第22話 永井さんとの初デート 中編
僕と永井さんは、電車を降りるとまずは、目的地の水族館へと一直線に向かった。
そして、今、僕たちは、水族館のエントランスの前まで来ていた。
――ほんとに、こんな都会のビルが並んでいるところに水族館なんてあるんだな……。
僕がそう思っていると――
「こんなところに、水族館があるなんてびっくりだね……!」
永井さんも入り口の水族館と書かれた看板を見て、少しぼんやりしながら言った。
「ほんとだよ、僕もびっくりしてる……!」
ネットで事前情報を見ているとはいえ、初めて来る場所に僕は、胸を躍らせていた。
「それじゃ、行こ……!」
永井さんが子供のように少しはしゃぎながら僕の手を引いた。
――永井さん、普段割と大人しい方なのに、はしゃいでるよ……。可愛すぎない……?
そんなことを考えていると、僕は、あまりに自然過ぎて気づけなかったことに気づいてしまった。
――あれ……? 今、永井さんに手握られてるよね……?
一気に顔が紅潮したのを感じた。
そのままエントランスに向かい、光瑠君たちに貰ったチケットを2枚、係員の女性スタッフに渡したとき、僕の様子を見たスタッフさんが微笑ましい目を僕に向けてきた。
――うう……恥ずかしすぎる……。
僕は、恥ずかしさを誤魔化すようにスタッフさんに会釈しておいた。
「霧崎君、どうしたの?」
僕の挙動不審な様子に気づいたのか、永井さんが僕の手を引いたままきょとんとした顔をしていた。
「えっと……その……永井さん……手が……」
僕は、少し頼りないボソボソとした声で言った。
「え……手がどうかしたの……?」
そう言って、永井さんは視線を落として僕の手を見た。
そして――
「あ……! ご、ごめんね!? 嫌だったよね……?」
永井さんが少し悲し気な表情を浮かべながら言った。
そんな永井さんを見て、僕は――
「嫌じゃないよ! むしろ、嬉しい!」
反射的に言っていた。
「え、それって、どういう……?」
永井さんが少し頬を赤らめていた。
――あ、まずい。つい、本音を言ってしまった……。
僕の脳が人生で未だかつてこれほど早く働いたことがあるだろうか……? と自分でも驚く程、早い回転を見せた。
「え、あ、いや、ほら、『クラスの人気者』の永井さんと手を繋げるなんて光栄だなーって思って!」
僕は、必死に弁明した。
「え、あ、そ、そういう意味かあ……」
そう言って、永井さんは歩き出した。
――なんだか、永井さんが不機嫌になった気がするんだけど……? 気のせい……?
少しさっきよりペースが早いことや表情が若干いつもよりもムスッとした感じになっていることから、僕の懸念は気のせいではなさそうだ。
――なんで不機嫌になったんだ……? なんか、気に障ること言っちゃったかな……?
そう思いながら僕は、永井さんの横を歩き続けた。
***
少しぎくしゃくした感じにもなりながらも、僕たちは、まず1階の恐らくこの水族館のメインであると思われる大水槽を見ていた。
水槽の中は、まるで沖縄の海をダイビングしたときに見られるような景色を外側から観察しているような気分になれる作りとなっていた。
見ていてとても落ち着く景色だなと思いながら横目で水槽を眺める永井さんを見た。
――うん。まだちょっと不機嫌だね……。
少しの間、考えてみたが、恐らく僕の『クラスの人気者』という発言がまずかったのだと気づいた。
今、僕が向き合っているのは、『クラスの人気者』としての永井さんではなく、1人の友人としての、そして僕の初恋の相手としての永井さんだ。
――ちゃんと謝らないとな……。
その後、僕たちは、しばらく展示を見続け、水槽内の緻密な作りが生み出す幻想的な空間に癒されていた。
そして、僕たちは1階最後の展示のクラゲが暗闇に無数に浮かぶ浮遊感を感じられる場所に来ていた。
クラゲが浮かぶ様子を見て、うっとりしている永井さんを見た。
――そろそろ1階も終わっちゃうし、謝らなきゃね……。
「永井さん……さっきは、ごめん……! さっきのは、照れ隠しです……。ほんとに女の子に手を握られたことなんてなかったから……」
僕がそう言うと――
「そっか……そういうことならいいよ……! 許すよ……!」
永井さんは、微笑みながら言った。
しかし――
「その代わり……また、手……繋いでもいいかな……?」
――え……? どういうこと……?
僕は、永井さんの突然の申し出に思わず処理能力の限界を迎えたPCのようにフリーズしてしまった。
「さっきから、人多くてはぐれそうになってるし……! 後、昔、迷子になったことがあってトラウマになっていて……」
永井さんの声で僕の意識がすぐに呼び戻された。
――そういうことなら、いいのか……?
「そういうことなら……」
そう言って、本当にいいのだろうか……? と思いつつ控えめに僕が左手を差し出すと、永井さんが右手で僕の手を握ってきた。
これ、ただ僕がいい思いできるだけのイベントじゃ……? などと思っていたのだが――
――ん……? なんか指が絡まっている気がするんだけど……?
指が絡まっている気がするのではなかった。
紛れもなく僕と永井さんは恋人繋ぎをしていた。
僕は、思わず――
「永井さん!? 手が……え、その……どういう……?」
エントランスでの1件のときよりも僕は、動揺していた。
――いやいや、恋人繋ぎってどういうこと……? てか、そろそろ僕の心臓が限界を迎えそうです……!
僕の心臓は外に聞こえそうな程ドキドキしていて、もうほとんど限界点を迎えていた。
「さて、どういう意味でしょう……?」
永井さんが悪戯な笑みを浮かべた。
その瞬間、僕は息をのんだ。
さらに心臓の鼓動が早くなり、身体に急速に血が巡っているのを感じた。
僕は、声を出すことすらできなかった。
「ふふ……ごめんね……! さっき、割と悲しかったから仕返しだよ……! ドキドキした……?」
そう言うと、永井さんは恋人繋ぎを止め、エントランスにいたときのように手を握りなおしてきた。
――心臓に悪すぎる……。
一瞬、永井さんが僕に気があるのでは? とか考えてしまったが、どうやら少しからかわれていただけみたいだ。
「う、うん……! ビックリしたよ……。心臓に悪すぎる……」
僕は、平静を保とうとしたが少し裏返った声になってしまった。
「そっか……! じゃあ、仕返しは成功だね……!」
永井さんが無邪気な笑顔を浮かべながら言った。
「あはは……間違いなく大成功だよ……」
僕は、ぎこちない返事をした。
――こんなの勘違いしない方が難しいだろ……。
今日の永井さんは、いつもの控えめな感じも見せてはいるが、いつもよりも無邪気な感じも見せてくれている。
僕は、前よりも心を開いてくれている永井さんを見て、やはり、永井さんは僕に気があるのではないか? と思ってしまう。
しかし、永井さんが僕のことを好きなんてありえないし、好きになってもらえる要素なんて自分にはないと思っているため、僕は、自分の脳裏をよぎり続ける考えを無視し続けることができた。
しかし、同時に、永井さんが全く僕に興味がないかと言ったらそうでもないということは、普段始とかに鈍感すぎと言われる僕でも自信はないが薄々感じていた。
そんなパラドックスのような考えを抱えながら僕は、クラゲの浮かぶ水槽をうっとりとした表情で眺める永井さんを見た。
――まあ、そんなことを考えてもしょうがないか。
今はとにかく目の前のデートを楽しむことにした。
距離を近づけるチャンスであることには、間違いないため、それが最善だろう。
僕と永井さんは、恋人繋ぎではなくなってしまったが、そのまま手を繋ぎ次のフロアへと進んでいった。
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