第21.5話 霧崎君との初デート(永井鈴音視点)

 

 私は、迷っていた。


「うう……服どうしよう……」


 今から、私は、人生で初めて恋をした男の子の霧崎君とデートをすることになっている。


 しかし――霧崎君の好みがわからないため、どんな服を着たらいいのかわからず、私は右往左往していた。


 まだ、時間的には余裕があるが、この調子で行くといつまでも決めることができないだろう。


 いつも通り行けばいいという意見もあるだろうが、好きな人に会うときは、自分で納得できる可愛い状態で会いに行き、可愛いと思ってもらいたい。


 私は、そんな我儘を抱えていた。


 それからも、数分悩んでいると――


『ピンポーン!』


 家のインターホンが鳴った。


 お母さんがはーい! と言う声が聞こえる。


 そして――


「鈴音ー! 葵ちゃんが来ているわよー!」


 下の部屋から、お母さんに呼ばれた。


 ――え、葵ちゃん!? なんで!?


 私は、急いで階段を駆け下りた。


「葵ちゃん、おはよう……! 急に来てどうしたの?」


 私がそう聞くと――


「どうせ鈴音のことだから着ていく服も決められずにうじうじしていると思ってね」


 ――葵ちゃん酷いよ……。まあ、事実だけども……。


 私は、否定できないため、だんまりを決め込んだ。


「ま、そういうことで私が服選びを手伝いに来たわけよ」


「うう……ありがとう……。お願いします……」


 そう言うと私は、葵ちゃんをすぐに部屋に上げた。


「何個か、いつか来ると想定してた霧崎君とのデートのために用意してたんだけど見てくれるかな……?」


「いいよ。にしても、デートに誘う勇気もなかった割に準備だけはいいのね……。まあ、今日がそのデートなわけだけども」


 実際、今日のデートは葵ちゃんと光瑠君が半ば強制的にセッティングしてくれたデートであるため、これに関しては、本当に何も言い返せない。


「返す言葉もありません……」


 今日のデートを何とか成功させて、次のデートこそ自分から誘おうと決心するのだった。


「言い過ぎたわ……。ごめん。それじゃ、まず1個目から見せてー」


「うん! ちょっと待っててね」


 私は、そう言ってすぐに着替えた。


「まずは、1個目!」


 私が着替えた服は、ピンクを基調としたとても可愛らしい、いわゆる量産型という物に分類される服だ。


「……」


 葵ちゃんはなぜだか分からないが、黙っている。


「葵ちゃん……?」


 私がそう言うと――


「悪いことは言わないから、今回はその服は止めておきなさい」


「えー、可愛いじゃん……! なんでダメなの……?」


 私は、自分でもわかるくらいしょんぼりした声で言った。


「確かに可愛いし、鈴音にすごく似合っているわ……でも、その服は霧崎君の好みが把握できるまでは、控えておいた方がいいと思う……あくまで、センスが悪いとかじゃなくて、今回のデートの成功率を上げるためよ」


 ――なるほど……? 確かに可愛らしすぎるかもしれない……。


「それじゃ、次行くね……!」


 そう言って、私は、2つ目の服に着替えた。


「続いて、2個目!」


 次に私が着替えたのは、清楚な印象を与える白いワンピースだ。


「すごくいい……! ただ、白すぎる気もするけど、そこは鈴音次第ね」


 ――やっぱり、白すぎるよね……。


 しかし、自分が可愛いと思って選んだ服であるため、これで勝負してみたい気持ちがある。


 そんなことを考えながらふと、机の上に目をやると、昨日、霧崎君がプレゼントしてくれた水色の髪飾りが目に入った。


 これだ! と思い、手に取ってすぐに身に着けてみた。


 ――おお……中々いいんじゃないかな?


 私は、鏡に映る自分の姿を見て、自画自賛した。


「それ、霧崎君がくれたやつ……? 今日のコーデにピッタリね」


「うん! やっぱりそうだよね!?」


 私が興奮気味に言うと、葵ちゃんは苦笑いした。


「まあ、無事に服も決められたんだし、後はデートを楽しんできなさい」


 そう言うと、葵ちゃんは部屋を出ていこうとした。


「あ、下まで送ってくよ」


 私がそう言うと――


「鈴音はさっさとデートの支度を終わらせる。もう結構いい時間なんじゃない?」


 そう言われ、時計を見ると、待ち合わせの時間が45分後に迫っていた。


「ああ……! ごめん! お礼はまた今度するから! ありがとう……!」


 そう言って、私はあわただしく準備を再開した。


***


 結局、色々と準備しているうちにかなり時間がギリギリになっていた。


 ――急がないと……!


 駅が見えてきたため、スマホを取り出し時刻を見ると11時25分と表示されていた待ち合わせの時間まで後、5分だったため私は、少し歩くペースを上げた。


 いつもよりも少し早めのペースで駅の階段を上り、改札の方へ歩くと、霧崎君の姿が見えた。


 私は霧崎君の前で立ち止まり――


「霧崎君……お待たせ……」


 ――なんか初々しい高校生のデートみたいで気恥ずかしいな……。


 実際、初々しい高校生だというのに、私はそんなことを考え、気恥ずかしくなり俯いていた。


 私は、恥ずかしがってばかりもいられないと思い、目線を上げると霧崎君がボーっとしていた。


「霧崎君……?」


 ――霧崎君どうしたんだろ……? 少し体調が良くないのかな……?


