第39話 永井さんの提案


「中学生のときから、霧崎君のことが好きです」


 規則的に音を立てながら揺れるブランコが吹き抜けていった風でさらにその音を激しくし、永井さんの放った言葉の後、訪れた沈黙を際立てた。


 ――永井さん、今、僕のこと好きって……?


 僕は、今日、ここに来てからの永井さんの様子や口ぶりからなんとなく告白されると察してはいたが、いざ言葉として伝えられると動揺せずには、いられなかった。


 心臓がもはや止まりそうなほど速く鼓動し、身体中の血液が沸騰しているかのように感じた。


「霧崎君は、私のことどう思ってますか……?」


 永井さんが不安の色を浮かべながら僕を見つめてきた。


『僕も、永井さんのことが好きだ。付き合ってほしいです』


 そう言えてしまったら、どんなに良かったことか。


 少なくとも、高校に入学したばかりの頃の僕であったら、即座にそう返事をしていただろう。


 しかし――


 今の僕は、愛理のことも好きになってしまっている。


 好意を真っすぐに向けてくれている永井さんに僕は、後ろめたさを感じずには、いられなかった。


「僕も……永井さんのことが好きだよ……」


 僕は、それでも、永井さんへの気持ちに嘘をつくことは、できなかった。


「えっ……そ、それじゃ……私と……」


 永井さんの目が大きく見開かれ、表情が少しばかりか明るくなったように思える。


 僕は、そんな永井さんに真っすぐ向き合った。


 そして――


「ごめん……。付き合うことは、できない……」


 僕は、永井さんに対して感じている罪悪感を必死に押し殺しながら言った。


「え……」


 永井さんの表情から喜怒哀楽が一瞬消えた。


「どうして……? 霧崎君、私のこと好きなんだよね……?」


 こらえていた涙をほろほろと流しながら永井さんが言う。


「うん……。好きだよ……。でも……ごめん……」


 ――永井さん、ごめん……。


 永井さんのことが好きだという気持ちに嘘偽りはない。


 しかし、愛理の笑顔が僕の脳裏に貼り付いてはがれてくれない。


 愛理のことが好きな気持ちもまた、真実のものであり、否定することなんてできない。


 こんな状態で永井さんと付き合うことなんて、僕には、できなかった。


「そっか……。なんとなくだけど、今、霧崎君が私と付き合えないって言った理由がわかった気がする……」


 永井さんがわずかに感情が戻った声色で言った。


 しかし、まだ、涙は止まっておらず、その表情は、曇っていた。


「本当にごめん……」


 僕がそう言うと、少しの沈黙の後、永井さんが僕に身体を寄せながら言った。


「じゃあさ……私から提案があるんだけどいいかな……?」


 永井さんが告白してくれたときよりも、さらに力強く、ぎゅっと僕の右手を握ってきた。


「う、うん……。何かな……?」


 僕は、永井さんの言う提案がどのようなものになるか全く見当をつけることができなかった。


 僕の額から汗が滴り落ちた。


 そして、永井さんが口を開いた。


「ねえ、霧崎君……」


 僕は、ごくりと生唾を飲んだ。


 永井さんは、涙を浮かべたまま、どこか憂いを感じさせる微笑みを浮かべながら言った。



「私と仮の恋人になろうよ」


 






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