第14話

 の内、住民達の間からこんな事を話し出す者が出て来た。


う云えばだが、もう十年以上帰って来ない奴が居たなぁ……普通は二、三年で根負けして帰港してしまうんだが。彼等かれら相変あいかわらず波間を彷徨さまよって居るんだろうか」


「ああ居たなぁ……そんな馬鹿が。たしか『俺が新しい町を見附みつけてるぜ!』とか息巻いてたよな。もう十年以上にもるのか。一向に帰って来ないがうしたんだろうな? 何処どこかで遭難でもしてしまったのか、れとも本当に新しい町を見附みつけて居坐いすわって居るのか」


 其奴等そいつらなら帰って来てるぞ、と言う声が何人かの住人から挙がった。


彼奴等あいつらよ、実は時々帰って来てるんだよ。今日も東側に有る港に帰港しようとしてたの見たぞ。彼奴等あいつらな、大言壮語した手前、手ぶらで帰って来るのが恥ずかしかったんだか何だか知らんが、鳥渡ちょっと海が荒れたりするとぐに帰って来ちまうんだよ。まぁ今までは黙ってたんだけどな。しょっちゅう帰って来ては食料庫で食い物頂戴してるんだよ、彼奴等あいつら


う云や時々食べ物の減りが妙に早いなぁ、とは思ってたんだよな。てっきり猫が食べてるのかと思ってたんだが彼奴等あいつらだったのか……仕方の無い奴等やつらだなぁ。しかし八階建ての食料庫じゃ何時いつ見附みつかっても可笑おかしく無いだろう。これからは東側にこっそり食べ物を放置してろうか」


「そりゃ甘やかし過ぎって物だろう。何、の内あきらめて正面から堂々と帰って来るさ。の時に慰めの言葉の一つでも掛けてだけかろう。なぁみんな?」


 うだうだ! と揶揄やゆもった同意の声が住民から挙がる。


の人達には何処どこへ行けば会えるんですか?」と年若い男が訊いた。


 住民の何人かが行き方を教える。次いで「会いに行く気かい?」との疑問の声がした。年若い男はうなずいた。


「少し訊きたい事がるんですよ。れに新しい町を発見して居るかも知れませんしね」


れじゃ俺達が彼奴等あいつらの事に感附かんづいてるって事は内緒で頼むよ。気を悪くするかも知れんしね。れから出来れば元気でってるかうかをれと無く訊いてれないか?」


「構いませんよ」と年若い男は答えた。


 れから集まりは大旨おおむね動物の事に移った。猫と海猫は集まりにいて来て居て、先刻さっきから魚と肉を味わって居た。


 他の住民の話にると猫を餌附えづけしようとした者は可成かなり居て、一度も餌附えづけを試みた事が無い者の方がむしまれだった。


 大半の住民は過去に一度は猫を飼おうと努力した事が有り、中には一度だけではあきたらず二度も三度も挑戦する者もり、現在進行形で挑戦中と云う住民も何人か居た。


 また、猫だけで無く海猫の餌附えづけを過去に実行した者も少数ながら存在した。


 結局の所、猫の場合と同様に悲惨な結果におわったそうだが、の様に動物が人間になついて居る姿を見ると、もう一度だけいから挑んで見るのも悪くないと思うと住民達は話した。


 集まりは粗方あらかた食事がおわってしばらく話し込んでから自然と散会さんかいする様な形で閉じた。


 帰りの舟の中で髭面ひげづらの男が、集まりは何時いつもこんな風にしておわるんだ、と説明した。食事がおわって適当な雑談をして、帰りたくなった奴から順々に帰って行く。


 うして人がすくなくなって来たら今日はこれで御開き、と云う具合で集まりはおわる。年若い男が片附かたづけはうするんです? と訊くと、片附かたづけって? と逆に聞き返された。