 私がそんなことを考えていると――


「え、ああ……ごめん……! ボーっとしてた……! 私服姿の永井さんすごく素敵だったから……」


 ――え!? 素敵!? 頑張ってきて良かった……。


 しかし、私は、少し引っかかるものを感じた。


 ――どうせなら、可愛いって言ってほしかったな……。


 今日の私は、少し我儘だ。


「あ、いや、変な意味じゃないからね!?」


 そう弁明する霧崎君に私は少し意地悪をしてみることにした――


「今日の私、霧崎君から見て可愛いかな……?」


 慣れないことをしたからか少し自信なさげな感じになってしまったが、これはこれでいいかもしれない。


「うん……! すごく可愛いよ……!」


 霧崎君から予想以上にストレートに可愛いと言ってもらえた。


 しかも、『すごく』可愛いと霧崎君は言ってくれた。


「そっか……! ならよかった……!」


 私は、思わず頬を緩めてしまった。


 ――すごく可愛いか……。そっか……霧崎君、私のことそういう風に……。


 未だにすごく可愛いと言われたことに浮かれていると――


「それ、使ってくれてるんだ……。えっと、その……ありがとう……」


 霧崎君は、私が身に着けている髪飾りを見ながら少し照れ臭そうに言った。


 ――霧崎君よく気づいてくれるな……


「うん! すごく可愛いから気にいっちゃったよ……! 似合うかな?」


「もちろん! 思った通り似合ってるよ……! 気にいってもらえたならよかった……!」


 そう言って霧崎君は、私の見たことのない眩しい笑顔を浮かべた。


 ――霧崎君、そんな風に笑うんだ……。初めて見たかも……!


「よかった……! これからも大事に使わせてもらうね……!」


 私がそう言うと、霧崎君がなぜだかは、わからないがまた少しの間黙り込んでしまった。


 ――今日の霧崎君、本当にどうしたんだろ……?


 そうしているうちに電車が来る時間が近づいていたため、私たちは、駅のホームに向かうことにした。


***


 いつもよりも混んでいる電車の中で私は、呼吸困難になりかけていた。


 電車が混み合っていて息苦しいとか、そういうわけではない。


「永井さん……ごめん、少しの間だけ我慢してね……」


 不可抗力であるのは、わかっているけど霧崎君に壁ドンされるような体勢になっていた。


 ――ドキドキしすぎて死んじゃいそうだよ……


 決して嫌というわけではない、むしろ嬉しさを感じていた。


「ううん……大丈夫だよ……。もう少し、空いてる車両に乗ればよかったね……あはは……」


 ――全然、大丈夫じゃないです……。


 後、少し動けば霧崎君と完全に密着することとなる。


 もしも、そうなったら私は、いよいよ倒れるだろう。


 そう思っていると――


『緊急停車します。ご注意ください』


 アナウンスが入った。


 そして――


 かろうじて、霧崎君が手を壁につけることによって距離を保っていたが、急停車の反動で一気に霧崎君との距離が縮まり、完全に密着していた。


「「……」」


 ――やばい、もう私倒れちゃうよ……。心臓の音聞こえていないかな……? 大丈夫かな……?


 私は、自分を落ち着けることに必死だった。


『ただいま、踏切で人の立ち入りを知らせる緊急信号を受信したため、緊急停車いたしました。乗客の皆様には大変ご迷惑をおかけしました』


 車掌さん特有のアナウンスが入り、電車は再び動き出した。


 数分の間、気まずい空気が私と霧崎君の間に流れたが、なぜか、同じ車両に乗っていた乗客のほとんどが皆同じ駅で降りていったことにより、席もがら空きになり、私たちは席に座ることができた。


「「ふう……」」


 霧崎君と私は同時に息をついた。


 ――なんとか耐えれた……。もう少しの間続いても良かったんだけどね……。


 安心した気持ちと少し残念な気持ちが混在し、私は、そんな矛盾したことを考えていた。


「みんな同じ駅で降りていったね……。座れたし、少し向こうに着くまでゆっくり休めるね……!」


 霧崎君が息をつきながら言った。


「う、うん……! そ、そうだね……」


 口では、霧崎君に同意しているが、ちょっと残念だと思っている気持ちが顔に出てしまった気がする。


 私は、ぎゅうぎゅう詰めの空間から解放されて息をつく霧崎君の横顔を見た。


 ――昨日の今頃は、もう話せないかもって思ってたんだよね……


  そう思うと、不思議な気持ちになった。


「なんだか、昨日はあんな感じだったのに不思議だね……」


 私がそう言うと――


「そうだね……」


 霧崎君は少し悲しそうな顔をした。


「あっ……ごめんね……。思い出させちゃったね……。ただ、今日は、こうして一緒に過ごせて嬉しいし、いい1日にしたいね! って言いたかったんだ……!」


 ――昨日のことを忘れていいわけではないけど、昨日のことを忘れられるくらいいい1日にしたいな……


 私は、そんなことを考えながら霧崎君に微笑みかけた。


「そうだね……! 今日はいい1日にしよう!」


 霧崎君もそう言って微笑みかけてくれた。


 ――なんだか、今まで以上に霧崎君と距離感が近い気がするな……


 こんな時間が今日1日続くと考えたら、胸が幸せな気持ちで満たされた。


 しかし、同時に悲しい気持ちにもなった。


 ――学校でも、こんな風に一緒に過ごせたらいいのにな……


 学校で霧崎君といつも一緒にいる中野君や渡辺君、そして、上条さんの姿を想像してそう思ってしまった。


 ――でも、私が学校で霧崎君に話かけちゃうと霧崎君に迷惑がかかっちゃうからね……


 今日の私はやはり、我儘だ。


「そういえば、今日行くところなんだけど、さっき調べたら思ってた以上に見どころ満載で……!」


 楽しそうな表情を浮かべながら話をする霧崎君の顔を見ながら私はそんなことを考えた。






 





 









 


 


 




 




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