第13話

 髭面の男は驚愕に満ちた目を向けてた。一方、視線を向けられる猫と海猫は気にする事無く平然として居る。建物の中に這入はいろうとすると猫はいて来て一緒に歩いた。


 海猫はと云うと、三階の窓をこつこつとくちばしで叩いて開けろと要求し、開放すると室内に這入はいって来て使われて居ない机の上にとまった。


 猫は長椅子の上に陣取る。食卓の上には三人分の食事が用意されて居た。料理自体は冷めてしまって居る。食べずに待って居てれた様だった。


 の事にいて謝罪と礼を行うと、客人よりも先に飯を食うような真似は出来ねぇよ、と髭面の男は豪放に笑った。


 冷えては居たが料理はうまかった。猫と海猫は食事中、其々それぞれ鳴き続けた。餌をれと云う事らしい。


 男の妻が生の魚を出すと一匹と一羽は食べずに首を振った。海猫は飛んで来てかまどくちばしで叩いた。焼けと言って居るらしい。


 実際に火であぶると今度は食べた。猫は二尾にび食し、海猫は四尾も食した。人間・動物双方ともに食事がおわるとくつろぎ出した。


 海猫は使われて居ない机にとまって休み、猫はと云うと男の妻の膝の上でうたた寝を楽しんで居る。男の妻は嬉しそうに猫の体を撫でて居た。


 れを髭面の男に指摘されると顔を赤らめてささやく様に「可愛いんだもの」とつぶやき、下を向いた。視線の先には猫が居る。猫はのどを鳴らして心地好さそうに目を閉じて居た。


 が、海猫が一声鳴くと猫は急に目を明けて年若い男を見据みすえて鳴いた。共鳴する様に海猫も声を上げた。矢張やはり何か伝えたい事がるらしい。


 しかし年若い男にはれが何なのか、今一つ把握出来ずに居た。の夜、猫と海猫は鳴き続け必死に何かを訴えて居たが結局何もわからずにおわり、の日はとこに就いた。


 猫と海猫は年若い男が借りて居る四階の部屋までいて来て、猫は長椅子の上に、海猫は机の上にとまって夜を明かした様だった。


 翌日、彼は辨当べんとうを男の妻に作って貰い、昨日乗って来た舟を使って再び町の中心にむかった。


 もっとぐにむかったわけでは無く、一度髭面の男と傘を貰いに海の方へ舟をいで行った。


 猫と海猫は当然の如くいて来る。相変あいかわらず一匹と一羽は年若い男にまとい、何処どこへ行こうとも決して離れようとしない。人になつく動物は町の人々からも珍しがられた。


 って手懐てなづけたのかを彼是あれこれと聞かれて対応に苦慮した。髭面の男が気をつかってみんないさめてれなければ、確実にだけで一日がつぶれて居ただろう。


 年若い男は髭面の男の厚意に感謝しつつ舟を漕いで中心にむかって行く。町の様子は何時いつ見ても何等なんらかわる所が無かった。


 松明たいまつは昼間だと云うのに皓々こうこうとして居る。町の、と云うよりも建物の配置にる物か水路は波も無く穏やかな海面をして居る。


 町の外の波は意外と高かった。最初にの町にって来た時に見た海面はたしか落ち着いて居た様に思うが、今日は妙に荒れて居た。別段珍しい事では無いらしく、る事なので心配する必要は無いと云う。


 はげしい波音が町の中まで滲透しんとうしてる。しかし町の中央にる水面は波一つ無くいでり、音の凄さに反して静まり返って居た。


 町の中心へ行けば行く程静けさが増して行く。やがて十七階建てに到着した頃、音と波とは比例する様な関係にり静寂が周囲を満たした。


 年若い男は十七階建ての建物の船着き場を一周して確認して見た。現在乗って居るの舟はここから持ち出した物だ、ゆえに八つる船着き場の内、一つには舟が停められて居ない筈だった。


 しかすべての船着き場に舟は停められて居る。れはまりここる舟は自動的に補充される仕組しくみであるとう事を示して居た。


 驚くには値しないだろう。一年中ずっと消えずに居る松明たいまつが有る様な町であるから、これくらいの事は当然なのだろう。


 誰かがの舟を返しに来て、ままの建物の中に留まって居ると云うわけでは無かった様だ。年若い男は舟を碇泊ていはくさせて建物の中に這入はいった。


 猫と海猫もいて来た。一往いちおう建物全体の情報を取得し、分析して誰も居ない事を確認しようとする。


 が、うした事か情報を取得しようとすると猫が足許あしもとじゃいて来てうにも集中出来なかった。鳴き声には切実な物が感じられる。だが何に対してなのかかが全くわからない。


 結局、今回も使うのはあきらめなければならないのだろうかと思って居ると、猫の常軌をいっした行動を見兼ねたのか海猫が飛んで来て猫を足でつかんで年若い男から引き離した。猫は不満げな声を上げて居る。


 だが海猫は澄ました様子だ。


 くはわからないが、これは好機だった。年若い男は呼吸を整え素早く建物全体の情報を把握した。


 一階の生命体反応は三、一人と一匹と一羽。二階……零。三階……零。四階……零。五階……零。六階、零。七階、零。八、九、十階も零。十一から十三階も零。十四から十七も零。屋上に反応が……一つ? 思わず天井を見上げた。


 勿論もちろん屋上が見える筈も無い。もう一度確認する。意識をひろげて行き、一階から二階へ、三階から四階へ……そして屋上へ。


 矢張やはり間違いでは無かった。屋上に一人、誰か居る。う云うわけか、誰なのかはわからなかった。若いのか年老いて居るのか、男か女か、何も取得出来ない。


 年若い男は階段を登って上にむかった。一匹と一羽もいて来る。対象とって居る人間は動かない。屋上に陣取ったままだ。


 三階から四階、五階へ。一歩一歩足を進めて行く。十階を過ぎる。動く気配は無い。十五階、先程から微動だにしない。十七階、年若い男は扉の前に立って居た。


 ここを開ければぐ屋上である。相手は此方こちら気附きづいて居るのか居ないのか。かく、一歩も動いて居ない。


 年若い男はしばしの躊躇ちゅうちょの後、意を決して扉を開けた。誰も居ない。左右に目を向ける。居ない。


 扉から屋上に飛び出て探しまわる。見附みつからない。屋上はせまく隠れる事等など出来ない筈だった。


 屋上の真ん中に立ち、年若い男は再び意識を集中させようとした――所でまた猫の邪魔が這入はいった。相変あいかわらず何かを訴えて居る。今度は海猫も参加して鳴いた。


「困ってるみたいだね」


 声がした、聞き覚えの有る声。背後から。


 年若い男はゆっくりと振り向いた。黒服の少年が其処そこに居た。傘を差してたたずんで居る。心做こころなしか少しばかり嬉しそうな様子だった。


「もう少しだね……でも余り助言をするのもうかと思って躊躇して居たんだけど、でもままだと鳥渡ちょっと可哀想だからね、彼等かれらが。だからまぁ、敢えて一つだけ教えて置くよ。君はすでに仲間達と会って居る。以上だ」


 だけ言うと少年の体は徐々に透けて行った。何処どこへ? と訊くと少年はう答えた。


「僕は先に行って待って居るよ。君達なら屹度きっと来るだろう。いかい? 時間制限きなんだ。外部の人間がって来る前におわらせるんだ。でないと――僕はまたひとりで先に行かざるを得ない」


「助言は一つだけじゃ無かったのか?」と年若い男は言った。少年は微笑して答えた。


うだったね。まぁ僕なりの気遣いだと思ってたまえ。待って居るよ、必ず来てれ」


 年若い男が返辞へんじをする前に少年は消えた。少年の言う外部の人間と云うのは間違い無く行商人の事だろう。


 と云う事は最短で後三日……否、二日以内におわらせる必要が出て来た。早ければ行商人は三日後にはって来ると聞いて居る。悠長に構えて居る余裕は無い様だ。


 少年の言葉を信じるなら、仲間とはすでに出会って居る事にる。とすれば可能性は二つ。


 此方こちら気附きづいては居るが接触出来ない状態か、両者ともに気附きづいて居ないかのいずれかだろう。何方どちらにせよ、少々厄介だと云えた。


 むこうが気附きづいて居るのに接触出来ないとすれば、何処どこかに拘束されて居る可能性が高い。すくなくとも声を出す事は出来ない状態に有ると見ていだろう。


 髭面の男の話を信じるなら、ここ最近は旅人は来て居ないとの事だった。捕まって居ると云う事は人為的な物だろう。


 まり町の住民が大男と婀娜あだやかな女を隠して居る事にる。勿論もちろんれが住人全員の共犯にる物か、極々一部の者の手にる物かは断定出来ない。


 両者共に気附きづいて居ない場合、これこれで面倒な状態に有ると云える。何しろ両者共に気附きづいて居ないのなら、むこうも此方こちらも相手が見えて居ない、あるいは認識出来ない状態に有ると云う事を意味して居るからだ。


 一種の透明人間とでも云おうか、此方こちらからは彼方あちらが認識出来ず、彼方あちらからも此方こちらが認識出来ない。


 しかし解決は容易い。年若い男には情報を収集し分析する能力が有る。少年の言葉は、わば御墨きだった。『屹度きっと来る』と発言した以上、現在の年若い男の能力で何とか出来る筈だ。


 大丈夫だ、年若い男は自分にう言い聞かせた。


 とは云え、さてうするかと年若い男は思案した。の町は何だかんだ云って広く、すべての場所を調べるとると結構な時間を食う事が予測される。


 しかも捜す対象は人間。前者の場合なら一箇所いっかしょに留まって居る可能性も高いが、れでも別の場所へ移動して居ないとは言い切れない。


 の場合は一度調べた所も改めて調査し直す必要が出て来る。後者に至っては相手も年若い男を捜して動きまわってると考えた方が自然で、手当てあたり次第に探って見附みつけると云う方法は取り辛い。


 うした物か……婀娜あだやかな女の様に勘が鋭ければ容易に見当を附けられるのだろうが、生憎あいにくと年若い男の勘は其処迄そこまで鋭い物では無かった。


 誰かに協力を要請すべきか? いや、れ以前に町の住民が本当に関与して居ないかうかを確認するのが先か。


 年若い男は太陽に目を向けた。すで大分だいぶかたむいて居る。今日は情報収集を実行しながら帰った方が好さそうだ。れと行商人が来る正確な日時も確かめて置きたい。


 年若い男が立去たちさろうとすると猫がじゃいて来た。の猫も障碍しょうがいの一つに数えるきだろうか? 今まで幾度いくども情報の取得を邪魔して居る。


 これから彼方此方あちこちまわって婀娜あだやかな女と大男を捜さなければならない。の猫(と海猫もだろうか?)は誰かに預って居て貰った方が好さそうだ。でないと落ち着いて情報を取得する事が出来ない。


 年若い男が歩こうとするたびに猫は足許にまとわりいて来て進む事が出来なかった。うしようも無いので年若い男は猫を抱き上げて連れて行く事にした。


 猫は逃げようと抵抗したが年若い男は放さなかった。まま建物の中に這入はいり階段を降りて行く。


 最初の内こそ猫は暴れて居たが十四階を過ぎた辺りからあきらめたのか温和おとなしくなった。うして一階から外へ出た。


 海猫は舟の一つに乗ってり、くちばしで自分の乗って居る舟を突いた。年若い男はの舟に乗込のりこむ。


 舟を漕ぎながら能力を使う。意識を集中させようとすると案の定、猫が邪魔して来た。が、う云うわけか海猫が猫をくちばしで威嚇した。


 これに対抗して猫も甲高い鳴き声を上げ、毛を逆立てて居たが、やがて根負けしたのか不意に横を向いて水面に視線を送り始めた。海猫は一声鳴くと猫と同じ様に周囲に視線を向けた。の威嚇以後、猫は一度も邪魔をしなかった。


 もっと此方こちらも成果無しで婀娜あだやかな女と大男の影も形も見附みつからなかった。ただし一つ有益な情報はつかめた。


 町の中心附近ふきんには人が住んで居ない。すくなくとも住居としては利用されて居ない事が判切はっきりわかった。


 そしてもう一つ、気にる事も有った。松明たいまつは基本的に町の西側の方にしか無い様だった。十五階建て附近ふきんで情報を集めて見た所、西側にむかう水路にしか松明たいまつは設置されて居らず、南北東には松明たいまつ見当みあたらない。


 もっとも年若い男の能力では町全体の十分の一程度しか把握出来ないため、詳しい事はわからないがかく、西の方にしか松明たいまつは無い様だった。


 さらに云えば八階建ては食料庫として使われて居た。十七階建てと一階建ての丁度中間地点にあたる場所に食料は貯蔵されて居る。


 これいては帰って髭面の男に問いただして見ると答えが得られた。何でも行商人は旅人と同じく町の中心から必ずって来るのだと云う。


 まり物々交換を行うには中間地点とる八階建ての辺りが最も望ましい場所であると云うのだ。ゆえに食料は八階建てに貯め込んで居るのだと髭面の男は笑いながら言った。また、住民は町の西側に住んで居るのだとも言った。


「いや、何で西の方にばっか住んでて東の方に住まないかと言うとだな……実は俺達にもわからないんだ。別に変な言い伝えがるとかう云うわけでも無いから、多分、元々西側に住む奴が多くて、れで何と無くみんな西の方に住む様にっちまったんじゃねぇかなぁ。まぁ本当の所は全くわからないんだけどな。でも実際問題、誰も居ない所に住むのは不便だからな。深い意味はるまいよ。松明たいまついては行商人が持って来た物らしいからな……。俺が餓鬼がきの頃には粗方あらかた有ったから、れ以前に持ち込まれた物だろう。あれにいては古くから有るんで正直な所、訊かれてもわからないんだよ、済まねぇな。んー、うだな……今日は随分と早く帰って来たみたいだし、うだい? 一丁集まりに参加して見るってのは? 彼処あそこなら人が一杯いっぱい居るから知りたい事もわかるかも知れないぜ」


 帰宅してから髭面の男に色々な事を訊いて居ると、何時いつしか集まりに参加する話にった。


 年若い男は髭面ひげづらの男を調べて、すでに嘘を吐いて居ない事を確認した。集まりに参加すれば他の人間の事も調べられる、年若い男は二つ返事で諒承りょうしょうした。


 完全に日が暮れた頃、髭面の男は自身の妻と年若い男を連れて舟を漕いで町の外周にむかった。集まりは必ず水揚げを行う町の最も外側の地区でるのだと云う。


 年若い男が外海に面した船着き場に到着した時、すでに鉄板が火に焼べられて居た。鉄板の下ではまきが燃え盛って居る。


 髭面の男に問うて見ると矢張やはまき松明たいまつと同様、決して燃え尽きる事が無い様だった。


 炎はさかり、鉄板に油が敷かれた。肉や野菜や貝を炒めて行く。ほんのりとうまそうな刺戟しげきが鼻から這入はいり、食慾しょくよくたかぶらせた。


 焚火たきびは一つでは無くいくつも存在して居る。鉄板を使うのに使用されて居る物も有れば、網を使って魚を焼くのに使用されて居る物も有り、また何にも使われて居ない物も有る。


 焚火たきびは延々と続き、おわりは見えなかった。うやら焚火たきび松明たいまつと同じく町全体を一周して居るらしかった。


 内側には松明たいまつの無い水路が存在して居たにもかかわらず、一番外側に位置して居るの場所はう云うわけか丸々ぐるりと松明たいまつ焚火たきびあかりに満ちて居る様だった。


 理由を問うても誰も知らない。だが一周して居る事はたしかなようだ。


 年若い男は食事を楽しみながら様々な事を訊いた。


 いわく、行商人が来る正確な日時がわからないだろうか。

 いわく、以前に旅人が来たのは何時いつだろうか。

 いわく、の町の人間はみんな西側に住んでるのだろうか。

 いわく、東側には何故住まないのだろうか。

 いわく、行商人は本当に町の中心地からって来るのだろうか。

 いわく、帰る時もまた来た時と同じ様に町の中心から帰るのだろうか。

 いわく、旅人も行商人と同じく必ず町の中心からって来るのか。

 いわく、海の周りにはの町以外の島や大陸や町と云った物は全く見附みつかって居ないのだろうか。

 いわく、旅人が帰る時は何処どこから帰るのか。

 いわく、の町に住民以外の人間が居る可能性は無いのだろうか。


 質問の答えはうだった。


 行商人が来るのは常に週に一度で時間も正確に正午にって来るから四日後の昼には来る。


 以前に旅人が来たのは三年前。


 住民は全員西側に住み東側に住むかわり者は居ない。


 東には松明たいまつが無く人も居ないので不便だから住みたくない。


 判切はっきりと見たわけでは無いが行商人は必ず十七階建てから出て来る。


 帰る時も同様で必ず十七階建てを使って居る。


 旅人も本人等ほんにんらげんれば中心から来る。


 新たな島や大陸や町を探ろうとする者は何時いつの時代も現れたがほとんどの者はあきらめて数年で帰って来る。


 旅人が帰る時は何時いつも中心にむかって居る。の町は広いので住民以外の者が居る可能性は零では無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る