第23話 永井さんとの初デート 後編
1階の展示を見終え、僕たちは、2階の展示を見ていた。
このフロアでは、僕たちが真っ先に海や水辺に生息している物と聞いて、思い浮かべる海の魚ではなく、両生類や川に生息する魚が展示されている。
このフロアの展示を見ていると自分の知っている世界など、ごく一部のものなんだなと思い知らされるような気がした。
そして、両生類の展示がされている一角に差し掛かった時――
永井さんが僕の手をさっきよりもほんの少し強く握ってきた。
――もしかして……カエルとか苦手なのかな……?
そう思った僕は、永井さんの手を何も言わずに握り返した。
ふと横目で永井さんを見ると――
永井さんも僕の方を見ていて、目が合った。
――なんか今の照れ臭いな……。柄でもないことをするんじゃなかった……。
思わず1度、目を逸らし再び永井さんの方を見ると――
永井さんは、優しく微笑んできた。
――あれ……? なんかいい感じじゃ……?
一瞬、そう思いかけたが、先ほども思ったように、永井さんが僕のことを好きなわけないし、好かれる要素もない。
そんな思い上がりをするほど自分は、愚かではない。
しかし、少しは好意的に見てくれてはいる気がすると思う自分もいる。
そんな、水族館に来てから僕の頭の中を支配し続けているパラドックスのような考えがより一層強まった。
――そう感じた。
***
それからというものの、僕は、真冬の湖を意識した水槽にいるアザラシの展示など様々な展示を見たがあまり集中できなかった。
先ほど、今は目の前のデートに集中しようと決めたばかりにも関わらず、僕は、ずっと、僕の頭の中を支配するパラドックスのような考えのことばかりを考えてしまっていた。
そのことばかりを考えているうちに僕たちは、屋外の展示のフロアにたどり着いていた。
「霧崎君……! ペンギンが泳いでるよ!」
永井さんが目を輝かせていた。
――まあ、結構照明が暗かったし、いい雰囲気になりやすかっただけだろう……。
僕は、ペンギンが自分たちの真上にある水槽を泳いでいるのを見て無邪気な笑顔を浮かべながらはしゃぐ永井さんを見て、答えがいつまでも出ない問いを無理矢理保留した。
「これが、有名なペンギンの水槽か……!」
この瞬間から、僕は、改めて目の前のデートに集中することにした。
「本当にペンギンが空を飛んでるみたいだね……!」
「ね! この展示を考えた人すごすぎる……!」
僕は、あまり物事を多角的に見ることが得意ではないため、心からそう思った。
僕がそんなことを考えていると――
「あ、あっちにはカワウソもいるよ!」
そう言って、永井さんが僕の手をぐいぐいと引いて歩き始めた。
――やっぱり永井さんのことが好きだな……。
中学生の頃、塾で僕が永井さんに一目惚れをしたときは、凛とした涼し気な風のような雰囲気に惹かれた。
しかし、今日、永井さんの少し子供っぽい無邪気に笑うところを見て、ますます好きになった。
――永井さんは、笑っている顔が1番可愛い……。
僕は、改めてそう確信した。
***
僕たちは、水族館の展示を全て見終え、水族館が所在している商業施設のレストラン街にあるレストランで遅めの昼食を済ませると、ショッピングをすることとなった。
そして――
「霧崎君はどっちの方が好き……?」
永井さんが2つの服を僕に見せながら聞いてきた。
「え、僕……?」
そんなことを聞かれると思っていなかったため、狼狽えてしまった。
「うん。男の子の意見を聞きたくて……!」
「うーん……どっちも永井さんに似合うと思うけど……」
正直、見たところどっちも似合いそうだったため、僕は、そう答えた。
すると――
「似合うか似合わないかじゃなくて、霧崎君の好みを教えてくれないかな……?」
永井さんは少しムスッとした顔をした。
「わ、わかった……」
少し困りながら永井さんの持っている服を見る。
「うーん……」
1つは花柄の青いワンピースで、もう1つはオープンショルダーの青いブラウスだった。
どうやら、青系統の服が欲しいみたいだ。
――どっちが好みかって言われたらこっちかな……?
