第55話 躊躇う自分にさようなら
僕と鈴音は秀一たちと別れた後、いつぞやに来たファミレスに来ていた。
まだ2カ月も経っていないのにあの日のことを随分前のことに感じる。
このファミレスは駅近のはずなのに、ほとんど客がいない。
今日もその様子は相変わらずだが、田舎のファミレスなんてこんなものだろう。
そんなことを考えながら僕がふと顔を上げ、前の席に座る鈴音を見ると、おいしそうに注文したピザを食べていた。
そんな鈴音を見て、前に来たときにも鈴音の提案でピザを頼んだことや、あのときはちゃんと鈴音の顔を見て話すこともできず、ぎこちない空気が流れていたことを僕はしみじみと回想した。
しかし、あのときと比べ、今は、鈴音とは仮の恋人関係にあり、大きな進歩ということができる。
今の関係性をあの日の僕に話したら『どういう状況だ……?』と、困惑されるだろう。
正直、今の僕ですらこんなことになってしまっている現状を時々現実のものか? と疑ってしまう。
しかし、どんなに疑っても、紛れもない事実でしかなくて、今後、自分がどんなに苦しくてもみんなを欺き続けなければならない。
その事実に何度も心を揺さぶられかけた。
それでも、先ほど秀一と谷口さん、そして、鈴音の3人と帰っているときに改めて覚悟を決めることができた。
――僕はどんなに秀一や愛理たちに後ろめたさを感じても嘘を貫き通すと。
自己嫌悪に陥ってもなお、鈴音への想い、そして、覚悟が変わることはなかった。
だから、僕はこれから鈴音との関係性を変えようと思う。
僕は、そんなことを考えながら、目の前でパクパクと小さな口でピザを食べている鈴音を微笑ましい目で見た。
「どうしたの……? なんか私の顔についてる……?」
きょとんとした顔で鈴音が聞いてきた。
「えっと……。この前電話したときの話なんだけどさ……」
僕が話を切り出そうとすると――、
「あ……うん……」
鈴音は顔をほんのりと赤らめながら俯いた。
僕は、ごくりと固唾を飲んだ。
どうなるかは、わかっているのに1歩を踏み出すのはやはり僕にとっては、勇気のいることだった。
――さよなら、今までの僕。
僕は、心の中で嘘をつくことに躊躇いを覚えていた自分自身に別れを告げた。
そして――、
「鈴音に僕の彼女になってほしいです……。仮の彼女じゃなくて……」
僕は、少し気恥ずかしさを感じながらも確かな覚悟を胸に鈴音に告げた。
しかし――、
「……」
鈴音は、なぜか無言で固まってしまっている。
――あれ……? 反応がない……?
僕は、自分の想定していなかった状況に心の中で狼狽え始めた。
心臓が一気に鼓動を早くし、汗が背中ににじむのを感じる。
しかし、僕は、鈴音の反応を待つしかなかった。
おそらく、僕が想いを鈴音に告げて30秒も経っていないはずなのに、永遠に続きそうなほど長い時間に思えた。
そんな風に僕が緊張気味に鈴音の言葉を待ち続けていると――、
「……いいの……? 私でいいの……?」
鈴音の両目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「うん。僕は、鈴音のことが誰よりも大切だ……って思ってる。だから、今の関係のままじゃもう嫌なんだ」
僕は、自分の思っていることを嘘偽りなく言った。
「私、重いよ……?」
「それでもいいよ」
「私、ずるい女だよ……?」
「僕だって鈴音に甘えてた」
「上条さんとか吉井さんと話してるだけで嫉妬しちゃうよ……?」
「そのときは、3倍で返すよ」
「真琴くん……」
僕は、鈴音の手を握り――、
「とにかく、鈴音のことが誰よりも大切なんだ……。だから、改めてだけど、僕の彼女になってください……」
力を込めて言った。
そして、数秒の間があった後――、
「はい……! 喜んで……!」
鈴音が泣き笑いをしながら言った。
こうして僕と鈴音は仮の恋人から本物の恋人になった。
心の底から嬉しそうな顔をしている鈴音を見て、鈴音を愛おしく思う気持ちが溢れだして止まらない。
僕は、鈴音の手を握る手をさらにぎゅっと強くした。
すると――、
鈴音も僕の手をぎゅっと、握り返してきた。
握ったこの手を離さないで……と言わんばかりに――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます