第16話 まさかの意気投合

 

 ――補習が始まって、早くも3日が過ぎ、とりあえず補習も残されたところ後2日となっていた。


 僕と秀一君は、補習を通して頻繁に顔を合わせているうちにかなり仲良くなっていた。


 そして、今は、僕と秀一くんの2人で某有名ハンバーガーチェーン店へ来ていた。


「いやー、まさか、こんなに真琴君と気が合うとは、思わなかったよ!」


「ほんとだよ! 好きなバンドとかアイドルの推しまで被るなんて!」


 僕の好きなバンドやアイドルは、言い方は少し悪くなるが、マイナーであり、周りに話せる人が少ないのである。


 ――思わぬところに同士はいるのだな……ほんとに、感激だ……。


 始に自分の推しアイドルの良さを熱弁したとき、軽く引きつった顔をされたときのことを思い出し、改めて、こうして、自分の好きなものを共有できる喜びを噛みしめている。


「ね! 俺、今までこういう話できる友達がいなかったから、嬉しいよ!」


 秀一君の顔を見ると、心の底から嬉しそうな表情を浮かべていることがわかる。


「秀一君さえよければ、ライブとかも一緒に行きたいな……!」


「えー!? いいの!? ぜひぜひ! 行こう! 1回ライブ行ったことあるんだけど、その時の現場の雰囲気が1人で行くには少し厳しくて、それ以来、ずっと行けてないからほんとに助かるよ!」


 ――おお……現場まで足を踏み入れているとは、ほんとに好きなんだな……。


「よし! じゃあ、予定合わせて近いうちに一緒に行こう!」


 僕が、そうガッツポーズをしながら言うと、秀一君もガッツポーズをしながら頷いてくれ、その後、なぜだかは分からないが、お互いに握手をしていた。


「もう俺たちは、握手をした仲だ……! 俺は、今度から真琴君のことを真琴って呼び捨てにするから、真琴も俺のことは秀一君でなく、秀一と呼んでくれると嬉しいよ……!」


「わかった……! 今後ともよろしく! 秀一……!」


「こちらこそ……!」


 僕たちは、自然と再び固く握手をしていた。


 このとき、僕たちは、初恋をしている相手までもが被っているなんて思ってもいなかった。


***


 ――次の日の放課後。


 掃除が終わって、僕が、補習の行われる教室に入ると既に、上条さんと秀一が来ていた。


「上条さんと秀一、お疲れ~……」


「お疲れ様……」


「お疲れ~……」


 週の終わりだからか、みんな、若干疲れが見えている。


「てか、秀一! 今日の我らが推しの投稿は見た!?」


 僕が、そう言うと――


「もちろんだよ……! 俺が見逃すとでも?」


 秀一がドヤ顔をしながら言ってきた。


 ――なんか、秀一がドヤ顔をしてもうざく見えないのは、なんなんだろ……?


 この前、萌々香と買い物に行ったときにドヤ顔をしたらうざいと言われたことを思い出し、なぜだか、胸が痛んだ。


 あれこれと推しについて、僕と秀一が語り合っていると――


「へえ……霧崎君はそういう女の子が好きなのね」


 上条さんがなぜだか、不機嫌そうな顔をしながら言ってきた。


 ――あれ? なんか拗ねてる? 何で……?


「え、えっと、確かにこういう感じの女の子は好きだよ……?」


 ふと、秀一を見ると、『あー、やっちゃったねー……』と言いたげな呆れた顔をしていた。


 ――秀一? 助け舟を出してくれてもよくない?


 そんなことを考えている僕を他所に上条さんは「もう知らないわ……!」と言って、目を合わせてくれなくなった。


 ――えー、何で拗ねるかなあ……? あ、もしかして……3人でいるのに、僕たち2人だけで盛り上がって仲間外れにされたと思ったのかな……?


 僕がそんなことを考えていると――


「ここは、誠実に謝って、どうにか許してもらいな……!」


 秀一が耳打ちしてきた。


 ――どうにかって、どうすればいいの!? 全く、わからないんだけど! そこのとこを教えてくださいよ……!


 ふう……と僕は、深呼吸をした。


 ――とりあえず、謝ろう。


 残念なことに僕は、ただ謝るということしか思いつくことができなかった。


「上条さん……不快な気持ちにしてごめんね……」


「ただ謝れば私の気が済むとでも……?」


 ――めちゃくちゃ怒ってるじゃん……。どうしよ……これ……。


 初めて女子を怒らせたため僕は、焦っていた。


 ――もう、これしか……!


「なんでも1つ言うこと聞くから! ほんとにごめん……!」


 僕が、そう言うと、上条さんは、顔をこちらに向けた。


「今――『なんでも』って言ったわよね?」


「う、うん、『なんでも』と言いました」


 ――ええ……なんか怖いんだが……。何を要求されるんだ……?


