第58話 仲直り


 さっちゃん先輩と話をしてから、4日が経って、早くも金曜日になっていた。


「行ってきます」


 僕はいつものように家の外に出た。


 6月特有のじめっとした空気に晒され、憂鬱な気分になる。


「今日もいないか……」


 僕はボソッと呟いた。


 月曜日に僕の腕に抱き着いてきたゆきちゃんを拒絶してから、当たり前だがゆきちゃんは僕の迎えという名目で一緒に登校をしなくなった。


 鈴音の彼氏である僕としては、問題ないのだが、鈴音と付き合う前の僕を演じなければならない僕としては、この状況は放置できない。


 そして、何よりもゆきちゃんという幼馴染と喧嘩したままというのは、落ち着かないのだ。


「今日こそ仲直りできたらいいな……」


 校外学習も来週に控えているため、このままというわけにはいかない。


 さっちゃん先輩に言われたように、本当のことを話すかどうかも早く決めなければならないが、今はゆきちゃんと仲直りすることが最優先だろう。


 僕は、パン! と顔を両手で挟み込むように叩き、いつもの通学路へと歩を進め始めた。


***


 駅から25分近くかけて歩き、僕はやっと学校に着いた。


 下駄箱のところで上履きに履き替えていると――、


「おはよう。今日も1人?」


 後ろから樹が声をかけてきた。


「あ、おはよう。うん、今日も1人だよ」


「全く……。本当に吉井さんに何したの……? 校外学習も近いし、それまでには仲直りするんだよ」


 樹がため息をつきながら言った。


「あはは……。頑張るよ……」


「まあ、できることがあるかはわからないけど、俺にも相談してよ。一応、校外学習で同じ班だし」


 樹は若干照れ臭そうに言った。


「ありがとう……! 今日こそ話ができるといいんだけど……」


「頑張れ。隣の席から見守っておくよ」


 樹に励まされ僕は、改めて、今日こそ仲直りすると、自分を奮い立たせ、樹と共に教室へ向かった。


***


「「おはよう」」


 僕と樹は、既に教室に来ていた秀一と愛理に声をかけた。


「「おはよう」」


 秀一も愛理も6月特有の倦怠感に襲われているのか、少しぐったりとしている様子で、僕と樹に挨拶をするなり、机にバタッ! と倒れこむように突っ伏した。


 そんな2人の様子を見て、僕と樹は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。


 鈴音の方へ視線をチラッと向けると、鈴音は、相変わらず、男女問わずクラスメートたちに囲まれている。


 ――今日も、挨拶はできなそうだな……。


 鈴音におはようを言えないのは、いつものことなので仕方ないが、やはり、朝のメッセージでのやり取りだけでは少し味気なく思えてきてしまっていた。


 しかし、今は、それよりも――、


「おはよう」


 僕は、僕の後ろの席で、ものすごく不機嫌そうな顔で本を読むゆきちゃんに声をかけた。


 しかし――、


「……」


 ゆきちゃんは、チラリとも本から視線を外すことはなかった。


 完全に無視である。


 どうやら、今日も僕と話をしてくれるつもりはないみたいだ。


 何度かメッセージも送っているが、既読すらつかない。


「はあ……」


 僕は、ため息をつきながら席に着き、秀一や愛理と同じように机に突っ伏した。


 その瞬間だった――。


 樹が僕の肩をトントンと叩き、廊下へ出るように促してきた。


 僕は、樹の指示通り、廊下へ出た。


 そして、廊下に出るなり――、


「俺が話しかけてみるよ。うまくいくかはわからないけど……」


 樹が少し自信なさげに言った。


「いやいや、さすがにこれは、まだ無理だよ……」


 ゆきちゃんは、『今、話しかけないで』と言わんばかりの雰囲気を漂わせている。


 今のゆきちゃんに話かけようと思う人は、かなり勇気があると思う。


 ――もちろん、ゆきちゃんと仲直りするために話かけなければならない僕を除いて。


「そうは、言ったって、このままじゃ良くないでしょ……?」


「そうだけど……」


「まあ、俺にできることなんてこれくらいしかないから……」


 樹はそう言うと、教室に戻り、ゆきちゃんの前に立った。


 僕は、樹を止められないと諦め、その様子を廊下から眺めることにした。


 廊下からでは、2人が何を話しているのかは聞こえないが、どうやら会話を始めることには成功したみたいだ。


 そのままボーっと、2人の様子を眺めていると、ゆきちゃんと目が合い、僕は思わず目を逸らしてしまった。


 僕が目線を戻すと、ゆきちゃんがため息をつき、僕の方へ向かってきていた。


 僕は、突然のことに驚き、あたふたとしてしまった。


 僕があたふたとしている内に、ゆきちゃんは僕の元へたどり着いて――、


「中野君まで巻き込んで……何のつもりよ……? 私のことなんかどうでもいいくせに……」


 不機嫌な様子は相変わらずだが、ここ数日で初めて口を利いてくれた。


 僕は、まだ突然のことに頭が追いつかず、口をまごつかせていた。


 そんな風に、僕が狼狽えていると、教室にいる樹が僕に向けて親指を立てているのが見えた。


 ――ありがとう、樹……。


 僕は、心から樹に感謝の念を送った。


「どうでもよくなんてないよ……。ゆきちゃんと仲直りしたいから、どうにか話したくて……」


「ふーん。私の方が先だったのに先輩との予定を優先したくせに……」


 どうやら、ゆきちゃんは、月曜日に僕がゆきちゃんから逃げるように先輩の元へ向かったことを根に持っているみたいだ。


「それは……。ほんとにごめん……。断れない用事だったんだ」


「ふーん……。まこちゃんにあんな風に拒絶された上に、その後、上条さんとイチャイチャしてるところを見せつけられて傷心していた私を放置してまで、行く用事って何かしら……?」


 僕が思っていた以上にゆきちゃんは、傷ついて怒っていたようだ。


 ――やばい、何も反論できない……。


「……」


 僕は、何も言えなかった。


「ごめん……。少し言い過ぎた……。でも、とにかくそれだけ傷ついたってことは、覚えておいて……」


 ゆきちゃんは、困った顔をしながら言った。


「うん……。ほんとにごめんね……」


 僕は、自分がゆきちゃんをどれだけ傷つけたかを知って、謝ることしかできなかった。


「もう、いいよ……。まだ、まこちゃんのことを完全に許せるわけじゃないけど、事情があったみたいだし……。中野君とかも気にしているし、仲直りしよ……? その代わりにお願いがあるんだけどいい……?」


「うん……。僕ができることならするよ」


 僕がそう言うと、ゆきちゃんが見たことのない悪戯な笑みを浮かべたような気がした。


「じゃあ、放課後、私に時間くれないかな……?」


「うん……? いいけど……?」


「やった……! 放課後、すぐに集合ね!」


 ゆきちゃんは、今までの不機嫌が嘘だったかのように、笑顔を浮かべて、教室に戻っていった。


 僕は、困惑しつつも、ゆきちゃんの後を追って、教室に戻った。


 ――ゆきちゃんのお願いって何だろう……? 買い物とか……?


 僕は、ゆきちゃんのお願いが何なのか全く見当がつかず、教室に戻って、お願いが何なのかを聞いても、ゆきちゃんは、『後でのお楽しみ』と言って、教えてくれなかった。


 


 

 






 



 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 





 




 

 




 

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