第48話 予感


「おお……。告白されて保留にでもしているのかと思ったけど、仮の恋人……。しかも、私が原因で様子がおかしくなってたんだ……」


 僕から何があったかを聞いたゆきちゃんが苦笑いをしながら言った。


「そう言ってた……。こんなことになって本当にごめん……」


 僕は、胸の奥底から溢れ出てくる罪悪感を噛みしめながら言った。


「まあ、私としては、今までと状況は、そんな変わっていないから全然いいんだけど……。永井さん、さっきの様子を見るに、大分病んじゃってるよね……」


「やっぱりそう思う……?」


 一昨日、話を聞いただけの萌々香や始も鈴音がメンヘラ化していると言っていたが、今日、実際に鈴音に会ったゆきちゃんもそう言うのだからやはり、萌々香と鈴音の考えは、当たっているみたいだ。


「うん。無理して笑っているというか……。それに、私に敵意剥き出しで接してきてたし……あれは、まずいよ」


 ゆきちゃんは、心配そうな顔を僕に向け言葉を続けた。


「まこちゃんもわかってはいると思うけど、できるだけ早くどうするか決めた方がいいと思う。このままだと永井さんが辛い思いし続けちゃうと思うし……。……って、私が言ったらおかしいよね」


 ゆきちゃんが困ったように笑いながら言った。


『私は、早く上条さんにアプローチするのか、それとも吉井さんの好意を受け入れるのか、はたまた、このまま永井さんと本物の恋人になるか、どうするか、一刻も早く決めた方がいいと思います……。できれば数日以内に……』


 一昨日に萌々香が言った通り、もうあまり時間は、残されていないことを僕は、ひしひしと感じた。


「ちゃんとどうするか決めるからもう少し待っててください……」


 僕がそう言うと――


「うん……! まあ、最後に選んでもらうのは、私ですから……!」


 ゆきちゃんが自信ありげな声で言った。


「あはは……」


 僕は、誰のことを本当に好きなのか決めかねているため、誤魔化すことしかできなかった。


***


 僕とゆきちゃんが教室に着くと、鈴音は、まだ教室に来ていなかった。


 ――僕とゆきちゃんと同じ電車に乗ったはずなんだけどな……? 鈴音、遅くない……?


 僕は、そう疑問に思いつつも――


「おはよう……!」


 僕は、もう既に教室に来ていた樹と愛理に声をかけた。


「「おはよう」」


 2人が驚いた顔をして僕に朝の挨拶を返した。


「今日は、特に何もないのにずいぶん早いのね……」


 愛理が怪訝な顔を僕と一緒に教室に入ってきたゆきちゃんを交互に向けてきた。


「もう先生に呆れられたくないからね……。あはは……」


 僕がそう言うと、愛理は、ゆきちゃんをじーっと見つめ始めた。


「道の途中でたまたま会って、ここまで一緒に来ただけだから気にしないで平気よ」


 ゆきちゃんが微笑みながら言うと――


「なら、いいわ……。……って! 別に気にしてないわ……!」


 愛理が顔を赤くしながらゆきちゃんにつっこんでいた。


 ――あ、愛理のツンの部分見るの久しぶりかも。


 全く見れないわけではないが、最近レアになってきたなと僕が考えていると――


「あなた、今、絶対変なこと考えてるでしょ……?」


 愛理がムスッとした顔を僕に向けてきた。


 ――もう何回目かわからないけど、何で毎回わかるの……?


