第15話 勉強してない詐欺には騙されない

 

 萌々香に永井さんに渡すプレゼント選びに協力してもらった日から2日が経過していた日曜の夜23時のこと。


 ――プレゼントどうするか問題も解決したし、後は、ゴールデンウィークにある写真部の浅草遠征だけ気にしてれば良さそうだな……。


 今週は、穏やかに過ごせそうだ。


 僕に残されたゴールデンウィーク前までのイベントは、永井さんにプレゼントを渡すだけで後は、いつも通り学校生活を送るだけだ。


 僕は、久しぶりにやってきた悩みがないであろう日々に胸を躍らせていた。


 ――ん? それだけか? なんか大事なことがあったような……。


 突然、何かを見落としているような気がしてならなくなったが、何であったかを思い出せない。


 そんな矢先だった――


『ピロン!』


 スマホが通知を受け取ったことを知らせた。


 ――こんな時間に誰だろ? 珍しいな。


 そう思いながら、スマホを見ると、樹からのメッセージが届いていた。


『さすがに忘れていないと思うけど、明日、主要科目の定着度確認テストがあるからね。一応リマインドしとく』


「え……嘘でしょ……?」


 僕は、それ以上言葉が出てこなかった。


 僕の通う青倭高校では、他の高校でもあるように中間テストなどの定期試験以外に、授業の定着度を測る定着度確認テスト、仰々しい名前がついているが、いわば小テストのようなものが授業内で行われる。なお、そのテストで2科目70点以下を取ると、放課後に行われる補習に1週間参加しなければならない。


 ちなみに、言わなくてもわかるだろうが、僕は、このテストの存在を完全に忘れていた。最近は、永井さんに渡すプレゼントに悩んだり、上条さんとの出かけがあったり、初めてのこと尽くしで、学業をおろそかにしてしまっていた。


 ――やばいな、これ……今から、全科目をカバーするなんて無理だろ……。


 僕の通う青倭高校は、県内でも有数の進学校だ。いくら、小テストとはいえ、油断していると痛い目を見ることになるだろう。


 ――一夜漬けするしかないか……。


 僕は、大きなため息をついた。


***


 ――翌朝、僕は、いつもよりも早く学校に来ていた。


 テスト前だけ、普段学校にギリギリで来るやつが早くに学校に来るアレだ。


 結局、僕は一夜漬けをした。


 しかし――英語と世界史までしか手が回らなかった。


 ――やばい、眠すぎる……。


「ふあああああ……」


 僕が、下駄箱の前まで来たところであくびをすると――


「霧崎君おはよう……! 今日は朝早いんだね?」


 急に話しかけられて驚いて、僕が後ろを振り返ると、永井さんがいた。


「え、あ、な、永井さん!? おはよう!?」


 ――あ、めちゃくちゃきょどった……。最悪だ……。


「ずいぶん眠そうだけど……大丈夫……?」


「う、うん! ただ、小テストの勉強忘れちゃってたから、少し夜遅くまで勉強してただけだから!」


「そうなんだ、結構おっちょこちょいなとこもあるんだね……!」


 そう言いながら、永井さんは僕に微笑みかけてきた。


 ――はい! ありがとうございます! 僕は、もう、今日1日頑張れます!


「あはは……最近忙しかったからうっかりしてたよ……じゃあ、僕は、教室行くね」


 ――永井さんとまだ話していたいけど、小テストやばいし、永井さんと話しているところを他の男子に見られたら間違いなく殺意を向けられるしね……。


 とほほ……。と、言いながら僕は、教室へ向かった。


***


 僕が、教室に入るともう既に樹と秀一君が来ていた。


「樹、秀一君、おはよう……」


 僕が2人に声をかけると、2人ともおはようと返してきた。


「で――なんで、そんなに眠そうにしているんだい? まさかだけど、小テストの存在忘れてて、一夜漬けしたとか……?」


 ――さすが樹だな……。なんでもお見通しというか、昨日あのメッセージを送った時点でわかってたんじゃないか……?


「おっしゃる通りでございます……ちなみに、やらかす自信しかないです……」


「全く……君ってやつは……」


 いつものように樹が呆れた顔を僕に向けてきた。


「まあ、俺も今回は、部活とかバイトに力入れすぎて勉強できていないから安心してよ!」


 秀一君が苦笑いしながら言った。


 ――秀一君の勉強していないは、絶対やってるやつだからな……。


 勉強してない詐欺には騙されない。今まで、こういった『俺、勉強していないんだー』と言ってたやつが高得点を取っている姿を何度も見てきた僕が言うのだ。間違いない。


 余裕のある2人を見て、自分の危機的状況を改めて再認識していると――


「あら、あなた……小テストの勉強していないの……?」


 既に教室に来ていた上条さんが話しかけてきた。


「あ、上条さんおはよう……。そうなんだよ……。昨日の夜まで完全に忘れてて一夜漬けしたものの全科目の勉強はできなかったんだよ……」


 僕がそう言うと、少し上条さんの表情が明るくなったのが見えた。


 ――……ん? もしかして……いや……まさかな……?


「もしかして……上条さんもあんまり勉強してないの……?」


 樹がおそるおそる聞いた。


 あからさまにビクッと反応してから――


「ま、まさか……そんなわけないじゃない……! わ、私は、ちゃんと勉強したわよ……? ええ、そうよ!」


 ――あ、これ絶対勉強していないやつだ。


 よくよく考えれば上条さんは、重要なことをうっかり見落としていた場合、僕以外にクラスで頼れる人がいないし、その頼みの綱の僕まで忘れていたら、知る由もない。


 ――まあ、僕が樹にリマインドしてもらった段階で上条さんにメッセージを送ればよかったのだが……自分のことで精一杯だった……。上条さん、ごめん!


「まあ、みんなテスト頑張ろうね……」


 力のこもっていない声で僕は、言った。


***


 教師たちが総力を尽くした怒涛の採点のおかげで小テストの採点がその日のうちに終わり、補習の対象者が呼び出された。


 結果から言うと、僕は言うまでもなく補習となった。


 そして、僕のクラスからは、僕の他に補習の対象者が2名いた。


「何よ? 笑いたきゃ笑いなさいよ……」


 上条さんが、ふてくされた顔をしながら言った。


「いやいや、僕が樹に知らされた段階で上条さんにも連絡しておくべきだったよ……。ほんとに、ごめん!」


「まあ……いいのよ……。そもそも、忘れていた私が悪いんだし……。もう、騒いでも後の祭りよ……」


「「はあ……」」


 僕と上条さんは大きなため息をついた。


「あはは……今回は、俺もお邪魔させていただくよ。2人の邪魔をするようで悪いけど、1週間くらいよろしくね……!」


 そう少し困ったような笑顔を向けてきたのは、秀一君だ。


 ――相変わらず、勘違いされてるな……。


 それは置いておいて――


「秀一君! 君は、本当に信用できるいいやつだよ! まさか本当に勉強していないなんて! 感激だよ!」


 ――うん! 本当に、秀一君は信用できる!


「あー、うん……。補習一緒に頑張ろうね……!」


 秀一君は、あまりの僕の圧に苦笑いを浮かべていた。


 そんな風に会話をしていると、先生が教室に来た。


「えー、補習を始めるぞー。まあ、今からなら、授業に全然追いついていけるから落ち込むなよー」


 僕たちの担任の先生が気怠そうな顔を浮かべながら言った。


 こうして、約1週間に渡る補習が始まった。


 ある程度親しい間柄の2人と一緒に補習だったら、これはこれで悪くないと、僕は、思った。




 






 









 


 


 


 

 



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