第47話 不穏な朝
『ピピピピ!』
スマホの耳障りなアラームの音が微睡みの中聞こえてくる。
腕が痺れているのか、すぐにスマホへ手を伸ばすことができなかった。
僕は、自分の腕を枕にして寝てしまっていたみたいだ。
そうしている内に、スマホのアラームの音はどんどん大きくなっていく。
もう、このときには、僕の意識は、明瞭になっていた。
ようやく動かせるようになった腕を動かし、スマホを手に取り、アラームを止めた。
――そうだ……。ゆきちゃんが今日も迎えに来るんだった……。
時計を見ると、5時45分と表示されており、なぜ僕は、こんなに早くに起きているのだろうと思ったが、すぐに思い出した。
――とりあえず、鈴音にどう説明しようかな……。
今、僕は、鈴音と仮の恋人関係にあるため、ゆきちゃんと一緒に登校するのは、リスクを伴う。
そもそも、今、思い返せば、土曜日に愛理といくら萌々香や始が一緒にいたとはいえ、一緒に過ごした時間があった。
――ゆきちゃんと一緒に登校することも一昨日のこともちゃんと話した方がいいのか……?
僕は、そう思いつつも愛理とは、ただ話しただけであるし、ゆきちゃんとも一緒に登校するだけでやましいことは、何もないと考えたため、伝えなくていいかと判断し、まだ、少し重たい身体を起こし、学校の支度を始めた。
***
「行ってきまーす」
僕は、月曜日の特有の憂鬱さを感じながら家を出た。
外に出ると僕の憂鬱な気持ちと対照的に無差別に人々を照らす太陽が僕を出迎えた。
ふと、家の前を見ると、門の陰から太陽ですら圧倒しそうなほどの微笑みを浮かべながらゆきちゃんが出てきた。
「まこちゃん、おはよう! ……って、すっごく暑いのに長袖だ……」
ゆきちゃんは、僕を見るなり、満面の笑みを崩し、苦笑いをしていた。
「おはよう……! まあ、腕まくりすれば大丈夫だと思って……」
僕は、苦笑いを浮かべながら言い訳をした。
僕がそう言い訳をすると――
「もう! また倒れちゃうよ! あのときは、教室入ったらまこちゃん倒れててびっくりしたんだから! もう、心配かけるのは、やめてね!」
ゆきちゃんが頬を膨らませながら言った。
――そう言われるとぐうの音も出ないです……。
僕は、何も言い返すことができなかった。
「着替えてきます……」
「そうしてください……!」
僕は、家へと戻り、慌てて着替えた。
***
「うん……! 安心安心!」
ゆきちゃんは、夏服に着替えた僕を見て、満足気に言っていた。
――それにしても……。
「ゆきちゃん、夏服似合うね……」
僕は、夏服を着ているゆきちゃんを見て、思わず言っていた。
僕の勝手なイメージだが、ゆきちゃんは、見た目に関しては、おとなしめで儚げな清楚な女子というイメージがある。
夏服が僕がゆきちゃんに対して持つそのイメージをさらに際立てていた。
「でしょでしょ!? まこちゃんに一番最初に見せたかったんだ……! 褒めてもらえて嬉しい!」
ゆきちゃんは、そう言うと、嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩き始めた。
どうやら、上機嫌みたいで何よりだ。
「うん。本当に似合ってるよ……! ゆきちゃんの雰囲気にピッタリだよ」
「そんな褒めても何も出てこないよー……!」
ゆきちゃんが珍しく、頬を微かに赤らめながら言った。
そう僕たちが会話をしながら歩き始めて10分くらいで自宅の最寄駅にたどり着いた。
***
僕とゆきちゃんが自宅の最寄駅にたどり着くと、さすが朝のラッシュ時間と言うべきか、駅は、土曜日とは、比べ物にならない程混雑していた。
「今日も、混んでるね……」
これから、この中に身を投じるのかと思うと、いくら電車通学を始めて1カ月と少しが経ったとはいえ、憂鬱な気持ちが強まった。
「そうだね……。まあ、端っこの方の車両なら多少マシだと思うから、そっち行こ……?」
ゆきちゃんも若干憂鬱そうな顔を浮かべながら言った。
「うん……。そうしよう……」
僕たちが端っこの車両の停車位置に近い方へ歩いていこうとしたときだった――
長い黒髪をなびかせながら前を歩いている同じ高校の制服を着た少女が目に留まった。
――あれって、鈴音だよね……?