僕は何度も頭を捻らせ、ようやく答えを出した。
「こっちかな……!」
僕は、オープンショルダーの青いブラウスを指さした。
僕がそう答えると――
「なるほどなるほど、霧崎君は意外とお姉さん系が好みなんだ……!」
「あ、いや、そういうわけじゃないよ……?」
そう弁明すると――
「じゃあ、これとこれだったら……?」
永井さんは別の服を持ってきた。
「こっちかな……?」
「やっぱり、お姉さん系好きなんだね……! ふむふむ……」
どうやら、僕は、お姉さん系の服が好みらしい。
確かに、言われてみれば愛理とお出かけしたときに、愛理が着ていた服も可愛らしいデザインではあったが、どことなく大人っぽい色合いで落ち着いていて大人のお姉さんが着ていても不思議な感じが全くしないものだった。
――永井さんの言う通り僕は、お姉さん系の服装が好きなのかもしれないな……
僕がそんなことを考えていると――
「じゃあ、そういうことでこの服買ってくるね……!」
そう言い、永井さんはレジに行った。
――僕の好みなんかに合わせて良かったのかな……?
そんなことを考えているうちに永井さんが戻ってきた。
「お待たせ……!」
「ううん……! 全然! あ、荷物持つよ!」
「あ、ありがとう!」
僕は、永井さんから荷物を預かった。
「ところで、この後どうしようか……?」
時計を見ると、16時43分と表示されていた。
――そう言えば、ここ展望台もあるんだった……。
一瞬、行こうと提案しようと思ったが、少し気恥ずかしくて勇気のいる誘いだと思ってしまった。
「うーん、結構見るとこも見尽くした気がするし……今日はもう帰る……?」
気のせいかもしれないが、永井さんが少し名残惜しそうな顔をしたような気がした。
――めちゃくちゃ緊張するけど、滅多にないチャンスだ……! 今回くらい頑張れ僕……!
僕は、少し勇気を出してみることにした。
「あ、あの、永井さん……」
「どうしたの……?」
永井さんはきょとんとした顔をしている。
「ここ展望台があるらしいんだけど、夕日を見てから帰らない……?」
――言ってしまった……!
告白をしているわけでもないのに、無駄に心臓の鼓動が早いのを感じる。
「え……! 行こうよ! 絶対いい景色だよ!」
永井さんも結構乗り気な様子だ。
「じゃあ、行こうか……!」
こうして僕たちは、展望台へ行くことになった。
***
――僕たちは展望台に来ていた。
「わあ……! すごく綺麗だね……!」
永井さんが少し興奮気味に言った。
展望台からは、東京タワーや東京スカイツリーなどが見え、茜色に染まっていく東京の様子を一望することができた。
正直予想以上だった。
――夜景もきっと綺麗なんだろうな……。
そうも思ったが、永井さんには門限があるため今回は断念した。
――また、永井さんと来たいな……。
「そうだね……! 予想以上に綺麗でビックリしてる……!」
僕は、視線を永井さんの方に向けた。
茜色の光が展望台の窓から差し込み永井さんをも染め上げていた。
そんな僕の視線に気づいたのか永井さんも僕の方に顔を向けてきた。
「「……」」
絶妙な沈黙が流れた。
夕方という時間帯のせいかどうかはわからないが、普段以上の胸の高揚感を感じる。
そして、しばしの沈黙の後――
「霧崎君……今日はほんとに楽しかった……!」
永井さんが夕日のせいか頬を赤らめながら言った。
「こちらこそ! すごく楽しかったよ!」
僕がそう言うと――
「よかった……! ちゃんと約束通り最高の1日にできたね……! それでね……」
「うん?」
僕は、少し首をかしげた。
そして――
「次は、今日よりもいい1日にしたいね……。って思って……」
そう言いながら、永井さんは、少し儚げな表情を浮かべていた。
僕は、息をのんだ。
――ほんとに、こんなの勘違いしてしまう……。でも……。
水族館にいたときの僕は、永井さんが僕のことを好きなわけないし、好かれる要素もないし、そんな思い上がりをするほど自分は、愚かではない。
――そう思っていた。
しかし、今の様子といい、水族館の様子といい少しは好意的に見てくれてはいる気がしてならない。
そんなことを考えながら僕は――
「そうだね……今度はもっといい1日にしよう……!」
さらに高鳴る心臓の鼓動を感じながら言った。
本当に勘違いだとも思うし、少しは好意的に見てくれているような気もしてならない。
後者がただの僕の希望的観測で都合のいい解釈に過ぎない可能性の方がむしろ高い。
しかし、僕は、永井さんが僕のことを少しでも好意的に見てくれていると信じてみたくなってしまった。
それなら――
「僕は愚かになろう」
――心の中で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます