りを見渡す。


 死体、骨、肉、眼、液、虫、死体、死体、死――


「おおええっ、おえっ、おえぇえぇぇ」


「あの救世主と謳われた男がこのザマかぁ、泣けるよ」


 全身から生気を吸い取られるような光景に、咽び泣く。


「君の正体はここで話すとしよう、非常に素晴らしい展開だと思わないか」


 自分への探求心、女への恐怖心、それらは拮抗し、渦巻いている。


 ただ、駄目だ。今の自分に考えるという脳のリソースは残っておらず、視界を拒絶するので限界だ。


「おうえぇ、ぐっ」


「千丈治 渡、これが君の名だ」


 興味関心が無いわけではない。それでも異様な光景に驚愕を隠せず、身を落ち着かせることなどできない。


「君は約17年前に中野美奈、あの悪魔との邂逅を果たす。その当時、君はお偉いさんの坊ちゃんで反抗期かなんか知らないけど、軍を立てていたわけだ」


「だ、まれ、趣味が悪すぎるぞ」


 男は理解できないと言わんばかりの表情で、下から見上げてくる。


「何故だ、知りたかったんだろう?君のその体の本性が」


「それはそうだ、ただ何もこんなところでする話じゃねぇだろ」


 期待、に満ち溢れた笑い声が、辺り一面に広がる。その発生源は絶景に喉を鳴らす、下衆の男のものだった。


「ははっ、はははは、あひゃっ」


「あ、あ?急にどうしたお前」


「ふふっ、くふぅっうふふうふ――本当に君はノリがいい。あの男……その男とは、大違いだよ!」


 たった一人の下衆の拍手が、頭に響く。不気味で、嫌悪さえ纏っている音が――、


「この子達の正体に興味はないか」


「どういうことだ」


「ないか。でも、それを聞いたら、今の君を見た限り、崩れ落ちるんじゃないかぁ?あははっ」


 突然の宣告が行われる。自分が崩れ落ちると、言ったか。そんなこと滅多に起きることでは――、


「これ全部、君の、お友達だから。そう、仲間、大事な大事な一生を生き抜くと誓い合った、盟友ども、とでも言えばいいのかな。まぁ、それをあの女が、ぜーんぶ殺しちまったんだけどなぁああああ!ぎゃははっ」 


「な――」


「ショックか?それは女が人殺しだからか?それとも君が記憶を失ってる時に、お友達を君は全員こうやって見殺しにしてきたからか?どっちなんだよ!」


 意識が遠のいていく。



 視界は歪み、世界が歪み、心が歪み――意識は潰える

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