第38話 告白
空が茜色に染まる夕暮れ時に僕は、永井さんの幼馴染の光瑠君と一緒に帰路についていた。
「で、何があったんだ……?」
光瑠君が話を切り出してきた。
光瑠君の声が普段よりも少し真剣なものだったため、少しばかりか僕に緊張が走った。
「正直なところ、僕にも何が原因でこうなったかは、わからないんだけど……」
僕が緊張気味に言うと――
「そうか……まあ、とりあえず話してみてくれ」
光瑠君は、そう言うと、僕の緊張をほぐすように微笑みかけてくれた。
僕は、少し深呼吸をすると、何があったのかを話し始めた。
もちろん、僕が愛理のことが好きなことやゆきちゃんとの関係性に関しては伏せた。
光瑠君は、僕の話を聞き終えると――
「あー……。鈴音は、少し思い込みが激しいところあるからな……。まあ、霧崎が計り知れないところで何かあったと考えるなら、鈴音が話してくれるのを待つしかないだろうな」
若干呆れ気味な顔をしながら言った。
そんな光瑠君を見て、僕は、少し困惑していた。
もっと、幼馴染を傷つけたことを責めてくると思っていたため疑問に思わずにはいられなかった。
「怒らないの……?」
僕は、思わず聞いていた。
僕がそう聞くと――
「怒るも何も、今回に関しては、話を聞く限り原因はどうであれ、鈴音が一方的に霧崎のことを拒絶してるだけだしな」
きょとんとした顔をしながら光瑠君が言った。
「まあ、俺としては、お前らにうまくいってほしいと思っているからむしろこういうことは、正直に話してくれた方が助かる。もう、誕生日騒動のこともあるし遠慮はするな」
そう言うと、光瑠君が僕の右肩を叩いてきた。
――なんか申し訳ないな……。
僕は、自分のことを本当に思いやってくれている光瑠君に罪悪感を感じていた。
「う、うん……。ありがとう……。本当にどうしようもなくなりそうだったら頼らせてもらうよ……」
僕は、ぎこちない笑顔を浮かべながら言った。
「ああ。今回は、とりあえず待つしかなさそうだが、鈴音のメンタル面が心配だから何か動きがあったら、俺にすぐ教えてくれ。何せ鈴音が学校を早退するほど精神的に病むなんて珍しいからな」
「わかった。約束するよ」
せめてこれ以上永井さんを傷つけないようにうまく立ち回ると心に誓いながら僕は、言った。
それからしばらく経って、信号待ちをしていたときだった――
『ピロン!』
スマホが通知を受け取ったことを知らせた。
なぜだかは、わからないが僕は、永井さんからだろうなと思った。
僕は、スマホを制服のポケットから取り出し、確認した。
『霧崎君、今日はごめんなさい。話したいことがあるんだけど、この後、会えませんか……?』
僕の予感は的中した。
「光瑠君……永井さんからメッセージが来た」
僕がぽつりと言うと、光瑠君は、少し驚いた顔をしていた。
「早速か……鈴音は何と……?」
「話したいことがあるからこの後会えないかって言ってる」
僕がそう言うと――
「鈴音が早まったことをしなければいいが……」
何やら光瑠君が物憂げな表情をしながら呟いていた。
「光瑠君……?」
僕が、不思議に思って声をかけると――
「すまん、何でもない。鈴音にしては、行動が早いなと思ってな……」
光瑠君の顔に不安の色がさらに滲み始めていた。
「何か事態が悪化するようなことがあったらすぐに報告するよ」
――光瑠君が不安そうにするなんてよっぽどだな……。
僕は、光瑠君から見ても予想外の行動を取る永井さんに不安な気持ちを抱えつつも、これ以上永井さんを放っておくのも不安なためこの後、永井さんに会うことにした。
「ああ、鈴音のことを頼んだぞ」
光瑠君が真剣な眼差しを向けてきた。
僕は、そんな光瑠君の眼差しを受けながら、スマホに文字を入力した。
『こちらこそごめん。この前待ち合わせたところで待ってるね』
僕が永井さんにメッセージを送信すると、僕たちは、歩くペースを上げて待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせに向かう道中に狂ったように鳴く鳥たちの群れの鳴き声が聞こえ、僕は、妙な胸騒ぎを感じていた。
***
電車に数十分揺られて、僕は、永井さんと待ち合わせをすることになっている自宅の最寄り駅の改札前に着いた。
「本当に同席しなくて大丈夫か……?」
光瑠君が不安げな顔をしながら言った。
「うん。今日は、僕と永井さん、2人だけで話さなきゃいけない気がするから……」
僕は、少々の不安を抱えていたが、なぜか、今日は、最初から2人きりの方がいい、そんな気がしてならなかった。
「そうか……。後でどうなったか教えてくれ」
「うん。今回も気遣ってくれて本当にありがとう」
僕がそう言うと、光瑠君は、少し気恥ずかしそうに『おう』と言って、その場を去っていた。
***
光瑠君が去ってから20分くらいが経った。
段々と帰宅ラッシュの時間もピークを迎え、改札口から出てくる人の数が多くなってきた。
――永井さん、そろそろ来るかな……?
スマホを取り出し、確認すると――
『そろそろ着くよ。お待たせしてごめんね』
永井さんからメッセージが届いていた。
「ふう……」
僕は、深く息を吐いた。
段々と緊張感が増して、心臓が高鳴るのを感じる。
――まず、謝らないとな……。
そうは、思いつつも原因もわからずに謝ることは、かえって不誠実だと思ってしまうため謝るに謝れないことに気づいた。
どうすればいいのかわからずにあれこれ考えている内に――
「霧崎君……お待たせ……」
弱々しい声が横から聞こえてきた。
声がした方を見ると、永井さんがこわばった様子で俯きながら立っていた。
「ううん、全然待ってないから気にしないで」
僕は、そんな永井さんを見て、できる限り声色を柔らかくするように努めた。
「そ、それじゃあ、ここじゃなんだし移動しよっか……?」
「うん。そうしよう……」
僕がそう言うと、どちらから言うでもなく、僕と永井さんは、同じ方角へと歩を進め始めた。
***
「「……」」
移動している間、僕たちは、終始無言だった。
先ほどの駅の喧騒が嘘みたいにあたりは静かだ。
静けさの中、車の走行音と部活帰りの中学生たちがわいわいと話している声だけが時折響く。
制服姿の男女が2人で歩いている姿は、傍から見れば恋人に見えるだろうが、僕たちは、実際には、そんな関係ではなく、むしろ、下手すれば、もう2度と話すことがなくなってしまうかもしれない、そんな不安定な関係にある。
――今、思うと、こうして永井さんと制服で外を歩くのって初めてかもしれないな……
誕生日のときは、光瑠君の家で話したり、ゴールデンウィークのときは、私服での出かけだったため、今まで、制服を着て一緒に外を歩いたことがなかったことに気づいた。
思えば、永井さんを好きでいる期間は、長いものの、接していた時間は、愛理と比べたら短いものであった。
――もっと、永井さんのことをわかれていればな……。
僕は、後悔の念に苛まれた。
僕がそんな風に思考を巡らせている内に、僕たちは、駅から少し離れたところにある公園にたどり着いた。
僕たちは、暗黙の了解のようにベンチに座った。
「「……」」
風に揺れるブランコが規則的に立てる音が僕たちの沈黙を際立たせる。
ふと、永井さんを見ると、まだ緊張しているのを明白に感じられるほど体をこわばらせていた。
――やっぱり、謝罪から入るしかないか……。
先ほど、原因もわからずに謝るのは、かえって不誠実だと思ったが、僕は、緊張で小刻みに揺れる永井さんを見て、謝ろうと思った。
しかし、僕が謝ろうと口を開こうとした瞬間のことだった――
「霧崎君、今日は、本当にごめんなさい……。まずは、謝らせてください……」
永井さんがぽつりぽつりと話始めた。
「い、いや……! 僕の方こそごめん……」
僕は、突然、話始めた永井さんに狼狽えながら言った。
「ううん。霧崎君は、私を心配してくれただけだから何も悪くないよ……。全部、私の問題だから……」
――どういうことだ……? 永井さんの問題……?
僕は、困惑するしかなかった。
「永井さんの問題って……? どういうこと……?」
僕が心底困惑した表情を浮かべながら聞くと、永井さんは、深呼吸した。
「あのね、私、この前吉井さんが霧崎君に道で抱き着いているの見ちゃったんだ……」
「え……」
僕は、その瞬間、ゆきちゃんと一緒に帰っていたときに感じた視線のことを思い出した。
――あれ、永井さんだったのか……。
「あ、えっと……吉井さんとは、付き合ってるわけじゃなくて……幼馴染で……」
僕がそう弁明すると――
「そうだったんだね……。やっぱり、私の早とちりだったか……」
永井さんが苦笑いを浮かべた。
そして――
「それでね、私、すごく悲しい気持ちになったんだ……。それで、そのまま今日まで、落ち込み続けていた矢先に霧崎君に優しくされて、どうすればいいかわからなくなっちゃって……本当にごめんなさい……」
永井さんがぽつりぽつりと涙をこらえながら言葉を続けた。
僕は、永井さんの言うことを理解しようとするが、言葉が、脳で光が乱反射するように駆け巡り、僕は、永井さんの言うことをうまく理解できずにいた。
本当はわかっていたのかもしれないが、今の僕は、理解を拒んでいたのかもしれない。
「う、うん」
僕は、永井さんの話に頷くことしかできなかった。
「それでね、本題は、これからなんだけど……。今日、霧崎君に言いたいことがあります……」
そう言いながら永井さんが涙をためた目で僕を真っすぐ見つめてきた。
「――うん……」
心臓の鼓動が一気に速まり、背中に一気に汗が噴き出すのを感じる。
「霧崎君には、迷惑な話かもしれないけど……」
隣に座る永井さんが深く息をつき、僕との距離を詰めてきた。
そして、僕の右手をぎゅっと掴んで言った。
「中学生のときから、霧崎君のことが好きです」
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