僕は、思わず立ち止まってしまったが、ゆきちゃんが先に進んでしまっている。
そのため――
「あれ……? 吉井さんと……霧崎君……?」
近づいたとき、僕たちに気づいた鈴音が声をかけてきた。
「あら、永井さん、おはよう」
ゆきちゃんは、一瞬で余所行きモードになって言った。
「おはよう……! 霧崎君、いつも遅いのに今日は、早いんだね……!」
鈴音は、『何も気にしてませんよ』と言わんばかりに笑顔を浮かべて僕に言ってきた。
「うん……。また、先生に呆れられちゃうからね……。あはは……」
僕は、鈴音と対照的にぎこちない笑顔を作りながら言った。
「そっかそっか……! それよりも、吉井さんと霧崎君……仲いいんだね……?」
一瞬、鈴音の表情に陰りが見られた気がした。
――金曜日にどういう関係性か話したんだけどな……。
僕は、そう思いつつも鈴音は、おそらく、ゆきちゃんに対し牽制を入れているつもりなのだろうと察した。
「ええ。実は、幼馴染なの。小学生の時ぶりに高校で再会したのよ」
ゆきちゃんは、よそ行きの表情を崩さないまま優しく微笑みながら言った。
「そうなんだね! だから2人は仲が良いんだね!」
一瞬、ゆきちゃんと鈴音の間に火花が散った気がするが気のせいだろう。
――きっとそうだ……。
僕がそんなことを考えていると――
「ところでさ、2人は、今日は、待ち合わせて一緒に登校してるの……?」
鈴音が僕が今、1番聞かれたくない質問をしてきた。
「えっと……」
僕は、言葉に詰まってしまった。
――これは、正直に言うべきか……?
ゆきちゃんと特に何かあったわけではないが、後で、鈴音に何か2倍のこと、例えば、後日、手を繋いで一緒に帰るなどをおねだりされそうで僕は、怖かった。
――もちろん、嫌というわけではないが、関係があいまいな内は、恋人らしいことは、もう、できるだけ避けたかった。
「霧崎君……?」
鈴音が笑顔を浮かべたまま僕の顔を覗きこんできた。
「あ、ああ……。えっと……」
僕は、鈴音に追及され、しどろもどろになったままだ。
そんなときだった――
「たまたま会ったから一緒に登校してるだけよ。会ったのに他人行儀に別々に行くのも感じが悪いでしょう……?」
ゆきちゃんがなぜか助け船を出してくれた。
「……そうだね。それじゃあ、幼馴染の2人を邪魔するのも悪いから私は、あっち行くね」
鈴音は、そう言うと、不満げな顔をしながら僕たちと反対方向へ歩いて行った。
鈴音の姿が遠くなり、人混みに紛れて見えなくなると、僕は、肩を下した。
「はあ……」
僕は、ため息をついた。
「2人とも様子がおかしかったから咄嗟に嘘ついちゃったけど……大丈夫だった……? それに永井さん、自分のおもちゃを取られた子供みたいな目で私のこと見てきたけど……。何があったの……?」
ゆきちゃんは、僕と鈴音の様子がおかしいことを見抜いて、助け船を出してくれたみたいだ。
「ありがとう……。助かったよ……。でも、詳しい事情は……」
ゆきちゃんに、鈴音と仮の恋人関係になっていますだなんて言えるわけがない。
「そっか……。まあ、まこちゃんがそう言うなら、いいよ……! 助けてあげたんだけどなー……」
ゆきちゃんは、少し怒っているのか張り付けた笑顔を僕に向けてきていた。
なんとなくだが、僕と鈴音の関係性が完全にではないが、ゆきちゃんには、バレている気がした。
僕は、ゆきちゃんには、敵わないと思った。
「――ゆきちゃんには、敵わないな……。何があったか話すよ……」
僕は、ゆきちゃんには、キスをしてしまったことなどは、さすがに言えないが、関係性のことは、話すことにした。
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