「そう……じゃあ、私のことは、こ、今度から愛理と呼びなさい……」


 ――はい? 上条さんのことを呼び捨てにしろと……? 無理無理無理無理!


 生まれてこの方、幼稚園のとき以来、女子のことを呼び捨てにしたことがないためこの要求はかなりハードルが高い。


「えっと……他の要求とかは……?」


「却下……! 私の言う通りにしないと、ゴールデンウィークの遠征サボることにするわ……」


 ――え……それは、悪魔過ぎない? そんなことされたら生きて帰ってこれる気がしないんだけど……。


「わかった……えっと……その……愛理……不快な思いをさせてごめんね」


 僕がそう言うと、愛理は満足気な顔をしていた。


「ええ……! 今回だけは、許してあげるわ……!」


 ――ものすごく、なんかだかくすぐったいけど、許してもらえた……。


「2人が仲直りできて良かったよ……!」


 秀一も安心したような顔を浮かべていた。


 そんなときだった――


『却下……! 私の言う通りにしないと、ゴールデンウィークの遠征サボることにするわ……』


 愛理がさっき言った言葉が頭をよぎった。


 ――待てよ……なんか忘れている気がするんだけど……気のせいか?


 そう思いながら、ふと、愛理の顔を見ると、愛理の顔が青ざめていた。


「愛理……? どうしたの……? すごく顔色が悪いけど……?」


 愛理が震えながら、教室の入り口の方を指さした。


 不思議に思って、僕も振り返ってそちらを見た。


 ――あ、終わった……。完全に補習に気を取られてて忘れていた……。


「真琴君……愛理ちゃん……見ーつけた……」


「「「ひいっ……!!」」」


 僕と愛理と秀一の怯えた声が教室に響いた。


 完全に生気をなくしたような目をし、ふらふらとした足取りで清宮先輩が教室の入り口のところに歩いてきていた。


 補習に気を取られていて、僕も愛理も今日が写真部の活動日であることを完全に忘れていた。


「真琴君と愛理ちゃん……今回も私を置いてけぼりにしてくつもりなんだね……? 酷いよ……。私、すっごく浅草遠征楽しみにしてたのになぁ……2人して逃げるなんて、私すごく傷ついたよ……」


「いやっ、あの、今日は補習があって……連絡を忘れてしまっていました……」


 僕がしどろもどろに言うと――


「スマホも見る余裕もなかったんだ……? 私、何回も電話かけたんだよ……?」


 ――ダメだ! この人完全に話が通じない!


 そんなことを考えながら、スマホをチェックすると、僕は震えが止まらなくなった。


『着信20件』


 愛理も僕と同様にスマホを見て震えている。


 ――いや、怖いですって……この後補習もあるし、部活には出れない……。どうする?


 僕がそう悩んでいると――


「先輩……横から失礼します! 話し合いたいことがあるのなら、後で通話会議を開いてみては? 今日は、僕たち補習があるので結構遅くなっちゃいますので」


 秀一がいつもの爽やかな笑顔を浮かべながら先輩に言った。


 すると、先輩の目に光が戻った。


「そ、そうだね……。私としたことが……3人ともお騒がせしてごめんね!」


 ――なんだと……? あの清宮先輩を退けた!?


「ねえねえ! 君! 名前は?」


 清宮先輩が秀一に話しかけていた。


「渡辺秀一ですけど……?」


「そっかあ……。秀一君か……! 私は、清宮さつきだよ! よろしくね!」


 ――ん? なんか、先輩ちょっといつもより可愛い子ぶってない……?


「は、はあ……よろしくお願いします……?」


 秀一は突然のことに困惑している様子だ。


「うん! また、会いに来るからね!」


 ――あ、秀一は僕が守らないと……。


 嵐のように先輩が去っていった。


***


「渡辺君……助かったわ……。ありがとう……」


 愛理が珍しく自分から、秀一に声をかけた。


「僕からもありがとう……。秀一がいなかったら、今頃僕たちは、どうなっていたことか……」


「いや、あれは、誰だって2人みたいになるよ……。ただ……また会いに来るって言ってたよね……?」


 少しガタガタと震えながら秀一が言った。


 ――やっぱり心配ですよねー!


「そこは、僕と愛理が何とかするから……安心して……」


「え、ええ……何とかするわ……」


 頼りなく言う僕たち2人に秀一は苦笑いを向けた。


「無理のない範囲でお願いするよ……。あはは……」


 しばらくの沈黙が教室を支配した後――


「「「はあ……」」」


 僕たち3人の空虚なため息が放課後の教室に響いた。


 そうしているうちに補習の始まる時間になり、教室に来た先生が疲れ果てた僕たちを見て、狼狽えてチョコレートを持ってきてくれたが何も味を感じることができなかった。


 







 






 








 








 






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