「そ、そんなことないよ……!」


 僕は、いつも通り全く誤魔化せていない誤魔化しをした。


「……まあ、いいわ。それじゃ、私、自販機で飲み物買ってくるわね」


「あ、うん」


 僕がそう言うと、愛理は、席を立ち、廊下へと歩いていった。


 ふと、僕がゆきちゃんを見ると、席に着きいつも通り本を読み始めていた。


 僕は、ゆきちゃんが読んでいる本のタイトルを見て驚いてしまった。


 ――ゆきちゃんもその本、読んでるのか……。


 驚いたことにゆきちゃんが読んでいる本は、僕が今、家で読んでいる本と同じだった。


 僕は、同じ本を読んでいる同士を見つけ、思わず話かけたくなってしまったが、本を読むのを邪魔するのは、気が引けるため、後で話しかけようと思い、大人しく席に着いた。


 そのとき、僕は、初めて気がついた。


「そう言えば、秀一は……?」


 ゆきちゃんがいなければ生活態度を改めなかったであろう僕と違って、1度先生に叱られてから自発的に生活態度を改め、既に学校に来てると思われる秀一の姿が見当たらない。


 ――いつもなら、樹と話してるか、クラスの女子たちに囲まれてるかのどっちかなんだけどな……?


 僕がキョロキョロと秀一を探していると――


「秀一なら、テスト期間で部活ができない分、永井さんとか秀一の幼馴染の谷口さんだったかな……? まあ、とりあえず、1年生だけでも集まって朝練するって言ってたよ」


 ちょっと昔に流行ったスマホのパズルゲームをしながら樹が言った。


 ――ああ、だから通りで鈴音の姿も見当たらないわけだ。


「そっか。せっかく早く来たから、秀一と樹の3人でゲームでもしようって思ったんだけどなー……」


「まあ、今日から放課後は、テストが終わるまで毎日、勉強会するんだから、その時に休憩がてらやればいいよ」


「そうだね。とりあえず、2人でやろうか」


 僕たちは、僕と樹と秀一の3人で最近始めた対戦型のデジタルカードゲームで遊ぶことにした。


 しかし――


 何戦か遊んだが、秀一がいないせいか、いまいち盛り上がらなかったため、ゲームを止めた。


「秀一がいないとなんか、ダメだな……」


「わかる……」


 決して、樹とゲームをするのがつまらないとかそういうわけではない。


 ただ、僕と秀一と樹の3人でやるからこそ楽しいと思ったのだ。


 いつもの楽しい感じを知っているからこそ、物足りなさを感じただけのことで繰り返しになるが樹とゲームをするのがつまらないわけではない。


 きっと樹も同じように思ってくれているはずだ。


「暇だし、ワークでも進めようかな」


「俺もそうするよ」


 そうして、僕たちがあたりさわりのないことを駄弁りながらワークを進めていると――


『ガララッ!』


 教室のドアが開く音がした。


 ふと顔を上げると、秀一と鈴音が話しながら教室に入ってきた。


「あの場面すごくよくなってたよ!」


 秀一が爽やかな笑顔を向けながら鈴音に言った。


「ほんとに……!? それならよかったよ!」


 鈴音も笑顔を浮かべている。


 僕は、そんな風に鈴音と会話をする秀一を見て、違和感を感じた。


 ――秀一って、女子と話すときあんな風に笑うっけ……?


 僕は、いつも秀一が周囲の女子と話すときの様子をまだ入学して1カ月と少しだが、もう既に嫌と言うほど見ている。


 そして、秀一が女子と話すときは、どこか一線を引いていると感じていた。


 しかし、今、秀一が鈴音に見せている笑顔は、僕や樹と話すときに見せる笑顔とあまり変わりない。


 僕は、額から汗が伝うのを感じた。


 僕がそのまま秀一と鈴音の話す様子を緊張気味に見ていると――


「なあ、真琴……。あれ、どう思う……?」


 樹が僕に耳打ちしてきた。


 どうやら、樹の目から見ても、秀一の様子は、いつもと違うらしい。


「うん……。いつもと違う気がする……」


 僕が小声で言うと――


「だよな……? これは、放課後に聞き出そう」


 普段は、こういったことに無関心な樹が珍しく乗り気な様子で言った。


「う、うん……」


 僕は、乗り気な樹と対照的に少し声のトーンを下げて言った。


 僕は、自分の予想がどうか外れてくれていますようにと心の中で何度も呪文のように唱え続けた。






 


 


 







 

 







 



 



 




 

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