 必要無いらしい。考えて見れば、舟も自動的に補充される様な仕組にって居るのだから彼処あそこで使われた鉄板やら網やらが勝手に片附かたづいて居ても不思議は無い。


 あるいは別に片附かたづけられずとも問題無いのかも知れない。いずれにしてもあのまま放置して構わない様だ。


 髭面の男の家に戻って来ると其々それぞれの部屋に行って眠った。


 翌朝、年若い男は猫と海猫を引き連れて舟を漕いで東にむかった。十七階建てを過ぎると松明たいまつが無かった。東区劃ひがしくかく這入はいったのだ。


 真昼であるにもかかわらず、薄暗い印象を年若い男に与えた――松明たいまつが無い所為せいだろうか。


 最東端に着くと、年若い男は舟を北に向けた。船が碇泊ていはくして居るのは北東らしいとの事だった。年若い男は意識を集中して船の位置を確認する。


 たしかに船は北東に近い位置に有った。ついでに船員の数も確かめる。全部で二十一人、男十三人に女八人。思って居たよりも多い。


 船も一隻いっせきでは無く三隻さんせき有った。う云う事なのだろうか。年若い男が船に近附ちかづいて行くと船員の一人が気附きづいた。


 の船員は隠れようともせず堂々とたたずんで居た。年若い男は舟を近場に停めて、歩いて船員に近附ちかづいて行く。


 だ若い男だった。船員は特に戸惑った様子も無かったが、年若い男が旅人である事を告げ、此方こちらでも漁をって居たんですか、と偶然通りかかったかの様によそおって伝えると、途端に残念そうな複雑そうな表情を見せた。


「東側にも人がるとは思いませんでした」と年若い男が言うと、船員は一度口を開いて何か言い掛けた物の、結局は口を閉じてまま顔をわずかにらした。


 しばらうして黙ったまま答える気配を見せなかった。仕方が無いので年若い男が何か言おうとすると、ようやく船員は口を開いた。


「ええ、うなんですよ。まぁ僕等ぼくらの場合は漁と云うより航海なんですけどね。目的地はきまって居ないとうか……旅人さんはりあれですか、町の中心からって来たんですか」


「ええうです」と答えると、船員は真剣な顔をして押し黙った。


 彼は逡巡する様な顔附かおつきで年若い男を見て居たが、やがて意を決した風にう言った。


「なら、貴方は御仲間と一緒に町から出て行くべきですよ、早々に。危険ですからね」


う云う意味です?」


 年若い男が怪訝けげんそうに訊くと、船員は悲しそうな顔をして言った。


「旅人さん、別にいんですよ、白々しい嘘を吐かなくても。うでしょう? 旅人さんは町の人達に頼まれて僕等ぼくらの様子を見に来た……違いますか?」


うしてわかったんです?」


「正直ですね、旅人さん。いですよ、大切ですよ、う云う正直さは。の町の人間とは大違いです。彼等かれらはね、大嘘吐きなんですよ。他人に関心がる振りをして、その実、全く興味を持って居ないんです」


 其処そこで船員は言葉を切った。うしてぐに続きをつむいだ。


の町はね、旅人さん。人が十人二十人居なくなっても気にしないし、困らない町なんです。彼等かれらに取って僕等ぼくらは帰って来ても帰って来なくても何方どちらでも好い存在なんです。要するにうでも好いんですよ、僕等の存在なんて。表向きは考えて居る様に見えますけれど、実際は無関心なんです。他の事に対して異様に興味が薄い。日其の日を楽しくくらせればれで好いと考えて居るんです」


彼等かれら彼等かれらなりに貴方達の事を心配して居るようでしたが?」


「ええ、うでしょうね。実際に訊けば『勿論もちろんだ、自分達は他人の事もちゃんと考えて居る』って返しますよ……でもね、彼等かれらの本質は暇潰しです。れしか無いんですよ。彼等かれらは何かに本気にる事が無いんです。の場限りで面白い事が有ればれで好い。だからね、旅人さん。出来る限り早くここから去った方がい。の人達は貴方に関心が有る様に見えて、実際は何も考えて居ませんから」


うにも要領を得ませんね」


 船員は申しわけ無さそうに苦笑した。


「済みません。鳥渡ちょっとの町にいては色々と有る物でして……」


 埒が明かない様に感じ、年若い男は気にって居た事を尋ねて見た。


れで、結局ここ以外の町や島は見附みつかったんですか?」


勿論もちろんです」


 船員は微笑んだ。


「島は全部で七つ有りました。無人島です。誰も居ません。何処どこに有ったと思います? ここから一番近い島は北東に二日程行った所に有ったんですよ。半年も経たない内に見附みつけてしまったんです。旅人さん、町の人達は二、三年くらいであきらめて帰って来たって言って居たでしょう? でもね、二年も三年も探しまわってりゃ、普通は見附みつけますよ、一つくらいは。要するにね、探す気が無かったんですよ、あの人達は。僕等が出掛ける前、彼等かれらは随分と彼方此方あちこちを探しまわったって言って居るけど、嘘なんでしょうね。僕等が探しまわって居たら簡単に見附みつかりましたから……。彼等かれら、猫に餌附えづけをしたとか言ってませんでしたか? あれもね、嘘ですよ。見てて下さい」


 船員は口笛を吹いた。甲高い音が響く。猫が何匹か寄って来た。船員が撫でると気持好きもちよさそうに鳴いた。明らかに船員になついて居た。


「ね? 彼等かれらは本気で餌附えづけして見せようとかして居ないんですよ。最初は苦労しましたけどね、でも根気強くって居たら案外簡単になついてしまいましたよ。こんなもんですよ。鳥渡ちょっと努力して見れば案外出来ちゃったりするんです。何事も取敢とりあえずって見るのが肝要ですね。勿論もちろんっても出来ない事の方が多いわけですけどね……旅人さんは脱出の糸口をつかみに来たんでしょう? の猫と海猫、調べて見ましたか? だでしょう? って見て下さいよ、馬鹿馬鹿しい程ですからね。呆れる位に簡単な事だったりするんですよ」


 言われた通りに調べて見る。ずは猫の情報を取得する。猫は自ら年若い男のてのひらに体を近附ちかづけて来た。


 年齢二七歳、身長一六七センチメートル、体重五八キログラム、体脂肪率二七・七パーセント。胸廻り一〇〇センチメートル、胴廻り六四センチメートル、尻廻り九二センチメートル……?


 の情報は……と思うと同時に猫の体に異変が起きて、ぐに婀娜あだやかな女の姿にかわった。


 婀娜あだやかな女は飛び切りの笑顔を見せてから掌底しょうていで年若い男のあごを打った。年若い男は倒れそうにる体を必死に支えた。衝撃で視界が揺れて居た。


 婀娜あだやかな女は冷たく「さっさと海猫も戻しな」と言い放った。


 年若い男は頭を振って何とか意識を戻そうと努力したが結局五分程待たなければ集中出来ない状態だった。海猫を大男に戻す。此方こちらは普通に年若い男に礼を言った。


一往いちおう訊いて置きたいんだが」と前置きした上で年若い男は言った。


う云う経緯でう云う事にった?」


「知らないさ」と吐き捨てる様に婀娜あだやかな女は答えれ切り黙った。かわりに大男が答える。


「俺達にもさっぱりわからねぇよ。何時いつの間にか御互い動物の姿にってしまって居てなぁ……で、俺の方は取敢とりあえず町の彼方此方あちこちを飛びまわってたんだ。そしたらの内、猫の一匹が俺の事を呼ぶもんでな。こりゃ姐さんかあんたに違い無いって思ったんだ。まぁ案の定、姐さんだったわけでな。言葉は通じてなかったんだが、の状況を打破するにはあんたの力が必要なんじゃ無いかってのは何と無く伝わった。しばらくは御互いあんたを捜して居たんだが中々見附みつからなくてな。あの黒服の少年の姿も見えねぇし、うしたもんかと思って居たらようやくあんたの姿を見附みつけてな。慌ててって来て――後はまぁ、あんたも知って居る通りさ」


「と云う事は、君達はあの後、ぐに此方こちらに来て居たのか?」


 年若い男は自身が体験した事、力を取戻した経緯を簡潔に話した。


 大男は首を振って、自分はう云う事は無かったと言った。婀娜あだやかな女は答えずに視線をらしたまま黙って居た。


 れ見よがしに不機嫌さを打附ぶつけて来る。言いわけをしようかとも考えたが、う釈明して好いかわからず、結局止める事にした。年若い男は船員に目を向けた。


「知って居たのか? の一匹と一羽が僕の仲間である事を。君は何処どこまで知って居るんだ?」


 船員は答えなかった。年若い男は返答を辛抱強く待った。


 しかいくら待った所で答えは返って来なかった。仕方無しに別の質問を寄せようとした所で意外な人物から声が挙がった。


其奴そいつ――正確には其奴等そいつらか――は、恐らく大体の所は知って居るのさ。だろう?」

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